Tale.21『勇者の苦難』

『レベルアップ以外にも、強くなる方法はあるよね?』


 それはとても簡単な話だった。

 冒険者であるなら誰しもが持っている発想だ。 


 強くなりたいのならば、強い装備を身につければいい。


 それをアランたち勇者パーティが分かっていないはずがない。


『装備だと? はっ、さすが低脳の魔族と言ったところだな』

『え、なになにどうしたの? 私なにか変なこと言ったかな?』

『装備など、常に最高のモノを揃えているに決まっているだろう。俺は勇者だぞ』

『え〜? でもそれって、普段から揃えられる素材で一番ってことでしょ?』

『は?』

『もしもエンシェントドラゴンの素材を使えるとしたら、どうかな?』


 ドラゴン。

 それは人間にとって目撃例の少ない強大な魔物だ。人類史を辿れば数十年に一度人間の元へ現れたかと思えば災害級の被害をもたらしたということがわかる。

 しかし討伐例も少ないながら存在した。


 そしてドラゴンから獲れるウロコやツメは最上級の装備素材となるのだ。

 残念ながら現存するモノはないが、ドラゴンの討伐さえ叶えば作ること自体は可能であるはず。


『知ってるよ、私』


 リリスの情報とはつまるところ、そのドラゴンの居場所だった。



 ソクボ村がゴブリンに襲われる1週間前——。


「ちょっと勇者!! まだなの!?」


 勇者一行はセラトネル大陸の極北にあるセラトネル山にいた。

 この山の頂上では1匹のエンシェントドラゴンが巣を作っている。ここ最近の話だ。その噂は近隣にあるたったひとつの村だけで静かに語られていた。


「私とクロだけじゃ戦線の維持なんて出来ない! 全員死ぬわよ!?」


 前方のエステルが叫ぶ。魔法と剣技を駆使して必死にドラゴンの猛攻を凌いでいた。


 戦闘が始まってから、すでに数十分が経過している。


「わかっている! わかっていることをグダグダと抜かすな! 黙って自分の仕事を全うしろ!」


「だからこれは私の仕事じゃないって話なんですけど!? マジで死ぬから!?」


 本来ならエステルはパーティの中衛から後衛で臨機応変に動く万能なサポーターだ。


 このパーティの前衛といえば他でもない、重戦士のダグラスである。

 その彼は今、エンシェントドラゴンという強大な敵を前に膝を下り、倒れていた。大きく切り裂かれた胸元からは大量の血が流れる。意識も朦朧としているような状態だ。


 アランはその治療に専念していた。

 

「……でも、やるしかないのはそう」

「クロ……! っ、わかってるわよ!」

「……大丈夫。ワタシが、守るから」


 クロは普段使いの短剣ではなく、禍々しい巨大な鎌を振るう。その姿はまるで小さな死神。それこそが彼女のホンキだった。

 クロは闇に潜み、エステルに振るわれるツメの攻撃を悉く大鎌で弾き飛ばして阻止する。それによって僅かだが戦況が好転した。が、現状維持が関の山だった。


「クソ、クソクソクソッ。あのクソ魔王がぁ!!!!」


 アランはダグラスに回復魔法をかけながら、恨み節を連ねる。

 

 エンシェントドラゴンがこれほどまでの強さだなんて聞いていない。

 

「俺は人類最強だぞ!?」


 呪いによってレベルも数段アップしている。だというのにこのザマだ。


 目の前にいるドラゴンが人類史上のどの個体よりも遥かに強いことは疑いようがなかった。

 

 リリスはわざとそんな敵にアランを差し向けたのだ。


 そして、今自分がしている役割にもまた苛立ちが降り積もる。


「なぜ俺が、回復なんて……!!」


 アランが前衛に出て剣を振るえば、もう少し事態は好転するだろう。


 もっとも、その代わりにかけがえのない仲間をひとり、確実に失うことになるが。


「クソがッ」


 アランは回復魔法をかけ続ける。一般的な神官と同レベル以上の回復魔法を駆使する彼の魔法の効力は相当なものだった。

 しかし、キズは決して縮まらない。ダメージがあまりにも大きすぎるのだ。死なないように命を繋ぐのが精一杯だった。


「……おい、アラン」

「ダグラス!? やっと目覚めたか!?」


 ダグラスの瞳がうっすらと開く。


 そしてゆっくりと太い腕を持ち上げると、魔法をかけるアランの手首を掴んだ。


「もうやめろ。オレはここまでだ」

「……っ」

「オレを囮にすれば、ちっとは逃げる時間が稼げるだろう」

「ふざ、けるな」

「アラン」

「ふざけるな! 俺は許さんぞ!」


 激昂してアランは叫ぶ。


「おまえがいなくなったら誰が俺たちの肉壁になる!? 戦いはまだ続くんだぞ!? おまえには魔王との戦いで死んでもらう! それまで死ぬなんてこの俺が絶対に許さん!」


 ダグラスはアランにとって最初の仲間と言っていい。これまでに脱落していったパーティメンバーは数多くいたが、ダグラスだけは最初から今に至るまでずっと残り続けた。

 その巨体による圧倒的なタンク能力と年長者の知恵に何度助けられたか分からない。


 ルチアを手放すことにはメリットがあった。

 しかし、ダグラスの場合はまったく異なる。


 彼がいなければ、勇者パーティは瓦解するだろう。


 レベルが上がり続けるアランはよくとも、エステルやクロを守れる人間がいなくなってしまうのだ。


「ぐ、はっは。あいかわらず最低だな、おまえさんは」

「うるさい」

「そういうとこ、嫌いじゃないぜ。だからオレはずっとアラン、おまえに付いてきたんだ」

「だから、死ぬ直前みたいなこと言うんじゃねぇ。殺すぞ」


 ダグラスはアランにとって仲間であり友人であり兄のようであり父のようでもあった。本当に、ムカつく男だ。


 アランは回復魔法を解いて立ち上がり、エステルたちの戦いへと身体を向ける。


「ゴフッ」


 とたんにキズが開き、ダグラスは血を吐いた。


「はっ、いいザマだな」


 背後に視線を流してアランは笑う。


「10秒待ってろ役立たず」


 そして、ドラゴンと対峙するべく歩き出した。


 右手にはようやく手に馴染んできた剣。その剣に最大限の魔力を纏わせる。レベルの上昇によって可能になった魔法剣の応用技だ。


 魔法剣と同じく、使用可能時間は短い。しかしその威力は絶大だった。


「……ご主人?」

「勇者!? ダグラスはどうしたのよ!?」


「どいてろ雑魚ども」


 そう言ってエステルとクロの2人を退けるとアランは駆け出し、跳躍した。


「はぁぁぁああああ!!」


 巨大なドラゴンに渾身の一撃を振るう。



 ——ギャオオオオオオオオオオオ‼︎??



 ドラゴンの胸元に大きな切り傷が生まれ、鮮血が飛び散った。


「ざまあみやがれ」


 ダグラスと同じキズを付けてやったことに歓喜し、アランは笑みを浮かべる。


 そしてドラゴンの巨体はのけ反り、そのまま倒れるかに思われたが……


「……ちっ」


 致命傷を与えるまでには至らなかった。


 ——ギャオオオオオオオオオオオ‼︎


 むしろ先程までよりもさらに敵意を剥き出しにして、大地が震えるような咆哮をあげた。

 

 これからアランが取ることのできる選択は2つ。


 ダグラスを見捨てこのまま勝てることを信じて戦うか、一か八か全員を連れて逃げるか。


 アランは瞬時に決断して、エステルとクロに告げる。


「逃げるぞ。今ならなんとか逃げ切れるはずだ」


 怒りを煽ったとはいえ、アランの攻撃はたしかに効いていた。ドラゴンの動きが鈍っている。


「っ、ここまでやったのに……!」


 アランの目的はドラゴンを倒すことではない。

 魔王リリスへの復讐である。


「いいから従え」


 口惜しげなエステルを説得するとドラゴンに背を向け、駆け出した。


「エステル! ダグラスを背負え!」

「はぁ!? なんで私!?」

「俺は回復魔法をかけなきゃならんからに決まってるだろうが!!」

「だからってダグラスは重すぎでしょ!?」

「お得意の筋力増加でどうとでもなるだろうが! 早くしろバカが!!」

「っ、あぁもぉぉ、わかったわよぉ! やればいいんでしょやれば!!」


 エステルは残り少ない魔力を振り絞って自身の筋力を増加させ、ダグラスを背負った。

 アランはそのダグラスに回復魔法をかけながら走り、クロは周囲の警戒に全力をあてる。


 全員が満身創痍。決死の敗走だった。


 息も絶え絶えになりながら、なんとかドラゴンから逃げ切って、最寄りの村へと辿り着く。


「……勇者様御一行、ですか」


 数人の村人が彼らを出迎えた。


「ああそうだ。見て分かるだろ。緊急事態だ。さっさと入れろ。そして傷の治療をしろ」


「……ふむ」


 村の代表の老人はアランたちをゆっくりと見回して、こう言った。


「あなた方を村に入れるわけには参りません」


 夕陽が沈みゆく茜色の世界で、さらなる苦難が彼らを襲う。

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