Tale.16『コイバナ』

 ルチアが和風メイド服を着てウェイトレスをするようになってから2週間ほどが経った。


 依然としてお客の獲得は出来ていない。


 しかしヒスイ亭の様子はわずかながら変わりつつある。あの日以来、彼らの溜まり場となっているからだ。


「ちぇっ。父ちゃんも母ちゃんも、もうここには行くなっていうんだぜ? 大人ってほんとうに頭が固いよな! ま、言うことなんて聞かないけどな!」


 すっかり定位置となったテーブル席で不満タラタラの言葉を漏らすレン。

 大人がなんと言おうとも、日中の彼らの行動を制限することは難しいのだろう。


「ま、まぁ仕方ないことでもあると思うよ……? ボクたちを心配してのことだし……」


「だったら一度自分で食べてみろって話だぜ! めっちゃウマイのに!」


「そ、それはそうだけど……大人たちは子どものボクらが何を言ったって信じてくれないから……」


「あーもう! イライラする!」


 そんな調子のレンをジェムが宥めるというのも、もはや見慣れた光景だ。


「まぁまぁ、これでも食べて落ち着きなよ」


 ヒスイは料理を盛った大皿を両手で持ってきて、レンたちの前に並べる。


「おお!? なにこれ!? なんだこれ!? 茶色いぞ!?」


「なんだかすごく美味しそうな香りもするよ……!?」


 すると途端に料理に釘付けになって、完全に意識がそちらへ集中した。


「それはホーンラビットの唐揚げだよ」


「から……あげ? なんだそれ!」


「うーん、簡単に言うとホーンラビットの肉に味を付けて、油で揚げたものかな」


「焼くんじゃなくて、油で……?」


 ニホンでは鶏肉で唐揚げを作るそうだが、レンたちもいることだしたまにはと思って、ホーンラビットの肉を買って使ってみた。

 調理法や味付けがニホンのものであるなら、ヒスイ亭の特色を残せるのではないかという考えだ。


 新たなレシピを自身で考案するのは初めてで不安だが、そこはおあつらえ向きな彼らに試食してもらうとしよう。


「…………っ」


 ゴクリと生唾を飲みながらも、まだ見ぬ料理にレンとジェムはわずかな躊躇いを見せる。


「2人とも食べないの? じゃ、ワタシがもーらい」


 その隙を突くように、ライは唐揚げをフォークで突き刺して一気に口へ放り込んだ。


「あちっ。あちちっ。熱いよこれ! はふはふっ。でも、おいしー!」


 揚げたての熱さと闘いながらも少しずつ咀嚼して飲み込んだライはその旨みに驚いて思わず大きな声で叫んだ。


「マジか! ズルイぞライばっか! オレも食う!」

「ぼ、ボクも……! あつっ、ほんとに熱いねこれ……!」


 続いて2人も口をハフハフとさせながら唐揚げを食べる。


「ウマァ! なにこれウマすぎるんだけど!」

「熱いけど、噛むたびに肉の油? が染み出してきて……よくわからないけどスゴいね……!」


「もうこれ全部食う! ぜんぶオレんのだからな!」


 レンは自分の方へ皿を引きつける。


「あっ、ちょっと待ってよ……! ボクだって食べるよ……!」

「あー! 一気に掻き込まないでよ! レンのバカ! きらい!」 


「ラ、ライぃぃぃぃいいいいい!?!?!? 嫌いにならないでくれよ!? ごめんって! これやるから!?」


「一回口に入れたやつなんかいらないわよ! バカバカバカ!」


 すっかり唐揚げに魅了された子どもたちは言い争いをしながらも必死になって唐揚げを口に運んだ。


「ヒスイさんヒスイさん」


 それを見守っていたルチアがススっとこちらへ近寄ってきて、甘えるような仕草でさりげなくヒスイの袖を握る。


「あの、その、私の分は……」

「もちろんもう一皿用意してあるよ。一緒に食べよう」

「……っ、はい! ヒスイさんダイスキです!」


 パァっと純粋な笑顔の花が咲く。


「え……?」

「あっ、いえ……今のはつい……唐揚げが楽しみすぎただけ……ですよ?」

「う、うん……」


 真っ赤になってしまったルチアに頷いて、ヒスイは厨房から追加の唐揚げを持ってきた。


「どうぞ。ちゃんと冷ましてね」

「は、はい。ふー、ふー。で、では……!」


 ルチアは待ってましたと言わんばかりに水晶の瞳を大きく見開いて、小さな口で唐揚げを齧った。


「……あちゅっ」


 その瞬間、熱々の肉汁が飛び出てくる。中までは冷ませていなかったようだ。


「はふはふ……ん〜♪ 美味しいです♪」


 唐揚げを飲み込むと、頬に手を当てて満足そうに笑顔を浮かべる。

 その表情を見ているだけで、ドキドキと鼓動が速まってやまなかった。


「じゃ、じゃあ、俺も」


 ルチア以上にしっかり冷ましてから、口に放り込む。


「うん、美味いな」


 昔、アオイが作ったコケコッコーの唐揚げを食べたことがある。ニホンの唐揚げに限りなく近いというそれとはまた違う肉質と油の旨みを感じるが、美味しいということに変わりはなかっま。それでいて、セラトネル大陸にはない料理のエッセンスも感じる。


 良い出来だと自分でも思うことができた。


「ふふ。なんだか最近のヒスイさん、イキイキしてますね」


 ヒスイが微笑んでいるのを見て、ルチアも自然と笑みを溢しながら語りかける。


「お料理している時、すごく楽しそう」

「……そりゃまぁ、あんな光景が見られるならね」

「そうですね。私まで嬉しくなってしまいます」


 レンたちに料理を振る舞った時から、自分の中の意識が変わりつつあるのを感じる。

 いや、それは気づくキッカケとなっただけで、本当はもう少し前からなのだろう。


(ルチアが俺の料理を認めて、毎日美味しそうに食べてくれるから)


 自分のために作る料理は、どうしても味気なく感じてしまう。

 だけど、誰かの笑顔のために作る料理はこんなにも美味しくて、幸せだった。


 この感覚をもっと体験するためなら、ルチアが言うように店が繁盛しても良いんじゃないかと思うくらいに。


「…………私も、ずっとここにいたくなってしまいます」


「……え?」


「なんでもありませんよ。ヒスイさん」


 不意をついたルチアの小さな呟きはヒスイの耳には届かなかった。


 その後、食事が終わってもレンたちは帰ることなく、ヒスイ亭にたむろする。

 ヒスイとルチアもそれに加わって、一緒に遊んでいた。


「ところで、ワタシずっと気になってるんだけど」


 ライが興味津々といった表情で、ヒスイとルチアの方へ視線を投げる。


「ふたりは夫婦なの?」

「なっ……!?」

「それとも、恋人さん?」

「ななななななっ!?」


 ルチアはあからさまに取り乱して固まってしまう。


「だって一緒に住んでるんでしょ? それってもうそういうことだよね?」

「そ、それはその、お、大人には大人の事情があるんですよ……!?」

「でもルチアお姉ちゃんはヒスイお兄ちゃんのことスキだよね?」

「へ…………!?」

「さっきなんて唐揚げ食べながらすっごくイチャイチャしてたし。それはもう間違いないよね?」

「〜〜〜〜〜〜っ」


 ルチアはとうとう耳まで赤く染めながら、二の句を継ぐことも出来ずに俯いた。

 聖女と言われた彼女があろうことか子どもに言い負かされてしまっている。


「ら、ライ……? ちょ、ちょっと、私のお部屋でお話しませんか? ふたりで」

「え、ほんとに? いいの? わーい、女の子だけで秘密のコイバナだね」

「そ、そういうことではありませんよ!?」


 相変わらずマイペースに掴みどころなくはしゃぐライの背中を押すようにして、ルチアは2階の部屋へと連れて行った。


 ホールには男3人が残される。


「なんだこれ」

「さぁ……?」


 レンとジェムは顔を見合わせている。


 兎にも角にも、このままでは手持ち無沙汰だ。

 ヒスイはこんなこともあろうかとレンたちのために用意していたものを持ってくる。


「トランプでもやろうか」

「トランプ? なんだよそれ、兄ちゃん」

「みたところカードみたいだけど……?」


 自作のカードをレンとジェムに渡して見せる。


「まぁ、遠い国のカードゲームってところかな」

「ふーん、数字? となんかマークが書かれてるんだな」

「どんな意味があるんだろう……?」


 2人は興味深そうに一枚ずつカードを観察していく。


 このトランプもまた、アオイから習ったニホンの遊びの一つである。


「色んな遊び方があるけど、とりあえず一番簡単なババ抜きからやろうか」


「ババ抜き……?」


「ババア!? あははは! ババアだってもババア! ババアは抜きだ! あははは!」


 謎に大ウケしているレンの笑いがおさまってから、ルールの説明を始めた。


 そしてババ抜きを何セットかこなして、ルールに慣れてきた頃、


「で、ほんとのところどーなんだよ。兄ちゃん」


 レンは思い出したように問いかける。


「なんのこと? あ、そろった」

「さっきのに決まってんだろ? 姉ちゃんとその……夫婦とか恋人とかっつーやつだよ! がー! なんでオレの手札は全然減らないんだよ!?」

「あーそれね……。お、またそろったっと」


 ヒスイは揃ったカードを真ん中に投げ置きながら、返答を考える。


「……ノーコメントで」


 実際、レンたちに明かせるような話は何一つなかった。


「なっ、ずるいぞ兄ちゃん! 男なら正々堂々吐きやがれ!」


 レンはとうとうテーブルを叩いて立ち上がる。


「それを言うならまずはレンがライちゃんなのかルチアお姉さんなのか、ハッキリした方が良いと思うけどね……」


「はぁ〜?、ったくジェムはわかってねぇなぁ! 男なら2人ともだろ! ハーレムだろ! オレは勇者アランの後継者だぞ!」


 むふんと誇らしげに胸を張るレン。


「ところでその勇者の後継者っていうのはなんなんだ? いつも言ってるけど」


「勝手に言ってるだけだよ……レンは勇者様に憧れてるんだ……」


「ああ、なるほどなぁ」


 人類の希望である勇者アランに憧れる子どもは多い。アランの出身地であるこのソクボ村であるならば尚更だろう。


(魔王に見せられたあれがウソならまぁ、羨望も当然って感じだけど……)


 子どもの頃のことを思い出せば思い出した分だけ、アランへの疑念は募った。

 ヒスイにかけてくれた優しさは全てカラッポだったのではないかと。


(だから、アイツは……っ)


 昔の出来事を思い出して、拳を握る手にチカラが入ってしまう。


「あ、これでアガリだ……! ボクの勝ちだね……!」


「ああ!? またジェムの勝ちぃ!? 3回連続じゃん!」


「へへ。こういうゲームならレンには負けないかなぁ……」


「なんだと〜!?」


「わ、ちょっと、暴力反対……! それは反則だって……! お兄さん、助けて……!」


「あ、ああ……」


 取っ組み合いを始めたレンとジェムの仲裁をすることで思考を逸らすことができた。滅多なことは、考えるものじゃない。


 しばらくして帰ってきた2人——疲れた様子のルチアと満足気に笑顔を浮かべたライを加えて、夕暮れまでトランプを楽しんだ。


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