Tale.9『魔王と勇者②』


「————ッッ!!」


 夜、宿屋で眠っていた勇者アランは突如開眼すると身体を起こし、咄嗟に右手に結集させた魔力の剣で暗闇を切り裂いた。


「きゃぁぁ!? あぁ、びっくりした〜、さっすが勇者くん♡ クソザコ聖女ちゃんとは違ってつよ〜い♡ リリス、負けちゃうかも〜♡」


「クソッ、なんだ、このッ、手応えがない——!?」


 しかし、アランの剣は暗闇に潜んだ魔王リリスを残像のようにすり抜けてしまう。


「くっふふ。むだむだ♡ これって私の幻影だからね。いくらやっても切れないよ〜、ざんねんでした〜♡」


「くっ…………」


 ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべながら浮遊するリリスを見て、アランは渋々魔法を解いた。


「……本体はどこだ。今すぐ殺しに行ってやる」


「きゃ〜♡ こわ〜い♡ で〜も〜、ちょ〜っと、違うよね? 本当は〜」


 アランの耳元へ口を寄せて、甘く蕩けるようなウィスパーボイスで告げる。


「エッチしたい、だよね?」

「なっ……」

「ぜんぶ知ってるよ。勇者くんたら、あれから毎晩毎晩、私で——♡」

「——ッッ、貴様ァァ!!」


 怒りと羞恥が頂点に達したアランは無駄と分かっていながらも魔法剣を振るう。


「アハハハハハハハッ! だから当たらないって! 学習しよう? あ、それともここで今すぐ私とてみる? そしたらさすがにわかるよね? ぷ、ぷふw 想像するだけで笑えるw 可哀想だから、がんばれ♡ がんばれ♡って応援くらいはしてあげようかな?w」


「こ、の——ぉ!!」


「アハハハハハハハ!」


 数分後。


「ハァッ、ハァッ、この、クソ淫魔が……」


 アランは魔力を使い果たして、疲労感から膝をついていた。魔法で作った剣は便利で威力も高いが、その分魔力消費量も多い。これだけの時間使いこなせるようになったのも、つい最近のことだった。


 それがわかっていて、リリスは問いかける。


「ところで、ねとらせの方の調子はどうかな?」


 魔力量が上がった——それはつまり、アランのレベルが上がったということ。


「聞こえるよね?」


 リリスは耳に手を当て、耳を澄ますような仕草をする。


 ——テレレレテッテテー♪


「あれ? 今、もしかして、また……?w」


勇者アランのレベルが1上がった!


「ねぇねぇ、もう何回このファンファーレを聞いた? レベルはどれくらい上がった? 10? 20? それとも30かな?」


「………………」


「くふふ。聖女ちゃんたら、まだ数週間なのにけっこー積極的だよね〜。勇者様のため、勇者様のためって頑張ってるのかな? それとも、もう快楽に溺れちゃった?」


 リリスはまるで歌でも口ずさむかのように、愉しそうにアランを煽る。


「もしかしたらヒスイくんのことが好きになっちゃったのかもね♡」

「……はっ。それだけは絶対に有り得ないな。ルチアがヒスイのことを? 笑わせる」

「……どうだろう、ね♡」

「……っ」


 リリスの意味深な物言いにさしものアランも冷や汗がせり上がるのを感じた。


「……どうでもいい。それで俺が強くなれるのならな」


「くふっ、そうだねそうだね。勇者くんずいぶん強くなったもんね。これが聖女様の献身てやつかな」


 ヒスイの前で服を脱ぎ、柔肌を晒し、触れられ、喘ぐルチアの姿が脳裏に浮かぶ。


 アランにとっては全て、想像でしかない。


 最後まで彼女に触れることは叶わなかったのだから。


「……ちっ」


 まるで童貞のような妄想をしている自分に、嫌悪感が沸々と湧いてくる。


「でも、まだまだ足りないなぁ」

「……あ?」

「今のレベルじゃ私とのエッチなんて夢のまた夢ってこと」

「殺すぞ」

「きゃぁ〜勇者様に犯される〜♡」


 殺気を込めたアランの瞳に睨まれると、リリスは黄色い声をあげながら逃げて飛び回る。


「レベルアップ以外にも、強くなる方法はあるよね?」

「レベルアップ以外にも、だと?」


「うん、今日はそれについて教えてあげようと思って来たんだ♡ ほら、私って勇者くんのこと大好きだからさ♡ 手助けしてあげたいんだよ♡」


「どの口が言いやがる……性悪女がッ」

「くふふ……じゃあ話すね」


 リリスは自身の知る情報をアランに与える。


 大人しく聞く義理などないというのに、強さに固執したアランはそれを無視することができなかった。


「わかったかな? もう一度話してあげようか?」

「……用が済んだならさっさと失せろ」

「……はーい♡」


 リリスはアランから離れてふわふわと漂い、宙から見下ろす。

 

「ねね、勇者くん」


 その身体が少しずつ闇に紛れて、霧のように消えてゆく。


「次こそ私に勝って思う存分、ぶち犯せるといいね♡ きっと、サイコーにキモチイイよ♡」


 最後に残ったのは、もはや聴き慣れてしまった、ヤケに耳に残る蠱惑的な笑い声と……


 ——テレレレテッテテー♪


 追随するように響くレベルアップ音だった。

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