Tale.4『掌上で踊る』

 ——同時刻。


「やほ、ヒスイくん。♡」


 自室で作業をしていたヒスイの元に、魔王リリスは現れた。

 ルチアの部屋の彼女も、ここにいる彼女も正確にはリリス本人ではなく分身体なのだが、彼らにそれを見破る術はない。


「なっ、サキュバス!?」


 サキュバスといえば夜な夜な男の寝床に入り込んで精気を搾り取る淫魔だ。

 ソクボ村で見たという話を聞いたことはないが、大きい街ではわりとよくある事らしい。

 サキュバスは生きる糧を得て、男は極上の奉仕を味わうことができる、一夜限りのウィンウィンな関係を築いているとかいないとか。


 そんな男にとっては宝くじの大当たりのようなラッキー展開がヒスイの元にも訪れてしまったのだろうか。

 ヒスイとて若い男、思わずごくりと唾を飲んだ。


 その心理をリリスが見逃すはずがない。

 

「くっふふ、なーに? 期待してるの?」

「い、いや、その……」

「まぁ、たしかにそう言うのも良いけど、私はこう見えて分別あるサキュバスだからね。今日は違う目的だよ。てゆーか私、魔王だし?」


 そう簡単に幸運は巡ってこなかった。消沈と同時、リリスがさりげなく漏らした一言がヒスイの本能に最大級の警鐘を鳴らす。


「……は? え? 魔王?」

「うん、私、魔王」

「はぁぁぁぁぁぁああああああ!?!?!?」


 たしかに、現魔王は女だという噂もどこかで聞いたことがあるような気がする。


(それにしたって、勇者と聖女の次は魔王って!? はぁ!? 勘弁してくれ!?)


 もしかしたらでも何でもなく分かりきっていることだが、ヒスイはとんでもないことに関わってしまっている。


 人間と魔族の歴史を揺るがす可能性まである、大きな陰謀の渦中にいるのだ。


「お、俺を殺しにきたのか!?」

「へ? 殺す? あー違う違うそうじゃないよ。そんなことしても意味ないし、そんなつもりもないってば」

「う、うわあああああああ!?」

「ってありゃりゃ。聞いてないねこりゃ」


 錯乱したヒスイは恐怖で腰を抜かしながら、ドタバタと逃げ出そうとする。


「じゃ、これでどう?」


 部屋の出入り扉とヒスイの間に回り込んだリリスの身体が光に包まれる。光が収まると、ヒスイの前に降り立って姿を見せつけた。


「これでちょっとは怖くないんじゃない?」

「え……?」


 ふと顔を上げたヒスイの目の前にいたのは、ごく一般的な布の服を着た村娘風の少女だった。

 翼や尻尾はなくなり、髪色も平凡そのもの。可笑しなところはない。

 ヒスイにも感じ取れるほどだった膨大な魔力も、なりを潜めているようだ。


 視覚による影響は思った以上に大きく、心音が落ち着き、冷静さが戻ってくるのを感じた。


 リリスはまるでヒスイを安心させるように、柔らかな笑みを浮かべている。サキュバスとしての妖艶なものとは違って、素朴な可愛らしさのある微笑みだ。


(あれ……?)


 どこかその顔だちに既視感があるような、そんな感覚に襲われる。


(いや、そんなわけないよな……)


 ヒスイは生まれてからずっとこのソクボ村で暮らしてきた。魔王を見たのだってこれが初めてで間違いないはずだ。


「落ち着いたかな?」

「え? あ、ああ……もう、大丈夫」

「よかった」


 やはりその笑顔には見覚えのあるような気がする。


「じゃあ、まずはこれね」


 リリスの細い指からポッと光が湧き立ち、ヒスイの額に触れる。


「あ……?」


 瞬間、頭の中を映像が流れてゆく。


「まったく、君がなかなか寝てくれないから2度手間だよ」


 それはルチアが夢で見せられたのと同じ、勇者パーティの記憶だった。


「あ、あぁ…………!?」


 魔物との闘い、パーティメンバーとの交流、そして酒場での暴言の数々——。


「な、なんだよこれ!?」

 

「くっふふ。これをどう判断するかはキミ次第だよ♡」

 

 妖しく笑ったその顔は、魔王のそれに戻りつつある。


「まぁ私個人の意見を言うなら? 怒っていいと思うよ〜? 勇者くんたら、キミを貶めるようなことを子どもの頃からた〜っくさんしてたみたいだし?」


「う、嘘だ。アランは親友で、いい奴で、俺も尊敬してて……」


 うわ言のように呟くヒスイ。


 頭の中は親友の口から飛び出た裏切りのセリフで満たされている。ヒスイも、そしてルチアもまた、アランによって貶められていた。


 リリスはまるで憐れむかのように瞳を細めて、ヒスイを見つめる。


「……うん、そうだね。私もそう思ってた、かも」


「え……?」


「最後に、これもあげるね」


 リリスの表情にハッと息を呑んだのも束の間、ヒスイの股間が輝く。


「は? え? なんだ!?」


「ヒスイくんてどうせ童貞でしょ? だから、女の子を気持ちよくできる魔法をかけてあげたの。大サービスだよ♡ まぁ聖女ちゃんには必要ないだろうけど、これで女の子をたっぷり寝取ってね♡」


 そう言ってリリスは元の姿に戻ると、


「バイバイ。会えて嬉しかったよ♡」


 一瞬にして消えてしまった。


「なっ、おい待てよ!?」


 引き止めてどうするつもりだったのか、ヒスイには分からない。

 そもそも今のヒスイにわかることなんて何一つなく、頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。


 ——コンコン。


「失礼します……♡」


 そして、考えを整理する暇もなく、魔王と入れ替わりにその時は訪れる。


「せ、聖女様……!? 何かご用ですか!?」


「何かって、そんなの決まっているじゃないですか」


 ゆっくりとドアを開けて部屋に入ってきたルチアの瞳からは、理性の光を感じない。


「エッチ、しましょう♡」


 惜しげもなく服を脱ぎ去って、ヒスイをベッドへ押し倒した。


「聖女様!? い、いいんですか!? そんないきなり!?」


「いいんです♡ もういいんです♡ もう……我慢できないから……♡」


 細い指が誘惑するようにヒスイの肌を撫でる。柔らかな胸が大胆に押しつけられる。


(もう……?)

 

 もう、いいのかもしれない。


(俺も聖女様も、同じだ……)


 アランを信じて、裏切られた。

 迷う必要など、初めからなかったのだ。


「……わかりました。俺もちょうど、もう我慢できないと思っていたところです」


 ——あの役立たずめ!!

 ——必要な犠牲だった。

 ——純愛ごっこも、飽きてきたところだったからな。


(ああ、聖女ルチア様……俺は……)


 この美しき聖女を本気で寝取りたいと、そう思った。だってこれは、魔王を倒すための——正しき行いなのだから。


「これでやっと私も、勇者様のお力になれます……♡」


 その夜、ヒスイとルチアはお互いの初体験を終えた。


 全ては魔王リリスの思惑通りに——。



 ・


 ・


 ・



 ——テレレレテッテテー♪


 勇者アランのレベルが1上がった!





 

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