Tale.1『寝取り役』
「そ、そんな。なぜですか、勇者様……!」
勇者パーティの1人、聖女ルチアは呪いのことを知り、不安げに瞳を揺らしてアランに縋る。
その光景を、ソクボ村の青年ヒスイは黙って見つめていた。
ヒスイにとってアランは同じ村で育った幼馴染であり、村1番の出世頭で尊敬する友人。その頼みを断ることなどできるはずもなかった。それが魔王を倒すためとあれば、尚更である。
「私、私は、勇者様と、ずっと……」
勇者パーティに合流した神官ルチアはその美しさや献身性、仁徳からいつしか聖女と呼ばれるまでになったという。田舎暮らしのヒスイにまでその噂は届いていた。
さらさらの金髪と吸いまれそうなほどに澄んだ水晶の瞳は眩暈がするほどに強く眩く輝いていて、綺麗な装飾の施されたローブに身を包んだその姿は、まさに神聖と言える。
(その聖女様をアランから寝取る? 俺が?)
アランが強くなるため。魔王を倒すため。人類を救うため。理由は単純明快だが、これが本当に正しいことなのか、結論を出すことができなかった。
だから考えることを放棄して、成り行きに身を任せる。脇役でしかない自分が出しゃばるべきでないことを、ヒスイは理解していた。
「私、勇者様に嫌われていたのでしょうか……」
悲観的になったルチアは震える声で涙ながらに呟いた。
「……そんなわけないだろう」
「きゃっ」
アランはルチアの身体を抱か寄せる。
「ルチア、おまえは大切な仲間だ」
「勇者様……」
「しかし、魔王を倒すにはこの方法しかない」
「っ、…………」
「俺だって辛い。だが、1日も早く魔王を倒し、必ず迎えに来る。その時までどうか、辛いだろうが、耐えてほしい」
ヒスイにとっては、どうにも複雑な話だ。
まるで自分が悪者にされてるかのように感じてしまう。少なくとも、自分の前でしてほしい会話ではなかった。
しかしそれがルチアには痛く響いたようで。彼女は迷いを振り切った瞳を瞬かせて、アランを見つめ直す。
「……はい。待ってます、勇者様。いつまでも、ずっと。艱難辛苦の果てに、幸福があらんことを、願って」
そうして別れの時間は終わり、アランは去った。
2人きりになったルチアとヒスイの間には、気まずい空気だけが残される。
「…………………………」
いつまでもこうしていたって仕方がない。
まずは、これからルチアと共に暮らすことになるヒスイの家へと案内することにした。
「あ、あはは。すみません、みずぼらしい家で……」
村の端にある、父母が遺してくれた小さな木造の家。
一階で店を経営しており、ニ階が居住スペースとなっている。
古いためあまり質が良いとは言えず、ヒスイの怠慢により掃除も行き届いていなかった。
「大丈夫です。気にしませんので」
決して晴れやかな気分ではないだろうに、ルチアは普段と変わらず、優しく微笑む。
「えっと、どうしましょうか。部屋は一応ひとつ空いてますので、聖女様にはそちらを……」
「あなたの部屋はどこですか?」
「え?」
「案内してください」
「は、はぁ……」
言われた通り連れて行く。
ベッドと作業用の机、小さな本棚があるだけの狭い部屋だ。
「…………ふぅ」
ルチアは緊張を解きほぐすかのように息をつくと、ベールを脱いだ。通常隠されている長い金髪の全貌があらわとなる。
それから自らのローブへ手をかけた。
「へ? あ、あの、なにを……?」
「そんなの決まっているじゃないですか。……え、えっち、です……」
「え、ええ!? いきなり!?」
ポッと頬を染めたルチアは、遂にローブを脱いで下着姿となった。大事な部分は手のひらで隠されているものの、聖女のあられもない姿が目の前にある。
「あまり、見ないでください……」
「は、はい! すみません!?」
ヒスイは慌てて顔を逸らす。しかしどうしたって、視線はその肢体に引きつけられてしまう。
柔らかくスベスベとしていそうな乳白色の肌。胸は驚くほどに大きく存在感たっぷりにぷるんと揺れて、尻や太ももはむっちりと良い肉付きをしている。
(こ、これが聖女様……!?)
これを見て性を感じるなという方が無理がある。むしろ、普段の清廉潔白なイメージがそれを助長してしまっていた。
見てはいけないものを見てしまっているという自覚。果てしない興奮と同時に後ろめたさ、そして罪悪感がヒスイを襲った。
「あの、私、初めてで……」
「はい!?」
テンパりすぎて思考が働かないヒスイ。
「で、ですから、その、こういったことをするのは初めてなので、作法とかそういうの、わからなくて……」
「あ、ああ。そういう……っていやいや!? アラン——ゆ、勇者様とは、そ、そういうご関係だったのでは……?」
あまりに不躾な質問にルチアはさらに縮こまるが、律儀にも答えてしまう。
「それはその、たしかに勇者様からは幾度もお誘いいただきましたが、私が魔王を討ち果たしてからに致しましょうと言って断ってしまって……」
愛する人と結ばれたいという気持ちはもちろんあったが、それ以上にルチアは初心だった。
魔王を言い訳にして、そのときからずっと逃げていたのだ。
それがまさか、こんな事態に陥ってしまうとは。ルチアにとっても後悔でしかない。
「な、なるほど……」
余計に罪悪感が湧いてくるヒスイだったが、とりあえず頷いておく。
「あなたが、リードしてくれますか?」
「え? いや、俺も初めてなんですが」
「ええ? そ、そうなんですかっ? 私はてっきり、あ、いえ、その、なんかごめんなさい……」
「え、あ。お、俺の方こそ、申し訳ないです……」
「お互い、初めてなんですね……」
「そ、そうみたい、ですね……」
童貞と処女の間の空気がかつてないほど冷たいものに変わる。特に好き合っているわけでもない2人にとって、この状況は耐えがたい苦痛を伴うものだった。
「あ、あの、聖女様」
ヒスイはやっとのことで口を開く。そしてさらなる言葉を失礼と承知の上で告げることにした。
「……日を改めませんか?」
「で、でもそれでは勇者様が……!」
「どのみち魔王討伐は一朝一夕で済む話ではありません。聖女様がご無理をしてまで、今すぐに事を進める必要はないかと」
「わ、私は無理なんて——!」
「——震えています。ずっと」
「…………っ!!」
指摘した瞬間、ルチアの反論がピタッと止んだ。それから虚ろな瞳で自らの震える両手を見つめると、トサッと力なくその場に崩れ落ちた。
「……怖いんです」
長い沈黙を破ったルチアの瞳から一筋の涙が零れる。
突然のアランとの別れ。そして今日出会ったばかりの男に初めてを捧げなければならない。一度はアランのためにと心を決めたつもりでいた。希望を抱いた。しかしそれはいとも容易く崩れ去る、脆いモノだった。
いかに聖女と呼ばれていようとも、ルチアはまだ人として成熟しているとは言えない。ひとたび殻を剥いでしまえば、そこにいるのはただの少女である。
「怖くて怖くてたまらないんです。身体、震えて、さっきから全然、動かなくて……っ。……なんで、どうしてこんなことにっ。わ、私がもっと強かったら……あの時、勇者様をお守りして、一緒に、魔王を倒せていたらこんなことには……っ、うぅ……」
最後に湧き上がるのは自責の念。己の非力への嘆き。ルチアがもっと強ければ、もう魔王は倒せていて、平和な世界になっていたはず。
「日を改めましょう、聖女様」
もう一度、ヒスイは言う。
「実は俺もまだ、決意が固まってなくて。だから、ちょうど良かったんです」
「ごめんなさい。ごめんなさい。もう少しだけ、時間をください……」
結局、この日はこれでお開きとなった。
泣き止んで、ローブを着直したルチアにはもう一つの部屋で寝泊まりしてもらうことに。
その後、2人が積極的に言葉を交わすことはなく、時間だけが無情にも過ぎていった——。
———————
初の異世界ラブコメになります。
どうなることやらわかりませんが、とりあえず書いてみます。
(異世界設定の雑さに対する指摘はご勘弁を…)
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