4.

 パートに行ったら、ロッカールームで亜由美に「ねね、今日、仕事終わったあと、時間ある?」と聞かれた。「うん、大丈夫だよ」「じゃ、お茶しよ!」

 亜由美のきらきらした、意味ありげな笑顔に、夏帆は何かいいことがあったんだな、と想像した。

 いつものファミレスでドリンクバーのコーヒーを飲みながら、亜由美はにやにやしながら、言った。

「あのね、しちゃったの」

「え?」

「……裕司くんと」

「え? 何を?」

 夏帆が、訳が分からずにそう言うと、亜由美は大げさに笑いながら「やだなー、分かってるくせに。裕司くんとえっちしたの!」と言った。

「えっち、て……」

「あのね、裕司くんに言ったの。夏帆ちゃんが好きなんでしょうって。それで、相談に乗ってあげるから、飲みに行こうって。ちょうど、子どもたちはダンナ実家に、ダンナと一緒に行っていたんだよね」

「そう」

「うん! ……あ、怒った?」

「何を?」

「ほら、だって、裕司くん、夏帆ちゃんのこと、好きだよって言っていたのに」

「あ、ううん」

「うん、夏帆ちゃん、裕司くんのこと、何とも思ってないよね? だから、言ったの。あたしじゃダメ? って」

「それで?」

「それでね、ホテルに行って、楽しんだのよ! よかったわ! 若い子っていい!」

「へえ」

「夏帆ちゃん、年下としたことある?」

「ないよ」

「年下いいよう。肌もすべすべだし。あたしも若返っちゃった」

 亜由美は、裕司にどんなふうに求めれたか、何度イッたか、その後も何度もセックスしていることなどを、事細かに、実に嬉しそうに話し続けた。

 夏帆は不思議な思いで、亜由美の話を聞いていた。

 亜由美は誰かに話したくて話したくて、堪らなかったのだ。若い恋人のことを。でも、不倫だから、滅多やたらと話すわけにはいかない。亜由美には、家庭を壊す意思はない。ただちょっと楽しみたいだけだ。夏帆なら、口がかたいから、誰にも言わない、という確信が亜由美にはあるのだ。だから、思い切り話す。どんなふうに入れられてどんなふうに感じたか、とか、夫との違いまで。

「じゃあ、またね! 今度、シフトいっしょの日はいつかな?」

「明後日?」

「うん、じゃあ、また明後日ね!」

 亜由美は元気よく手を振って、自転車に乗って家に向かう。

 夏帆は、亜由美の背中を見送って、自分も自転車のペダルを踏んだ。


 夏帆は亜由美に打ち明け話をされた次の日も、パートがあった。

 ドラックストアに入っていくと、裕司がいた。目が合い、軽く会釈をして「おはようございます」と言う。

 倉庫で商品を探していると、後ろに裕司がいた。

「何ですか?」

「……亜由美さんから、聞いているんでしょう?」

「……何を?」

「亜由美さんが、夏帆さんに話したと言っていたから」

「……」

「……あの日、僕、酔っていたんです。すごく、飲まされて。気づいたらホテルにいて。僕、亜由美さんとあんなことするつもりじゃなかったんです!」

 亜由美の話とずいぶん違うな、と夏帆は思った。

 夏帆が黙っていると、裕司は続けて言った。

「僕、ぼく……僕が好きなのは、夏帆さんなんです!」

 私、誰かに好きだと言われたのは初めてかもしれない、と夏帆はぼんやりと考えていた。武雄とは結婚をしているけれど、好きだと言われたことはない。勇に言われる「お母さん好き」は違う意味だ。

「夏帆さん、好きです!」

 裕司はそう言うと、まるで「好きです」が免罪符のように、夏帆の唇に自分の唇を押し付け、そして舌で唇を押し開いた。裕司の舌が夏帆の舌を絡めてきて、夏帆は夢中で裕司を向こうへ押しやった。

「やめて」

「……夏帆さん……だって、夏帆さんも、したいでしょう? 亜由美さんも言っていました。いま、一番、いい時期だって。楽しく出来る時期だって。年上のダンナさんじゃ、満足出来ないって」

「したくない」

「嘘だ」

「嘘じゃない。したくない」誰とも、と夏帆は心の中で付け加えた。

「……すみません……仲がいい、亜由美さんがそう言うから……」

「いっしょにしないで」

 夏帆がその場から立ち去ろうとすると、裕司が慌てたように、「あの、このこと、誰にも言わないでください! 就職、決まっているんです!」と言った。

「言わない。でも、もう二度と近づかないで」

 夏帆はそう言い残し、倉庫を出た。

 気持ち悪い、と思い、ロッカールームに立ち寄り水筒からお茶を飲んで、少し落ち着いた。

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