第4話:いざ、犯行現場へ
太陽が真上に来て、島中を明るく照らしていた。海岸沿いの町からは美しい海が見えて、少し歩けば緑豊かな森もある。バカンスを過ごすには完璧な場所だが、私たちが今やろうとしていることは、かけ離れたことだった。
「あの服屋だぜ。島で唯一、スーツが買える店」
カイが案内してくれた店は、思いのほか小さかったが、センスの良さがうかがえた。白い壁にシンプルな看板、ブティックと書かれているようだ。島特有の文字が使われていたが、なぜか読むことができた。
「あそこに二人で入る。カイが試着をしている間、私が店員の注意を引く。その間にカイが逃げる。そういう作戦だっけ?」
「完璧だよ、レア。一度で理解できるなんて、すげえな」
記憶力は営業をしていれば嫌でも身に着く。こんなところで役立つと思わなかったが。そういえば、と私は気になっていたことを聞いた。
「カイは普段、何してるの?」
「何って、何が?」
「仕事だよ。親に養ってもらってるわけじゃないでしょ」
「んー。俺は魔法使いの弟子。師匠が旅に出たから、今は暇してるんだ」
いつになく歯切れの悪い回答である。
「いつ旅から戻るの?」
「分かんねえ。なあレア、お前、本当にレアだった時の記憶ないのか?」
赤く、探るような目つき。嫌な予感がする。
「ないよ。そのお師匠って……」
「レアの母さんだよ。最強の魔法使いだった。レアの父さんは伝説の勇者で、彼らが世界を救ったんだ。平和になったから旅行に出かけた。そうしたら、神様たちもいなくなったんだ」
腹の底から怒りがこみあげて来た。私だって休みたかったのだ。メンタルが弱っているときに、有給を取り、心療内科の予約を取り、病院へ行くのは一大事だった。キャリアと自己承認欲求の葛藤を経て、やっと休みを手に入れたというのに。ここに来て、親も神も休んでいるらしい。
でも、と私は思った。神様と両親さえ見つかれば、私は転生前よりも良い暮らしが待っているのではないか?前の世界では休んだところで、せいぜい会社の寮でネットフリックスを見て過ごすくらいだ。傷病手当金は申請の翌月、下手すると休職して三か月が経過しないと振り込まれない。それなら島で一番の資産家、勇者の娘として過ごした方が、良い暮らしが遅れるのではないか。そのためには、彼らを見つけなくてはならない。
「分かった。何としても両親と神様を見つけよう」
「急にやる気になったな」
私は彼と腕を組み、ブティックの中へ足を踏み入れた。窃盗を行うための、犯行現場へ。
勇者の娘は休みたい かのん @izumiaya
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