第3話:体験入店

 朝になると、森は不愉快な沈黙に包まれていた。虫や動物は人間と逆の動きをする。夜に動き、朝に眠る。本来、生き物とはそういうものなのかもしれない。何より私を不愉快にさせたのは、カイから告げられた一言だった。

「水の女神が出入りしてるホストクラブ、島でも有名な高級店なんだよな」

 私は上半身が裸の、水着に短パンという姿の少年を見た。日に焼けたたくましい身体と、耳にかかるくらいまで伸びた赤毛を見た。全人口で赤毛は1~2%らしい。この世界でも赤毛は貴重なのだろうか。

 好青年ではあるが、悲しいかな、営業をしていると嫌でも身に着くスキルがある。相手が金を持っているか否か、瞬時に判断できるようになるのだ。その意味では、彼は持っていなさそうな部類だった。しかし私は勇者の末裔であるらしい。私は彼に聞いた。

「ねえ。レアって、どれくらいお金持ってたの?」

 沈黙。彼は呆気にとられた顔をした。少し猿にも見えた。

「そうか。お前、知らないのか……レアは、島で一番の金持ちだったよ。勇者の末裔だしな」

「じゃあ、そのお金を使えば良いんじゃないの」

「今から生贄の祭壇に戻るのか?」

 そうだった。長老が時を止めていたが、もしかしたら私は死んだことになっているのかもしれない。私は水着の上に、彼から借りたTシャツを羽織っている。現金を持っていないことは明らかだった。ふと、名案が浮かんだ。目の前の男を使う手だ。彼は顔は悪くない。あと問題となってくるのは、ただひとつ。

「カイ、年齢は?」

「俺? 180歳だよ。レアは150歳」

「この島の平均寿命は?」

「んー。人によって違うけど、1000歳くらいかな」

「成人年齢は?」

「何だ、それ?」

 ひとまず年齢はクリアしていることにしておき、私は言った。

「ひとつだけ、高級クラブに入店する手段があるんだけど」

 彼は好奇心に満ちた目で私を見た。目に光が宿っている。私が子供の頃、失った光だった。あの頃は宿題をして、下校時に友達とふざけ合い、将来は何にでもなれると思っていた。私は遠い日に失った輝きを見つめて、言った。


「体験入店、しない?」


「なんだ、それ?」

「一日だけお試しで働くこと」

 彼は肯定も否定もしない。想像がつかないようだ。私は彼の服装を見て、残されたもう一つの問題を思い出した。スーツを買わなくてはならない。その解決策は、彼が意外な方法を提示してくれた。そしてそれは、先程、成人年齢を気にしていた私が嘘のように、犯罪にまみれた手段だった。

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