ep.4 絶好の危機
一言でまとめるなら、うわ……こいつやりやがった、である。
「問題なく定着したみたいですね。これでやっと、次の仕事に行けます」
固まる私に対し、男は何事も無かったかのように話しかけてくる。
もしかしてこれ、私がおかしいんだろうか。
そんな気持ちで男の後ろに目をやるも、少年は
死神にとって、こういった行動を取ることは、大した問題ではないのかもしれない。
そう思いかけた時、「シドウ」と呟く声が聞こえた。
男の頭上にキラリとした光が見える。
次の瞬間、男の居た位置には身の丈ほどもある大きな銀の鎌が突き刺さっていた。
「おやおや、随分と手荒い真似ですね。仕事用の鎌なんですから、大切に扱わないと駄目ですよ。ただでさえ、死界の経理は
「黙れ。お前が死ねばやめる」
少年は鎌を引き抜くと、刃を回転させながら構え直していく。
天井に当たりそうで心配していたが、鎌は壁に当たる直前にスルリと縮み、今は先ほどよりも一回り小さい状態で少年の手に握られている。
なるほど、伸縮可能な鎌でしたか。
ってそうじゃない。
というか、ちょっと待てよ……。
鎌が刺さっていたように見えたが、今の床って──。
「直して」
「はい?」
部下に殺意を向けられても余裕の表情を崩さないまま、上司はこちらにチラリと視線を向けた。
今にも上司殺害を実行しようとしていた少年は、私の声に手を止め、しっかり耳を傾けている。
「今すぐに床を直して。じゃないと」
「じゃないと、何です?」
「絶交する」
「貴女、絶交って言いました? 何を言うかと思えば……まったく、愚かで可愛らしい部下が出来たものです」
おかしそうに笑う上司(仮)の後ろでは、少年がみるみると顔色を無くしている。
白かった肌は今や青白く、唇から血色がなくなっているほどだ。
手に持っていた鎌が黒い霧に変形し、跡形もなく消えていく。
「今すぐ直すから……むつき、絶交するなんて言わないで……」
少年はふらふらした動きで床の穴へと近寄ろうとするが、あまりの悲痛な顔に、こちらが悪いことをしているような気持ちになってきた。
しかも、顔が綺麗すぎて、受ける効果が何倍にも割増されている。
「ごめんね、言いすぎた。上司に直してもらうから心配しないで。私のために怒ってくれたんだよね? ありがとう」
少年の傍に近寄ると、隣に寄り添い声をかけた。
少年が私を思ってしてくれたことは確かだし、何より元凶は間違いなく上司の方にある。
「おや、何故私が? 絶交と言いましたが、私よりも貴女の方がよほど困ることも多いと思いますよ。まあ、貴女が直して欲しいと頼んでくるのであれば、上司として力になることもやぶさかではありませんがね」
楽しそうな笑みでこちらを見てくる上司に対し、少年の
そっと肩に手を置き
「直してくれないなら別にいいです。死界とやらに経理があるなら、おそらく人事のような部署もありそうですね。そこに連絡して、上司からセクハラを受けたと報告します」
人事、報告、という言葉を聞き、上司から笑みが消えた。
「いきなりセクハラを受けて、心に大きな傷を負わされた。これではとても死神業を頑張れそうにない。といった感じで、涙ながらに訴えてみることにします」
先程までの余裕はどこへやら、上司は見るからに面倒そうな顔をしている。
これはいけるな。
「どうやら、貴女との間に大きな誤解が生じているようですね。私はあくまで上司として、何か問題が起きてないか確認する必要があったんですよ」
返事をせずじっと見続ける私に対して、上司は言葉を付け加えていく。
「それと、印の確認は『印を刻んだ者が行う』という
「報告します」
「やれやれ、分かりました。はい、これで直りましたよ。なのでこの件はこれで終わりにしましょう。私たちはこれから、上司と部下になるんですからね」
あっという間に床を修復した上司の姿に、予想が的中したことを悟った。
思ったより良い
床に関しては、見た目だけなら完璧に元通りの状態になっている。
「むつき。こいつは性悪だけど、死界での立場や力の強さは桁違いに高い。だから、今回のことは一つ貸しにしておくと良い。きっと何かの折にこいつを
「なるほど。そういう訳なので、これからよろしくお願いします」
少年のアシストに、脳内でナイスボタンのプッシュが止まらない。
綺麗な顔に反してなかなかえぐい悪態をついていた気もするが、そんな事はこのアシストに比べればほこりの様に
「何故こうも私の部下には、一癖も二癖もあるものばかりが
上司の呼び名は常闇というらしい。
イメージ的にもぴったりで、それらしい呼び名だと思うのに、何とも言えない違和感が胸の中で
「とこやみ……さん?」
「直接呼ぶ時は、好きな呼び方で構いませんよ。部下の中に、私をその名で呼ぶ者は一人も居ませんからね」
上司がちらりと横目で見るも、少年は素知らぬ顔でそっぽを向いている。
「彼の名前は何て言うんですか?」
これから一緒に仕事をするパートナーの名前だ。
思えば、誰の名前も知らないまま契約までしてしまった。
色々と飛ばしすぎているが、ここまでくると感慨深い気さえしてくる。
「彼に名前はありませんよ」
「え?」
「今から貴女がつけるんですから」
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