二人

 神崎美奈子が名刺を渡すとき、相手の反応は大抵決まっている。困ったように眉をひそめ、こういうのだ。


「心霊相談ですか」


 はい、と元気よく答えれば、玄関の扉を閉められたり、怪訝そうに睨まれたり……まぁ良い顔はされない。

 これだけ怪しさ満点なら、印象だけはばっちりだろう。美奈子は前向きにとらえていた。

 だから夜の駅で、可愛らしい少女に話かけたときも同じ考えであった。


「うはー! 本物。モノホンだよやったー!」

「え?」


 同じ考えであったから、予想外の反応に若干引いた。

 少女はショートカットの黒髪で、くりっとした可愛らしい瞳をしている。顔立ちはやや童顔だが、幼く見えるというわけでもなく、活発げな印象が残る感じであった。


 半袖の青いジャケットパーカーに、黄色いシャツ、黒いジーパンに赤のスポーツシューズというボーイッシュな格好の子だった。顔はもちろん、露出している腕や手も白くきめ細やかで、なんだか淡い香水の匂いがした。


 美奈子の頭の中でぺたりとラベルが貼られる。

 眩しい子。略してマブ子。


「えと、お姉さんってここで女子高生助けました? メガネっ子の」

「まぁ」


 記憶を辿って心当たりがあったので頷く。


「やっぱり。お……私、あの子の友達なんですよ」

「そうなんですか」

「ちょっと相談がありまして」

「なんです」


 それまで嬉しそうにはしゃいでいた少女は一瞬で真剣な顔付きになり、声を低めて言った。


「妹を助けたい、もしくは仇を取りたいんです」


 その瞳には決意と、殺意がこもっていた。




 妹はマンションに独り暮らしで住んでるんです。

 そう、少女は説明した。


「でも妹じゃない。別人なんです」

「というと?」


 ファミレスの季節限定パフェを頬張りながら美奈子は聞く。


「性格は妹に近いです。でも表情やしぐさでやっぱりズレが生じる。二重人格を疑いましたがやつは実体がありました」


 少女はコーヒーを飲んだ。

 ファミレスは夜遅くまでやっているが、終電近いからか人はおらずガランとしている。


「最初は、服の趣味でした。妹はシンプル系のファッションを好むんです。色やデザインはシンプルで組み合わせとかお気に入りの小物で女性っぽさを出すというか。でも、突然ガーリー系統着だしたんです、花柄、フリル、リボン、パステルカラー、そういう可愛い系のファッション」

「イメチェン狙ってたとか」


 少女は頷き、肯定した。


「私も最初はそう思いました。私と違ってキレイなロングですし、よく似合ってたから。でも、しぐさも変わってて」


 両手の指先を合わせて、顔を強張らせる。


「杏。あ、妹なんですけど、不安なときとか俯きがちに首を隠すように触ったり、手先をいじったりする癖があるんです。なんでもないときは、特に何もしないはずで。その妹が髪を弄ったんです」


 少女は思い出すように髪をかきあげた。


「妹が髪を弄ったことなんてない。髪、大事にしてるし、癖つけたくないだろうし。それに、笑顔が増えたんです」

「笑顔は、その、いいことでは」

「不自然なんです。妹じゃ絶対笑わないときに笑う。愛想笑いでもないし、薄ら笑いというか、とにかく変で」


 少女はスマホをいじって、美奈子に見せた。


「これが私と会ってた妹です」


 画像を切り替える。キレイな顔のロングヘアーの女性が、笑顔を浮かべてピースをしている写真だった。ゆるふわといった感じのフリルのあるブラウスやスカートを身に着けている。場所はカフェらしかった。


「で、これが当日の妹に写真撮って送ってもらって確認した格好」


 白いシャツに紺のスキニーパンツ。全く違う格好だった。


「実際に会う妹とメッセージでやり取りする妹で話が噛み合わないことがあったんです。やたら最近会うし。トイレ行くフリしてメッセージのやり取りしてみたら、私と一緒にいる妹はスマートフォンをいじりませんでしたが、返信は来る。で、自撮り送ってもらって確認したらこれで」

「警察に相談とかは」

「してないです。信じてもらえるかわからないし。妹の偽物は妹の事情をほぼ全部把握してるんです。他人からしたら妹でしかない。本人と偽物は接触なし。偽物、本人が行かないような場所にいるし、二人いる証明ができないんです」


 それに、と。


「最近、メッセージに絵文字、顔文字増えたんです」


 そしてメッセージ画面を開く。

 ガーリー系のファッションを身に着けている妹の姿だった。


「ドッペル、ゲンガー」


 美奈子の呟きに、少女は頷く。


「杏本人が自分の分身を見てるなら、自己像幻視っていう幻覚の類だと思って病院を勧めます。二人いないのなら二重人格を疑います」

「でもそうじゃない」

「はい。もしかしたら手遅れかもしれません」


 少女は強く拳を握り締めた。その拳に手を重ねる。


「妹ちゃんの家、近いです?」



 夜中ともなれば心霊相談事務所の所長は仕事を終えているし、友人の巫女は寝ている頃だろう。

 だからといって後回しにしたら、手遅れになる可能性が高くなることは明白だった。

 自分の妹に起きた出来事がよりそれを実感させる。


「私、心霊スポット行くの好きなんです」

「へ?」

「雰囲気っていうか、オカルト自体も好きですし。でも、なるべく場所そのものには敬意を払うようにしてるんです、余所者なわけですから」

「それは……立派な心掛けだと思います」

「でも、いくら敬意があっても、自分の欲を叶えてるだけなんです。欲に溺れる覚悟はしてるつもりです。私がオカルトな事件に巻き込まれるのはわかります。むしろ自分だけならテンション上がったでしょう。でも妹なのは許せない」


 美奈子は少女の考えに尊敬の念を抱いた。同時に強いとも思った。


「あの私、専門家じゃないんですよ」

「え、もしかして詐欺」

「いえ、事務所の所長は専門家ですし、友達に巫女はいますし。ただ時間が時間ですから」

「あぁ……」

「まず私の方で見てみます。進展なければ所長を叩き起こしてでも。ですから頑張りましょうね」

「はい」


 少女は敬礼し、力強く返事をした。




 マンションにたどり着き、少女に任せて、妹の部屋に入る。合鍵を少女が持っていた為、すぐに入れた。


「お、お邪魔します」

「ごめんねぇ杏。大学の友達が終電逃しちゃってさー」


 玄関からリビングに入ると写真で見た妹がいた。妹は立ち上がってお辞儀をしてくる。


「はじめまして、花寄杏はなよりあんです」

「はじめまして。神崎美奈子です。飲み会で酔い潰れたダメ人間です」


 挨拶を済ませると、フッと杏が笑みを浮かべた。


「とりあえずシャワー借りていい?」

「いいよ」

「ありがとう。じゃ、神崎さん案内するね」

「よろしくお願いします……」


 洗面所まで案内され、少女は声をひそめる。


「ちなみに私は詩研しとぎです」

「詩研さん、タバコ吸っても」

「いいですよ、シャワー室換気入れますんで。この部屋の中なら」

「失礼」


 美奈子はタバコに火をつけて口に咥える。


「何か意味あるんですか」

「まぁ私、霊感がほぼないに等しいんですけど姐さん、所長曰く本当はあるらしいんです。んで、タバコを使って呼び覚ますというか」

「シャーマンが幻覚剤使うのと同じ感じですか」

「まぁそんな感じで……というか詳しいですね」

「好きですから」


 胸を張る詩研。

 頭をぼんやりさせて、周りを見る。煙は部屋に漂うだけだった。


「お願い、助けさせて」


 祈るように美奈子が呟く。

 美奈子にはとんでもない悪霊が憑いている。それも非常に強力で、霊能力者の誰もが払うことをあきらめるレベル、または大抵の悪霊は片手で潰せるほど、らしい。といっても美奈子自身を守ることが大半で、他人を助けることは少ないが、あることも最近気付いた。自分の妹や座敷童子といったものを助けてくれている。

 他人を助けないわけではないのだ。

 美奈子は助けてくれるように祈った。

 目を瞑って、開く。

 視界に煙が広がった後、気付くと詩研がいなくなっていた。そして電気が消えている。


「……あれ」


 真っ黒な中でタバコの火だけが灯る。美奈子はスマートフォンの懐中電灯機能をつけて、タバコを携帯灰皿に突っ込んだ。


「……異界ってこと?」


 扉を開ける。

 すると小さな悲鳴が聞こえた。


「あのぉ、詩研さん? それとも杏さん?」


 電灯ともにキョロキョロ見渡す。リビングの中心にあるソファ。その陰に隠れるように人影があった。

「だ、誰?」

 震えた声がかえってくる。

「えと、神崎美奈子って言います。心霊相談事務所の。詩研さんから頼まれて来たんですけど」

「ほ、本当ですか」


 人影が近寄ってくる。裾の長い白いカットソーに紅色のスカートの少女がいた。

 杏だった。


「人間ですよね、夢じゃない」

「はい」


 ポロっと涙が流れ、杏は俯いた。口元を手で隠して、嗚咽を漏らす。

 美奈子はそんな杏を抱き締めた。


「頑張りましたね。私、気がついたらここにいたんですが杏さんはどうやってここに?」

「夢、です」

「夢」


 コクリと胸の中で頷かれる。


「夢を見たんです。何日も。おしゃれをして、いつもと違うことをする私の夢。旅行とかいろいろ。だんだん私の家に近づいていって。でもそれが私じゃなくて別の何かだと気づいたんです。そのときにはもう、ここに閉じ込められる自分の夢を見て、それで、覚めないの、ずっと」


 夢。

 ということは美奈子も夢を見ているのだろうか。


「杏さん、スマホ使える?」

「圏外で使えないです」

「詩研さんに電話かけてもらえる?」

「え?」

「私の妹が大変な目にあったときにね、私にだけ電話が繋がったことがあるの。そこ、圏外だったのに。もしかしたら詩研さんに繋がるかなって」

 顔を上げて、杏はスマートフォンを取り出すと、電話をかけ始めた。

『…………杏?』

「つな、がった」

「詩研さん? そこの私ってどうなってます」

『美奈子さん、どこにいるんです? 突然いなくなって。杏は無事だったんですね』

「えと、なんか異世界みたいなとこにいます。杏さんそこに閉じ込められてるぽくて」

『やっぱりこっちのは偽物か。テレビ見てます、やつ』

「とりあえず、戻りたいんですけど」


 その声に答えるようにリビングの、玄関へ繋がる扉が開き、さらに玄関扉が開いた。


「わお」


 見えない力に腕が引っ張られる。美奈子は杏を引っ張り、その力に従った。

 玄関を出ると扉が閉まる。


「外に、出れた」


 杏の口ぶりからして外すら出れなかったのだろう。

 美奈子は玄関に振り返る。

 電話は繋がったままだった。


「今玄関前にいます。チャイム押していいですか」

『お願いします』


 インターホンを押すとチャイムが鳴った。電話越しに、だ。


『オレが出るよ、杏』


 バタバタと音がして、玄関の扉が開く。


 ――詩研がいた。


「杏。本物の、杏だよね」

「お兄、ちゃん」

「……え、お兄ちゃん?」


 美奈子の疑問はよそに杏は詩研に抱きつき、詩研もそれを受け入れる。

 気にしている場合ではない。美奈子は疑問を放り投げて部屋の中に入った。

 リビングに駆け込むと、青白い顔をした杏の偽物がいた。

 無表情でこちらを見てくる。


「あなた、誰?」


 睨む。

 偽物はフラフラとこちらへ歩み寄り、美奈子の首へ手を伸ばす。


「邪魔をするな」


 おぞましいほど低い声で美奈子の首が締められる。


「ぐ」


 気道が狭まり、呼吸が苦しくなる。


「うひひ」


 相手の顔が歪んでいく。グチャグチャの気味の悪い音を立てながら変形していった。


「あはっ」


 正面にある自分の顔が笑った。


「こい、つ」


 明らかに異形のものだ。首を締めてくる手も粘土のような異様な感触だった。


「おい」


 横でドスの聞いた声が響いた。

 次の瞬間、視界が揺れたかと思うと締められていた首が解放された。あまり長い時間でもなかったので問題なく呼吸を再開する。

 美奈子をかばうように青いパーカーの背中が立ち塞がった。


 詩研だった。


「人の妹の猿真似して次は恩人かぁ? 舐めてると潰すぞ」


 いつの間にか右手に握りしめた数珠をじゃらりと鳴らす。


「ぐぎぎ」


 ぐちゃりと顔が杏のものに戻る。


「お、お兄ちゃ……」


 涙を流しながら同情を誘うように偽物が近づく。


「あ、杏......」


 詩研の体から力が抜け、偽物を受け入れるように手を広げる。偽物から笑みが溢れ、そして。


「んなことなるわけないでしょうがァ!」


 屈み込んでからの強烈なアッパーが偽物の顎を捉えてふき飛ばした。


「えぇ……」

「大根役者が」


 ポケットから謎のスプレーを取り出すと偽物に吹きかける。途端に偽物はのたうち回りだした。


「ギャアァア」

「え、なんですそのスプレー」

「通販サイトで買った聖水です」


 通販って凄い。


「じゃあその偽物殴るのに使ったナックルダスター扱いの数珠も」

「通販です」

「通販すげえ」


 美奈子が通販に感動していると、のたうち回る偽物が、不意に体を磔にされたかのように腕と脚を伸ばされ、宙に浮く。


「え、なんですこれ」

「あ、多分私……」


 言い終わらないうちに偽物がどこかへ引っ張られた。

 シャワー室へ引っ張りこまれると扉が閉まる。

 そして。


「ぐぎゃ」


 そんな断末魔と、何かが砕ける音がした。静まり返ると、今度はシャワーの音がする。

 それもしばらくすると止んだ。

 顔を見合わせる。


「私やばいのに取り憑かれてて」

「それは、やばいですね」


 こうして詩研の依頼は達成となった。



 今日もハンバーグがうまい。

 美奈子は駅近くのファミレスで昼食をとっていた。


「んぅー幸せー」


 頬に手を当てながら、美奈子は食事を楽しむ。


「こんにちは美奈子さん、相席してもいいですか」


 声をかけられて視線を向けると詩研がいた。

 ベージュのゆるいシャツに、紺のワイドパンツといった格好だった。シルバーとメタリックブルーのリングが掛け合わされたデザインのネックレスをしていて、ワイドパンツがぱっと見スカートに見えることもあり、女性に見える。


「どうしました?」


 小首をかしげる姿も、喉から発せられる声も、とても男性には見えなかった。女性を基準にすれば低い彼の声は男性基準で考えれば高い方だ。ハスキーボイスと言えばいいのだろうか。


「あぁ、いえ。自分より女の子してるなって」

「履いてるのスカートに見えます? ドレープパンツっていうんですよこれ」


 そういってズボンを摘む詩研。ニコリと笑う姿が眩しかった。


「失礼ですけどお兄ちゃんって言葉聞くまで完全に可愛い女子かと思ってました。あ、相席どうぞ」

「どうも。いやぁ褒めて頂いて嬉しいです」

「あはは……リアル男の娘」

「何か?」

「いえ、独り言です。ハイ」


 二人席の向かい側に詩研が座る。


「何食べましょっかねぇ」


 メニューを確認し、何か決めたのか店員を呼ぶ。美奈子はちょうど食べ終えた頃だった。


「明太子バターのパスタひとつお願いします」

「あ、ついでに私も同じやつを」

「え」


 やってきた店員に注文を済ませる。店員が離れると、詩研はきょとんとしていた。


「よく食べますねぇ」

「昔からお腹空きやすいんです」

「ほえー。ちなみに何か運動とかされてます」

「いえいえ、ダラダラ毎日過ごしてます」


 あまり教育上よろしくない自分の生活を振り返り、乾いた笑みを浮かべる。


「前にも言いましたけど私にはヤバイのが憑いてまして。それのおかげで生活出来てるんで割と自堕落というか、真っ昼間からお酒飲むくらいですよ」

「そうなんですか。じゃあ困ったとき、美奈子さんに何か頼んだりできますね!」

「それはオカルト関係でってことですよね」


 詩研は手を合わせ、花咲くように微笑んだ。


「やばいところで祟られたらお願いします」


 語尾にハートマークでもついてるかのような愛らしい声音で頼まれる。


「あ、これ私の連絡先です」

「どうも」


 丁寧に折り畳まれたメモを渡され、美奈子は思わず受け取る。


「人手が足りなくなったり、男手ほしいときは呼んでください。恩返しします」

「あ、いや報酬もらってるんで全然」

「妹の命には変えられません! ......あと好奇心にも」

「はい?」

「なんでもないです。とにかくこき使っても喜んでやりますから」


 そういって自分の腕を叩く。とても力仕事ができそうな腕には見えないが、先日偽物を殴った強烈な拳を思い出すと否定もできない。


「ところであの妹のドッペルゲンガーってなんだったんですかね」

「姐さん、所長がいうには呪いだそうです」


 詩研は眉をピクリと反応させた。


「他人の体を乗っ取る。移し身の呪いだそうです。素人がやって成功するような呪いでもないとか」

「つまりプロがやってきたってわけです?」


 店員がやってきて二人の目の前にパスタが置かれる。


「関わっているのは間違いないです。そして二度目はありません」

「人を呪わば穴二つ、ですか」


 美奈子は頷く。


「穴というのは何を示しているかご存知ですか」

「墓ですよね」


 人を呪った時点で墓穴が二つ用意される。成功したときの相手の墓と、失敗したときの己の墓。

 呪いの対価も代償も死と同等と考えなければならない。そしてそれを実現させるほどの怨念、執念が呪いを産む。


「呪術を行った人は今頃呪い返しを受けているでしょう。呪いを教えた術士がいたとしても、返される相手に何度も呪いをかけるほど愚かではありません」


 呪いというのは最終手段なのだ。己を捨ててでも地獄へ落としたい相手がいるときの。だからこそ呪いの儀式の不理解や、呪い返しは自滅を呼ぶ。


「じゃあ安心していいですね」


 その言葉とは裏腹に、影のある表情で詩研はパスタを食べ始めた。美奈子も自分のパスタを食べる。


「詩研くんって甘いもの好き?」

「はい」

「よしじゃあデザートも頼みたまえ。お姉さんが奢ってあげましょう」


 腰に拳を当て、胸を張る。


「いや私が奢るならまだしも美奈子さんがそうする理由は」

「んーしたいからです。得する分にはいいでしょう」

「……ありがとうございます」


 パスタを食べ終わり、美奈子はデザートのメニューを見る。


「美奈子さんは何頼みます?」

「私はですねー」


 それからは他愛のない話をしながらデザートを楽しんだ。

 美奈子としては新しい友人との食事のようで終始楽しめた。詩研は大学に通っており、その話や心霊スポットについて話してくれた。美奈子は仕事の話やハマっているゲームの話をした。

 デザートを食べ終え、ふたりでレジへ向かう。


「アプリでお願いします」


 現金を取り出そうとすると詩研がそういった。流れで支払いが済んでしまい、慌てる。

 店を出て、料金分お金を出す。


「私が奢る話では?」

「いやいいですよ」

「いやでも私のほうが食べてる……」

「じゃ、私こっちなんで失礼しますねぇー」

「え、あ、ちょっと」


 遠くなりそうな背中を美奈子は呼び止める。


 詩研は一度振り返ると


「今度、クレープでも食べに行きましょう。その時にゴチになります」


 そう締めくくり、帰っていってしまった。

 美奈子は呆然とその背中を見送った後、現実を取り戻すように財布にお金をしまい、詩研に渡されたメモを開く。


「あ。これ絶対連絡しなきゃじゃん」


 メモを見ながら苦笑した。

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