シロヘビさん

「だっはー」


 重い体を引き摺りながら中学二年、神崎美奈子はため息を吐いた。

 人間関係が面倒臭い。ファミレスいくとか遊びに行くとか、正直行きたくない。でも友達だし、仲良いはずだし、無下にするのも良くない気がする。


 中学の校舎には一階の階段下に小さなスペースがあった。使わないテーブルやイスが並べられていて、ちょうどそのテーブルゾーンと階段下のスペースの残りで隠れんぼでも使えそうな日陰が出来ていた。


 美奈子はそこに体育座りで入り込んで、休んでいた。

 周りは結構制服を着崩していたり、スカートを短くしたりしていたが、美奈子は規定通りの格好だった。おしゃれを見るのは好きだが、正直自分でするのは面倒だった。


 唯一、妹からもらった青いリボンのついたヘアゴムをつけているのが、おしゃれと言えばおしゃれだろうか。それでポニーテールにしている。あまり派手すぎるヘアゴムは禁止されてるがリボン自体、主張の強いものではないし、確認のため先生に聞いたときに妹からプレゼントでもらったことを説明したらオッケーだった。ちなみに運動中は無くしたら困るのでつけていない。


「みーつけた」


 突如声が降ってきた。内緒話をするようないらずらっぽい、含みのある声だった。美奈子はビクリと肩を跳ねさせ、見上げる。


「あっ」


 思わず声が漏れた。


「あなた、名前は?」


 背中の、肩甲骨あたりまで伸びたきめ細やかな濡れ羽色の髪。瞳はぱっちりしており、顔立ちは大人のように幼さを消し去った細い線をしていた。身長も女子にしては高く、雰囲気も随分と大人びていた。


「え、えと神崎美奈子、です」


 フッと、火が灯るように温かな笑顔を浮かべる。


「私は荷江にえ 零歌れいか。三年生。美奈子ちゃんは二年生よね」

「はい」

「こんなとこで何してるの? いじめられてる?」

「いえ。ただ疲れたときにここにいると落ち着くんで」

「ふーん、一人がいいってこと」

「えぇ、まぁ」


 ふぅん。

 零歌は小さな唇に細い指を当て、美奈子を見つめる。


「落ち着ければいいのよね」

「まぁ」

「そう、じゃあ秘密の場所があるの」

「え?」

「私だけしかいない、秘密の場所。ちょっとお試しできてみない?」


 両手を組みながら、可愛らしくお願いされる。

 美奈子は笑顔を貼り付けて、明るく言った。


「楽しそうですね、お願いします!」




 体育館の隣にある部室棟。運動部や文化部の名称が表札に書かれている中で、零歌は『オカルト研究会』と書かれた表札の部室に入る。


「先輩オカルト研究会なんですねっ」


 美奈子は明るく言いながらおそるおそる入った。


「別に勧誘とかじゃないから入って入って」


 ふわりと雨の香りがした。どこか懐かしさを感じる、良い匂いだった。

 決して広いとは言えない部室に、中心に四角いテーブル、四つの椅子が配置されていた。奥には本棚があり、オカルト関係の本が並べられている。


「ちょっと待っててね」


 零歌は慣れた様子で本棚の前に置かれていたボストンバッグを開け、紙コップと紙皿を取り出す。

 クッキーを開けて紙皿にのせ、水筒から何かを紙コップに注ぐ。


「あ、紅茶大丈夫かしら」

「はい、平気です」


 紅茶だったらしい。

 保温できる水筒だったらしく、紙コップからは湯気が出ていた。

 本棚上のカーテンを締め、暗くする。とはいえ日の光がいくらか部屋を照らしていた。


「座って適当に飲んで。お菓子も食べていいから。手作りだからお口に合えばだけど」

「え、手作りなんですか。凄いです」


 座って、取りあえずクッキーを一枚口に入れる。


「……あの」

「何?」

「どのくらいの頻度で食べてるんですこのクッキー」

「ほぼ毎日かしら」

「ほ、ほう」

「来る? 毎日」

「いいんです?」

「えぇ」

「あ、いやでも。毎日はさすがに」

「いいわよ、放課後なら好きなときに来て」

「最高です先輩」


 この後、めちゃくちゃクッキーで餌付けされた。




 電車に揺られながら、美奈子はふとスマートフォンを取り出した。

 手に振動を感じて画面を見る。


「……あ」


 美香子。

 画面にはそう表示されていた。


『間もなくー』


 駅名を確認することもなく、美奈子は立ち上がると、扉の前に立った。停車して、扉が開くとすぐに電車から降りる。

 そして通話ボタンを押した。


「もしもし」

『おねえ、ちゃん』


 泣き出しそうな、か細い声がした。


「美香子。電話なんて珍しいね」


 乾いた笑いを浮かべながら美奈子はなるべく平静を装う。


『……助けて』


 かすれた、縋るような声。

 美奈子は周りを見渡す。駅名を見て、美奈子は自分の幸運に感謝した。


「どこにいるの」

『学校』

「わかった」


 駅の階段を登り、改札口を通って外に出る。

 美香子……妹の通う高校の、最寄り駅だ。


「数分でつく。待ってて」

『ありがとう、お姉ちゃん』


 時間を確認する。


 二十三時十五分。美奈子はカナとなっちゃんと飲み会をして、その帰りだった。そのためこの時間なのだが、美香子が学校にいる時間としてはおかしい。


「両親には?」


 父さん、母さんという言葉が出せなくてぎこちなく言う。


『友だちの家に泊まりに行く、って』


 しかし今は学校にいる。明らかな嘘だ。


「どうして?」

『学校で流行ってるシロヘビさんって儀式があって。そのこっくりさんみたいな……みんなでやろうってなって、それで……ひぃ!』


 ガタン、と大きな物音が鳴ると、美香子は悲鳴を上げた。美奈子はため息を吐く。


「事情はわかった。お遊びでやった儀式が本物だったわけね」

『うん』


 高校までたどり着く。

 真っ暗な校舎、拒むように閉められた校門。

 重苦しい空気の中、美奈子は校門を登って乗り越えた。


「今校門越えたとこ。どこの教室にいる?」

『二ノ三。ロッカーの中』

「オッケー」


 玄関口まで歩いていき、そこで足を止める。


『お姉ちゃん』

「なに」


 そもそも鍵閉まってて開かないのでは?

 そんな疑問を抱きながら扉に手をかけようとする。

 しかし手が届く前に扉が開いた。まるで中に案内するように。

 生温い風が頬を撫でる。


『ごめんなさい。私お姉ちゃんがおかしくなったって思ってた』

「え? いや合ってると思う」


 美奈子は家族との縁を切っているようなものだった。両親の反対を押切って大学に入らず、静留の事務所に所属し、今に至る。心霊相談事務所なんて誰が考えても就職先としてアレだろう。

 美香子とは良い姉妹関係を築いてたと思っている。喧嘩はしていないし、今でもリボンのついたヘアゴムは大切にしている。

 妹から渡された唯一の形として残る誕生日プレゼントだ。ほしいものがないというのと家族でケーキを食べて祝っていたので、それ以降祝われていないというわけではない。

 そも美奈子もお返しに三角形のヘアピン渡したくらいである。

 あとは図書カードとか、消費するものくらいしかない。


「美香子は真っ当に生きなね。私と違うんだから」

『ありがとう』


 二階に上がり、教室を目指す。目的の場所はすぐに見つかった。

 教室の扉をそっと開ける。


「着いたよ。ロッカー開けて」


 ガタン、と音がして掃除用具入れのロッカーが開く。

 美奈子と同じ茶髪。前髪を切りそろえたショートカットで、メガネをかけた少女が出てきた。美奈子があげたヘアピンをつけている。最後に会ったときはメガネをかけていなかったが、間違いなく美香子だった。


「久しぶり」

「お姉ちゃんっ」


 心細かったのか、駆け寄って抱きつかれる。泣き出した大事な妹の背中を擦って抱きしめる。


「美香子。シロヘビさんってなんだか教えてくれる?」


 本当は落ち着くまで待ってあげたかったが、ロッカーに隠れていることや美奈子に電話してきたことから、そんな余裕がないことが察せた。


「シロヘビさんを呼び出すと、願いを叶えてくれるって。でも、みんなで呼び出したら女の幽霊が出てきて、襲ってきて。怖くて逃げてたらバラバラになっちゃった」


 泣きながら、状況を説明してくれる。美奈子はスマートフォンの通話を切り、所属する事務所の所長、宮根静留に電話をかけようとした。


「あれ?」


 圏外だった。


「ねえ美香子。どうやって私に電話したの?」

「お母さんにもお父さんにも繋がらなくて。お姉ちゃんにかけたら繋がったの」

「圏外なのは知ってる?」

「学校のWi-Fiあるし、圏外なんて」


 美香子は握っていたスマートフォンを確認し、青ざめた。


「嘘」

「なんで私のは繋がったんだろう」

「ほんとね。私の世界なのに、どうして外から人が来れるのかしら?」


 ――ふわりと雨の匂いがする。どこか懐かしい感じのする匂い。


 声がしたのは横からだった。

 底冷えする、なのにどこかいたずらっぽさを感じる声だった。

 美香子を抱きしめながら振り向く。

 背中の、肩甲骨あたりまで伸びたきめ細やかな白い雪のような髪。瞳はぱっちりしており、顔立ちは大人のように幼さを消し去った細い線をしていた。身長も女子にしては高く、雰囲気は随分と現実離れしている。


 その容姿がある記憶と重なる。


「シロヘビ、さん」


 腕の中の美香子が震える。


「え」


 シロヘビさん。この女性が。


「久しぶりね、美奈子ちゃん」


 凍りつくような冷たい笑みを浮かべ、シロヘビさんが名前を呼ぶ。


「零歌、先輩」

「せいかーい」


 思考が停止する。

 零歌が幽霊になっている。しかも妹を襲っているシロヘビさんとやらに。

 それが理解できなかった。


「ま、美奈子ちゃんなら何でもありだよねぇ」


 髪色以外、容姿も性格も美奈子の知っている零歌そのまま。それが逆に不気味さを際立たせる。


「どうして先輩が」

「シロヘビさんだから」

「いえ、そうではなくて」

「夢だったの。こうして崇められる存在になるのが」


 胸に手を当てて、零歌は語る。


「オカルト研究会にいたのも、あなたを部室に誘ったのも夢を叶える為」

「夢っていうのは」

「神になる」


 笑みをふっと消して零歌が言う。


「美奈子ちゃんのその霊みたいな」


 美奈子の後ろを指差す。美香子を庇いながら、後ずさる。


「見えるんですか」

「えぇ。ずーっと前から」


 手を組んで、即答される。


「最初見たときに思ったの。私の求めてる存在に限りなく近い状態に美奈子ちゃんがなってるって。だから美奈子ちゃんのこと、観察して、土地の神様のこと勉強して、それで成ったの、シロヘビさんに!」


 恍惚とした表情で、零歌は美奈子を見つめた。


「まぁ私死んじゃったけど、こういう存在になったんだから死んだ甲斐もあるわよね美奈子ちゃん」

「……先輩。ならどうして美香子を襲うようなことしてるんです。夢は叶ったんですよね」

「より強固な存在になるためよ。美奈子ちゃんのも、そうでしょ?」

「何のことです」

「あら」


 零歌は首を傾げながら


「知らないの。なら美奈子ちゃんは知らないままのほうがいいのかもね」


 そう告げた。そして、仕切り直すように咳払いをする。


「私には必要なの。生贄が」

「それって」

「願いを叶えてもらうのは私」

「うわぁ……」


 ひどい詐欺だ。さすがの美奈子もドン引きだった。


「たまーに行方不明者が出るのは私が命をもらってるから。今日も、美香子ちゃん以外、ぜーんぶ、いただいちゃいました」

「……え。嘘! 嘘よ!」


 美香子が声を荒らげる。美奈子は腕の中の美香子を守るように、零歌との間にいることを常に意識した。


「本当よ、全員死んだよ? ね、美香子ちゃん。美香子ちゃんも仲間になる? ま、一緒にされたくないだろうけど」

「あ、あぁあ……」


 口元を抑えて、嗚咽を漏らす美香子。美奈子は血の気が引くのを感じながら、それでも毅然と言い返した。


「させると思いますか」

「ううん。からかっただけ。残念だけど美香子ちゃんには手出せないなぁ、美奈子ちゃんの霊には勝てないから」

「これ以上はやめてください」

「やめないわ。美奈子ちゃんと美香子ちゃんは対象から外すけどねぇ」

「させるとでも」

「あはっ。美奈子ちゃんには何にもできないよ」


 零歌が嘲笑う。


「美奈子ちゃん、霊をコントロールしてるわけじゃないでしょ。霊が守るのはあくまで美奈子ちゃんだけ。手を出さなければ、私は無事」


 美奈子は歯噛みするしかなかった。美奈子に取り憑いている悪霊は確かに強力だが、美奈子を身の危険から守るだけで、意志通りに動くわけではない。意志にそってくれることもあるが、完全にではない。


「もし、美香子ちゃんが生還して、噂の真実を話したとして噂は噂。すがる人は出てくるわ。だから美奈子ちゃんを襲わなければいいだけ。美香子ちゃんも念のため手を出さないほうがいいかなぁーって。似てるしね」


 何も言い返せなかった。

 このままだと美奈子はどうしようもできない。


「久しぶりに会えて嬉しかったわ。それじゃ」

「まっ」


 待って。

 そういう前に零歌は消えた。

 幻のように。

 だが、腕の中で泣き、震えている美香子の体温が幻でないことを伝えていた。


「美香子」

「うん」

「私の家に泊まって行きなさい。明日、家に帰ろう」

「うん」


 スマートフォンの画面を確認する。

 もう、圏外ではなくなっていた。




「それで、アタシに祓えないかって」

「はい」


 事務所で静留に先日のことを話すとため息を吐かれた。


「無理ね」

「無理、ですか」

「自我を保った状態で神の領域に足を踏み入れる……そんな化物、霊能力者にどうにかできる存在じゃないわ」

「姐さんでも無理ですか」

「アンタの悪霊とほぼ同じ領域よ。無理無理。それに」


 静留は声を低くして、諦めたように言った。


「必要悪とは言わないけど、案外必要な存在だったりするのよ。そういう神様って。反逆するとろくなことにならないわ、ホントに」


 どこか悲しげに告げる静留に、美奈子は何も言えなかった。




 校門前。

 流れる人の川を、美奈子は眺めていた。目当ての人物が通るのをひたすら待つ。

 やがて、見覚えのある顔が、美奈子に気づいて駆け寄ってきた。


「お姉ちゃん」


 美香子だ。


「これ、うちの所長が作ったお守り。身につけておくと護身にはなるって」


 持っていた紙袋を手渡す。余談だがお守りの中に御札が入っており、美奈子が直接触ると効力がなくなるから触るなと念を押されている。


「……ありがとう、お姉ちゃん」

「これから帰りなら、駅まで一緒に歩いてもいい?」

「うん」


 じゃ、いこっか。

 そう言って歩き出す。


「いなくなったのは、何人」

「……三人。元々いなかったことになってた。席ごとなかった」

「そっか。仲、良かったの」


 美香子は俯いて首を振った。


「いじめっ子っていうか、あんまり好きな人たちじゃなかった。死んでほしいなんて思ってたわけじゃないけど」

「そか。まぁ、美香子が無事ならいいや、私は」


 名も知らぬ学生より可愛い妹である。人の命に関する話であるというのにどこか冷めていた。


 否、気にしていないということにして、どうにもならない現実を処理するしかなかったというほうが正しいだろうか。


「誰かをターゲットにして馬鹿にしたり、シカトしたり……そういうグループの三人だったの。正直いなくなってから、学校の生活に息苦しさがなくなって、少し楽になった気がする」


 でも、と。美香子は胸を締め付けるように手でおさえた。


「そんな気持ちになってる自分が、凄く嫌い」


 責めるように吐き捨てる。

 美奈子は美香子の頭をそっと撫でた。


「真面目だなぁ」

「お姉ちゃんみたいになるなって言われたから」

「偉い」

「偉くないよ」

「こんな社会不適合者にならない方がいい」

「……私、今でもお姉ちゃんのことを好きだよ。昔から憧れのお姉ちゃんだから」

「私も美香子のこと好きだよ。自慢の妹。だから真っ当に育ちなね」

「がんばる」


 手を握られる。美奈子は握り返すわけでもなく、ただ握られた。


「その髪ゴム、まだ持ってたんだ」

「ゴム自体は三代目くらいだけどね。リボンだけつけ外せるのが良かったわ。なくすの怖くて、外じゃほぼつけないけどね」

「大事にしてくれてるんだ」

「うん。美香子もね」

「うん。お姉ちゃんがくれたから」


 駅にたどり着く。

 乗る電車は別だ。


「じゃ、私こっちだから。気をつけて帰りなね」

「うん、ありがと」


 胸の前で手をあげ、おそらく手を振ろうとしたのだろう。だが、美香子は途中で手を下ろして目をそらす。


「ねえ、お姉ちゃんの家。また今度行っていい?」


 今回の件を除いて、最後に会ったのは高校卒業直後くらいだ。数年は会っていない。

 連絡先が変わったときに連絡するだけだった。

 空白の数年。その間の勇気を絞り出すように、美香子は言った。


「いいよ。また来な」


 拒む理由は無論、ない。

 頭を優しくなでると花のような笑顔が返ってきた。




 電車に揺られる。

 ぼんやりとした頭で、広告を見ていた。


「案外必要、か」


 あの出来事を振り返りながら、美奈子は呟く。

 美香子から話を聞く限り、死んだ女の子たちはあまり性格のよろしい子ではなかったらしい。

 それでも死んでしまっていい子ではないのは確かだろう。

 美香子にとっては明らかにトラウマだろう。心の傷がそのうち癒えることを祈るしかない。


「もしかして私のこと考えてる?」

「……へ?」


 隣で声がした。

 濡れ羽色の髪に、大人びた外見。美奈子の知ってる人物だった。


「零歌、先輩」

「あら、人殺しってわかっても先輩って言ってくれるのね。そんな可愛い後輩ちゃんにプレゼント」


 膝の上にぽんと紙袋が置かれる。

「美奈子ちゃんの好きなクッキー。安心してちゃんとした手料理だから。昨日つくったし」

「……先輩は、その、今どんな状況で」

「美奈子ちゃんが変な人だと思われないようにちゃんと誰でも見える状態よ。髪も黒にしたし、目立たないでしょ」

「は、はぁ。高校とか関係ないんですね」

「関係ないわよ? 私の自由」

「じゃあ、シロヘビさんは何のために」

「食べる命の選別かな。無差別はカラダに良くないし、ホラー映画でそういう悪霊いたらなんか萎えるじゃない。同じになりたくないのよねー」

「じゃあ、いじめっ子とかそういう子が優先的ってことですか」


 零歌は首を振る。


「美奈子ちゃんは私のこと正義の味方とでも思いたいの?」

「……それは」

「残念だけど美香子ちゃんもあなたがいなかったら食べてたわよ? おいしそうだし」

「もうしないんですよね」

「えぇ。後輩を悲しませたくないもの」


 胸を張って宣言する零歌。


「次は――」


 アナウンスが最寄り駅を告げる。美奈子は立ち上がった。

 停車し、電車を降りる。


「また会いましょう美奈子ちゃん?」


 笑顔で見送られるも、美奈子はどう返事をすればいいかわからなかった。

 そうこうしているうちに電車の扉が締まり、零歌は電車と共に遠ざかる。

 美奈子は黙って見ているしかできなかった。




 家に着いてクッキーの袋を開ける。

 そして一枚取ると頬張った。

 紛れもなく大好きなクッキーの味だ。

「先輩、塩加減間違えたのかな」

 

 ――ただ少し、記憶よりもしょっぱかった。

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