げぇむ

 一〇四号室。

 美奈子は部屋を確認すると、チャイムを鳴らす。

 今日は電車で駅を二つ過ぎたところにあるアパートに来た。

 依頼、ではない。


「はい」


 扉を開けて出てきたのは、奥山拓也、通称オタクだった。

 手を加えてない天然パーマに、タレ目に気だるげな顔、鼻のあたりにそばかすがある。

 雰囲気は根暗な印象を受けるが、顔つきや体つきはしっかりしていて、気弱な印象はない。

 グレーのTシャツに、黒ジャージのズボンを履いている。完全に部屋着だ。


「オタクくん、私私」

「美奈子さん、よくぞ来ました。ささ入って」


 部屋に案内されて、キッチン兼廊下を抜けて居室に入る。食事用の小さなテーブルを中心に壁際にテレビやオタク自作のパソコンのあるデスクなどが置かれている。

 部屋に唯一ある窓はベランダにつながる大きな窓だ。

 美奈子の視線は、入って右奥にあるパソコンとデスクに向いた。


「オタクくんのパソコンだから性能バケモノなんだろな」

「はは、来年には古いモデルですわ。1年経てばスペックも跳ね上がりますから。どぞ、そこのクッションに」

「はーい」


 ドーナツクッションに座り込み、適当な場所に持ってきたリュックを置いた。


「そのリュック、去年のコラボ商品ッス?」

「さすがオタクくん、当たり」

「いいですね、その一見普通のデザイン」

「だよね、立ち絵どかーんって主張の強いのは勘弁……そういうのにはしゃげる歳でもないし」

「まだいけますよ」


 首を振る。

 性格的にも無理だ。陰の者は陰にいることを好むのだ、そんな目立つことはしない。

「そんなことより、呪いのゲーム出してよ」

「はい」


 テーブルの上に菓子類や飲み物が用意され、テレビの前に二世代くらい前のゲーム機がセッティングされる。慣れた手つきでオタクがディスクを挿入し、テレビにゲームタイトルが映し出された。


「リンネリング。大体七日で人が死ぬゲームです。ちなみに今日七日目です」


 さらっとオタクが説明してしまう。

 そうだ、美奈子はこの呪いのゲーム対策に呼ばれたのだ。どうして上司である静留ではないかというと


「だって怪奇現象とか見ずに終わるじゃないですか」


 だそうだ。


「ゲーム自体はどうなん」

「神ゲーですよ」

「は?」

「計算しつくされた死にゲーですよ。ジャンル的にアクションなんですがシリーズ化してほしいくらいですね」


 まさかの呪いのゲーム、大絶賛だった。


「理不尽さも通り過ぎればゲームとしての完成度に気づく。バグや意図しない設定盛りもりで進行すら困難なクソゲーに比べれば断然良いですよ」


 なんならやってみます? とゲームコントローラーが差し出される。


「アクションならやってみよっかな、好きだし」


 美奈子はコントローラーを受けとり、軽い気持ちでゲームをスタートさせた。

 美奈子はこの時、知る由もなかった。数時間後の自分がああなるなんてことを。




「あぁ、ちょ! 分身やめてぇ! もう複数体のボスはやだぁ!」

「影あるやつ殴れば消えますよ」

「……そこかぁ!」 


 ドハマりしていた。

 攻略法を知っているオタクが隣にいるから、というのもあるがアクションとしても普通に面白かった。

 レベル制だが、それだけではどうにもならないギミック、ステージ上に散りばめられたヒントを元に攻略するボス。

 攻略しきったあとのカタルシスは、ソシャゲの作業にズブズブにハマった美奈子には刺激が強すぎた。


「勝った!」

「いいペースですねー」

「でしょでしょ! というか呪いのゲームなのにそこらのゲームより面白いんだけど」


 普通に発売してほしかったなぁ、と残念に思う。

 絶対コアなファンがついてシリーズ化できただろうに。


「思うに、これストレスを蓄積して呪いにするやつだと思うんですよね」

「あー置物系によくあるやつ」


 呪いといってもエネルギー源がなければ成立しない。「これは呪いの人形」ときめただけで呪いが発動したら苦労しないのだ。

 悪霊が取り付いているパターンもあれば、予め念を込めて呪物にしてるものもある。ただ、それは何が呪われているかが明白だ。ゆえに対処しやすい。


 そこでその場の負の感情を吸い上げて呪いを完成させるタイプがある。呪いが完成するまで時間がかかるが素人が原因を特定しづらく気づかれにくい。まぁ専門家に任せれば一発なのだが。


 このゲームの場合はゲームの難易度に対する怒り、ストレスだろう。だいたい七日で死ぬ、というのはストレスのぶつけ具合によっていくらでも変わるということだろう。目安が七日なのだ。


「この絶妙な難易度でプレイ長引かせようとしたんでしょうねぇ。二日でクリアしましたけど」

「うわ、唐突な自慢……よし撃破ぁ!」


 ボスを撃破し、ガッツポーズを取る。


「ところで今日何もなかったらどうするの」

「所長にお祓いしてもらって普通に遊びますわ」

「だよねぇ。私もたまにやりにきていい?」

「どーぞ、なんなら貸しますよ」

「いやゲーム機ないし、ゲーム持ち運ぶのは面倒」


 それもそうか、とオタクは頷く。

 その後は菓子をつまみながらゲームをし、一段落したらやめ、コンビニに酒を買いに行ってから鍋をやった。シャワーを借りてからは酒を飲みながら朝までゲーム、だった。

 呪い完成の日は、ただのお泊り会と化した。なんなら静留のお祓いで呪われたゲームもただのゲームと化した。

 世の中こんなものである。

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