占い師の男

 占い師に会いたい。


 高校の友人、なっちゃんから連絡を受けて、神崎美奈子は駅で待っていた。

 美奈子はさほど占い師というものには縁がない。人によっては占う前に怖がられることもある。あまり営業妨害にならないよう、近づかないようにしている。

 なっちゃんから誘われなければ、来るつもりはなかった。


「お待たせ」


 美奈子が振り返ると、なっちゃんがいた。淡い水色のワンピースを着ており、涼しげな格好をしていた。


「久しぶり、なっちゃん」

「うん、久しぶり」


 笑みを浮かべて、なっちゃんが手をあげる。

 高校のころの三人は、全員別々の道を歩んでいた。美奈子は高校卒業後に心霊相談事務所に就職。なっちゃんは大学進学後に結婚、今では専業主婦だ。そしてここにいないカナは大学進学後に就職して、今はバリバリのキャリアウーマンだ。

 美奈子はともかく、なっちゃんとカナは都合が合わないことが多く、なかなか会えないものの、連絡はいまだに取り合っている仲だ。


「ごめんね、付き合わせちゃって」

「いいよ。どうせ私ヒマだし」


 並んで歩き出す。


「ひとりで占い聞くのもつまらないかなーって。三十分で千円だよ?」

「相場はいくらなの」

「二十分で三千円とか、一時間で五千円とか」


 占い師の力量なども関係するため、値段は幅があるのだろう。しかし、安いからと言って当たらないわけではない。

 実際、なっちゃんは当たると評判だから聞いてみたいとのことだった。

 外に出ると、晴れ晴れとした空が二人を迎えた。眩しさで思わず、手をかざす。


「えっと、こっちかな」


 なっちゃんはスマートフォンでマップを開き、ちょくちょく確認しながら進む。美奈子はどこかはわからないので、ついていくしかなかった。

 時間にして十分ほど。

 小さな橋の下にたどり着いた。トンネルのようになっている空間に、ひとりの男が座っていた。髪はぼさぼさで服もくたびれている。パンパンにふくれたリュックを足元に置いて、やきそばパンを食べていた。


「あ、あの人だ」


 小走りで男に近づくなっちゃんに、美奈子は目を丸くする。


「マジ?」


 あんなラフな占い師見たことない。そう思いながら、美奈子も男に近づく。


「あの、占いされてるって本当ですか」


 なっちゃんが声をかけると、男がこちらを見た。手をこちらに出して、「待て」とジェスチャーする。やきそばパンを頬張って、リュックから取り出したお茶で腹の中へ流し込む。一息つくと、口を開いた。


「小遣い稼ぎなんだ。アテにはならないよ」


 こだわりのなさそうな、淡泊なしゃべりだった。


「大丈夫です。二人お願いします」


 なっちゃんが二千円を取り出すが、男は首を振った。


「千円でいいよ。あなたはともかくそこのコは見れない」


 そう、視線で美奈子を示してくる。


「憶測と趣味がタブンに入るだろうから、そうだな……持ってるタバコ一本でいい」


 美奈子の腰にある、マルチポーチを指さしてくる。

 驚きだった。美奈子はまだマルチポーチに触ってすらいない。


「なんでわかったんですか」

「勘とカマカケ。なかったらなかったで買わせてた」

「さ、さいですか」


 いきなり言い当てたものだから、なっちゃんのほうは両手を組んで、期待に満ちた表情を浮かべていた。


「とりあえず千円はもらうよ。タバコは帰りでいい」


 なっちゃんから千円を受け取り、男はポケットにお札を突っ込む。


「じゃ、手出して」

「お願いします」


 男はなっちゃんの右手を取り、覗き込むように見る。


「誕生日は?」


 男は手のひらを観察しながら、あれこれ質問した。生年月日や星座、最近の出来事など。なっちゃんは丁寧にその質問に答えた。

 質問が終わるころには、いつの間にか観察するものが手の甲に変わっていた。


「ふーん……」


 手を放し、体を頭から足先まで見る。


「うん。そうだねー」


 今度は美奈子となっちゃんを交互に見た。

 そして語る。


「あなたは人間関係において悩んだことがほとんどないね。障害にぶつかっても周りの人がなんとかしてくれるくらい、円満な人間関係を築けてる」


 なっちゃんが頷く。

 美奈子も、なっちゃんが人間関係で悩んでいるところを見たことがない。結婚だって、流れるようにしていたイメージがある。当たっていた。


「優しくて真面目な人は多いけど、明るさを持ったままっていうのは珍しい。だいたいの人は暗くなる……仕事はしてないでしょう?」

「はい」

「主婦のほうが性にあってる。合理的な話や利益の絡む物事にはめっぽう弱い。主婦を続けていれば、余計な人に好かれて厄介事に巻き込まれる可能性もぐっと低くなる。今まで真面目に生きて、人間関係も大事にしてきたと思うけど、そうした努力が正しく実って今の充実した毎日がある。未来も大抵安泰だろうね」

「本当ですか」


 嬉しそうになっちゃんが聞く。男は強く頷いた。


「いやぁ羨ましい限り」

「あの、でも最近夫とうまくいってない気がするんです。帰りが遅かったり、疲れてるのか寝てる時間も多くて」

「互いにうまくいきすぎたんだ。だからこそ変化が急で、体が追いつかなくなってる。話すのがだるそうならスキンシップだけでもいい、手を握るでもなんでも。そうやって繋がり続けようとする努力をすれば問題ないと思うよ。あなたもあなたでちょっと疲れが溜まってる」


 男はいきなり、なっちゃんの肩を掴んだ。親指でグリグリと首元に向けて押す。


「痛い?」

「あー痛いです」

「我慢して……はい」


 パンと肩を叩いて、手を放す。


「深呼吸。吸ってー吐いて。それで、肩回してみて」


 なっちゃんが指示通りに動く。肩を回したところで、その目が見開かれた。


「肩軽い。凄い……」

「課題はそうだな……あなたはもっと、人の好き嫌いをはっきりさせたほうがいい。あなたの魅力は悪いものも引き寄せるから。ま、その悪いものも大抵どうにかなりそうなんだけどね」


 そう言いながら、美奈子を見る。まるで、どうにかしたことあるでしょ? と言わんばかりに。


「ただ、子どもをつくったらはっきりさせないといけない場面が増える。今のうちにできるようにしておいたほうがいい」

「なるほど……子どもはいつつくればいいですかね」

「あなたと夫がピンときたときでいいと思う。ただ、今は気持ちの押し付けになってしまう場合もあるから、急がないのが肝心だね」


 こう聞いていると、占いというよりは人生相談という気がしてくる。先ほどは手を見ていたが、手相がどうという話もなければオーラの話もない。もしかしたら、言っていないだけかもしれないが。


「気になることが他にないなら、あなたのほうは終わりかな」

「はい、大丈夫です。ありがとうございました」


 なっちゃんが一歩下がって、美奈子の背中を軽く叩く。美奈子は男の前に出て、軽くお辞儀をした。男は口元を手で隠して、唸る。


「あなたのほうはよくわからないんだよねえ。後ろのやつのせいかな」


 さも当たり前のように呟かれる。


「見えるんですか、その、悪霊」

「うん。結構タチ悪いの連れてるね。真っ黒で視えないんださっきから」

「す、すみません」


 頭をかく。なっちゃんやカナは、美奈子の悪霊を知っている。そのため、男が悪霊が見えるというのであれば、隠す必要はなかった。それよりもだ。驚きなのは、男は見えているのに動揺もしていないということだ。


「手を見せて」

「はい」


 手を差し出し、見てもらう。

 流れは同じだった。誕生日、星座を聞かれ、それに順々に答えるだけ。


「あのーこういうのって意味あるんですか」

「あるよ。傾向、流れってものがある」

「バーナム効果だとか、あんまり信じないほうが良いって聞いたことあるんですけど」


 バーナム効果というのは誰もが持っている性質を、自分のことに関して言い当てられたと勘違いするものを言う。例えば、「他人に好かれたいと思っている」と言われて当たってないと思える人を探すほうが苦労するだろう。

 いうなれば当たり触りのないことを言って、自分を本質以上の存在に見せている……のが大半の占い師らしい。ちなみにこれは、仕事先の所長、宮根静留の受け売りである。


「あなたはさっきの子と違って好奇心旺盛だね。そっちが本質かもしれない。性格ももっと明るいかも」

「好奇、心旺盛?」


 てっきり嫌な顔をされると思っていたのだが、予想外に肯定的な返事がきた。


「先に疑問に答えてあげようか。まず生まれた日がわかれば育ってきた環境がある程度わかる」


 男は美奈子の手から目を放す。見終わったということだろう。


「季節、時代の傾向、育つ環境……いろいろね」

「はぁ、いろいろ」

「景気の良い時代に生まれて贅沢な環境で育った子がいるとする、ネガティブな性格に育つかな」

「そりゃ、育つ子は育つでしょう」

「だろうね。でも想像してごらん。ネガティブに育った姿とポジティブに育った姿、どっちが思い浮かぶ」


 好きなものを買って好きなように生きる姿が浮かぶ。


「ポジティブですかね」

「いじめが問題が大きく取り上げられた時期があって、実際にいじめられた経験のある子は?」

「ネガティブ……ですけど」

「あなたの判断材料は?」

「そりゃ、あなたの話でしょう」

「ほら、意味あるでしょう?」


 要は人を診断するための根拠として意味があると言いたいらしい。なんだかうまくはぐらかされた気もする。


「僕は占いをやってるのであって預言者じゃない。神を気取ってあなたの心を丸裸にしても意味がない。あなたという人を順序立てて知り、背中を押す。これが仕事だ」


 隣でなっちゃんが大きく頷いていた。


「悪魔の心理学、人を操る心理学。こんな感じの本を見たことがあるかい」

「まぁ」

「人の目につきやすいタイトルだ。印象に残る。バーナム効果は心理学に関係したヨウゴだから、その影響を受けてるのは良くないんじゃないかと感じるのかもしれない。でも、バーナム効果でもなんでも、自分の性格を知り、自信を持つことは大事だ。自信を失っているならなおさら」

「自信ですか」

「わかっていれば割り切れる。わかっていないからショックを受ける。わかっていればいいのさ、わかっていれば」


 なっちゃんがまたも大きく頷く。

 ……なっちゃんの場合、妄信していそうな気がして不安になってきた。


「今あなた、友達を心配したでしょ」


 心情を言い当てられて、美奈子は口をおさえた。


「……口に出してました?」


 男は首を振った。


「視線の向きと表情。あとはしきりに頷いてる彼女の態度と、やり取りの中であなたが占いに好印象を抱いていないってわかってるからだね」

「はへぇ」


 この短い間でそれだけの情報を持って、心情を言い当てられることに素直に感心した。

 美奈子は占いに関しては無知だ。それゆえに、あいまいにしか捉えられていない。しかし、美奈子が想像できることの何倍以上も、目の前の男は情報を細かく拾い、占いという形にしているのかもしれない。


「さて、占いのほうに戻ろうか」


 美奈子は背筋を正す。


「後ろのやつのせいかはわからないが、心に重りが乗った状態と表現するのが妥当かな。夜、あとは興奮してるときのほうが元々の性格に近い」

「今の私は偽物ってことですか」

「いいや、テンションが低いときのあなただ。疲れが溜まって若干どうでも良くなってきたときの」

「治るんですかね」

「病気じゃないし、今の状態に慣れ切ってる。僕のいう元々の性格に戻れる日はないかもね」

「そうですか」

「精神的にひどかった時期はあったかい?」


 言われて、記憶を掘り返す。真っ先に思いついたのは高校時代の終わりかけだった。


「ありました」

「そのときに転機があった」

「はい。仕事の上司に会いました。おかげで就職先が決まって」

「他に大きい出来事は?」

「えっと」


 口ごもる。

 あった。そのときの記憶がフラッシュバックする。

 ただ、明確に言葉として出せなかった。口を開けないうちに「あったはず」と思考が曖昧になる。


「あったね」

「え?」

「ないならはっきり言える。あるかもしれないが口にするべきか迷った。ならある」

「そうかも、しれません」

「……ふぅん」


 男は腕を組んで、唸る。しばらく経って、美奈子の肩を軽く叩いた。


「これ以上はやめておくよ」

「どうして、ですか」

「自覚したほうがいいこともあれば、自覚しないほうがいいこともあるってこと。占いは真実を明らかにする手段じゃない」


 似たようなことを言われたことがある気がした。確か、静留にだ。


「あなたの仕事がどんなものかはわからないが、あなたにとって絶対に必要なものだ。あなたの出会った上司は、後ろのものを注意深く扱えてる」


 まるで、美奈子の仕事内容を知っているかのような口ぶりだった。


「僕から言えるのはこれくらいだ」


 手を叩いて、男は占いの終了を告げる。美奈子は黙って頭を下げた。


「じゃ、タバコもらおうか。ついでに火も」

「はい」


 マルチポーチからタバコを取り出して、男に渡す。男はタバコを口に咥え、姿勢を低くした。そこへライターで火をつける。


「ふぅ」


 煙を吐いて、男は座り込む。


「あの、次は夫を連れてきてもいいですか」

「ん、いいよ」


 なっちゃんが占いの了承をもらい、もう一度頭を下げて立ち去ることになった。

 橋の下を出て、もう一度振り返る。

 男はタバコを吸いながらこちらを見ていた。男が口を開き、何か呟く。もう距離があるため、何を言っているかは聞き取れなかったが、美奈子に向けて言っているのだけはわかった。

 首をかしげる。


「どうしたの美奈子」

「ううん、なんでもない」


 美奈子は読唇術を心得ているわけではない。だから勘違いということにしておいた。

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