電車
「んがっ?」
神崎美奈子は豚のような声を上げながら、目が覚めた。
電車の中だ。美奈子は、端の席にある、壁のようなものに寄りかかって座っていた。
耳の中では好きなバンドの曲が明るく流れていた。イヤホンをして、音楽を聴きながら寝たためだ。
あくびをしながら、周りを見る。
「ありり?」
思わず、首をかしげた。
電車の中には誰もいなかった。気配すらない。
寝惚けつつも、記憶をたどる。確か、カナと酒を飲みに出かけたのだ。思いのほか盛り上がって、終電近くの電車に乗ったはずである。
カナは……いない。
音楽プレーヤーの電源を切って、イヤホンをスマホのほうに差し替える。電話をかけようとして、圏外になっているのに気づいた。
「おっかしいにゃぁ」
頭をがしがしとかく。自分が乗る電車で、圏外になる地点なぞないはずだ。
電車内にある電光掲示板へ、視線を向ける。
『つギha――――』
バグっていた。どこにつくかさえわからない。
とりあえず、立ち上がってみた。手すりを持ちつつ、何気なく扉の外を見る。
真っ暗で何も見えない。
おかしい。建物の灯りどころか車のライトも、月明かりさえもない。黒一色で染められていた。窓には、自分のほんのり赤い顔が映るだけだ。
「マァ?」
マジで。
美奈子はあんぐり口を開けて、唖然とした。
「お酒飲み過ぎたのかな」
頭を抑える。頭痛はないが、ふわふわ夢見心地だ。もしかしたら変な幻覚でも見ているのかもしれない。
「まもなく、トウカンジュクショ。トウカンジュクショ」
車内放送が響く。男性の鼻声だった。
抑揚のないその声は、駅名を告げたはずだ。しかし、全く覚えのない名前だった。
さすがに普通ではないのはわかる。わかったところでどうしようもないのだが。
美奈子がどうすべきかと悩みだしたところで電車の動きに変化が訪れた。
同時にアナウンスが響く。
「急停車します。ご注意ください。急停車します。ご注意ください」
美奈子は咄嗟に手すり掴んで、バランスを崩さないようにした。
キィイイイイイィイイ。
耳障りな音を響かせながら、電車が止まった。ガタンと反動がきて、踏みとどまる。
電車が止まりきると、目の前にあった扉が開いた。
空っぽだった。先ほどと変わらず真っ黒な空間が続いているだけである。
後ろを振り向くが、後ろの扉は開いていない。どころか、美奈子の目前にある扉以外、開いている様子がない。
「えっ……と」
どうしたものかと迷っていると、誰かに背中を押された。
「わ、ちょ」
悲鳴を上げる前に、美奈子はぽっかり空いた闇の中へと、落ちていった。
「ぐひっ!」
「うわっ、びっくりしたなぁ!」
気が付くとまた電車の中だった。
違うことと言えば隣にカナが座っているし、人もまばらにいることだろうか。
ぼんやりした瞳を動かして、カナの顔を確認する。
「カナだ」
「カナよ」
何言ってんのこいつ、とでも言いたげな目が、美奈子に向けられる。
「なんだぁ、夢かぁ」
思わず、安堵の息を漏らす。あのまま真っ暗闇の中……なんてことはなくてよかったと、心底思った。
「悪夢でも見たの?」
「意味不明な夢」
「ある意味怖いヤツね」
納得したように唸る。それから慰めようとしてくれたのか、頭を撫でられた。
「カナ、私の妻になってくれない?」
「ははは。私はノーマルだからパス」
「私も」
「なら言わないでよ」
笑い合う。美奈子の中で、少しずつ現実感が戻ってきた。
美奈子は耳にイヤホンを差していたが、音楽は流れていなかった。イヤホンが差さっているのはスマホだった。圏外では……ない。
「ところで何で止まってんの?」
電車は止まっていた。
別に駅に着いたわけでもなさそうだ。扉も開いていないし、駅も見当たらない。
カナはうんざりした顔で答えた。
「人身事故だってさ。美奈子が起きてくれて良かったよ。一人じゃ暇すぎる」
「ほへぇ」
人身事故。
それを聞いて、美奈子は確信した。
きっと誰か「――」したんだろうな、と。
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