こっくりさん
美奈子は高校生の頃あまり目立たない存在だった。
中学のころはまた違った、クラスでも目立つ、イベントでも積極的なグループに属していたのだが、高校に入ってからは小さいオタクグループに属していた。イベント事もクラスの隅で友達と雑談し、頼まれれば仕事をするといったやる気ない感じであった。中学の頃を知る同級生からは随分変わったと言われる。
理由としてはいくつかあった。まずひとつとして、そのころの美奈子は自分でも不可解な行動を取るようになっていたため、プライベートな時間まで共有しなければならないような人間関係は避けていた。また、中学のころは積極的で元気に満ち溢れていた自分を演じていたというか、信じていた。高校に入って、あ、やっぱ自分向いてないなと、急に目が覚めたのだ。小さなグループにいるのが居心地が良かったというのもある。
経緯も相まって、美奈子は緊張の糸が切れたような気楽な毎日を送っていた。趣味の合うグループの人と、「アニメがー」「アプリがー」としゃべるだけで無駄に楽しかった。中学のころにはハキハキしていた話し方も、高校では間延びした話し方に変わっていた。
そんな高校時代、ある日の放課後のことである。
「ねぇねぇ、このアプリやろうよ」
グループで「なっちゃん」と呼ばれている子が、スマホにアプリを表示させた。
こっくりさん。可愛らしい狐のイラストと共に、アプリ名が書かれている。
「人工知能がこっくりさんみたいに答えてくれるアプリなんだって」
「やろやろ!」
なっちゃんの説明に興味がわいたのか、同じグループの「カナ」が反応した。このグループ、なっちゃんとカナと美奈子で全員である。
「えーマジィ?」
帰るべく準備をしていた美奈子は、乗る気ではなかった。別に急ぐ用もないのだが、帰りたいものは帰りたい。
「すぐ終わるから一緒にやろうよ、ね」
「まぁ、いいけどさ」
意固地になっても仕方がない。荷物を机の上に置き、美奈子は付き合うことにした。
なっちゃんがアプリを起動させると、こっくりさんに使うらしき紙(鳥居、はい、いいえ。五十音が書かれている)が画面いっぱいに現れる。
とはいえスマホの画面の大きさはたかが知れている。鳥居の下に表示された十円硬貨は、実物よりかなり小さい。
「マイクに反応してくれるんだってさ……こっくりさんこっくりさん南の窓からお入りください」
慣れているのか、なっちゃんはお決まりの言葉でこっくりさんを呼ぶ。
「こっくりさんこっくりさんおいでになりましたら、はいのほうにお進みください」
十円玉が「はい」に進む。当たり前だ、そういうアプリなのだから。
それからなっちゃんとカナがいろいろ質問をする。
さすがに細かい質問に答えられないのか、いいえのところに十円が移動することが多く、美奈子からすればあまり面白く感じられなかった。
ただ、答えられない質問と答えられる質問を探るのが楽しいらしく、二人は夢中で質問しはしゃいでいた。
「面白いよね!」
なっちゃんが言うと、カナが頷く。
美奈子は興味があまりなかったが、新鮮味だけは感じていた。
傍目で見るだけだった美奈子は、なっちゃんに聞いた。
「ところでなっちゃん、どこでこんなアプリ見つけたの」
「普通にアプリストアであったけど。あ、無料だよ」
へえ、と生返事しつつ、バッグからスマホを取り出す。こっくりさんだなんて単純な名前ならすぐに見つかるだろう。
アプリストア内の検索機能でこっくりさんを検索する。すると何件か同じ名前のアプリがヒットした。
少々あきていた美奈子は、アプリの詳細をひとつひとつ確認していく。
そして、知った。
「……ねぇ、なっちゃん」
「なに」
「アプリどこで見つけたの」
「だからアプリストアだって」
「検索で出ない?」
「一番上に出るでしょ」
首を傾げた。
「出ないよ」
「……え?」
「だから、出ないって」
「うそ」
なっちゃんが美奈子のスマホを奪い取り、画面を確認する。カナもなっちゃんと顔を並べ、一緒に画面を見た。
「ホントだ、ない……」
「どゆこと!」
二人とも驚き、カナは自分のスマホを取り出す。
「カナはOS違うからストアも違うじゃん」
「あ、そっか」
カナはすぐにスマホをスカートのポケットに戻した。
「なんでだろう」
「サービス終了したとか」
「じゃあ、なんで私できてるの」
「さあ?」
なっちゃんと可能性を模索するが、さっぱりわからない。
「な、なっちゃん!」
カナが叫ぶようになっちゃんを呼んだ。なっちゃんが視線を美奈子からカナに移す。
「どったの」
カナは震えていた。怯えた表情で、机に置かれているなっちゃんのスマホを指さす。
「勝手に動いてる」
三人でスマホの画面を見た。
十円が動いている。質問に答えるとか、答えられずにいいえに行くとかではない。十円はめちゃくちゃに画面を動いていた。
「なに、これ」
楽しい時間が、消え失せた。
やがて、十円は文字を描き出す。
美奈子は声に出して読んでみた。
「き、み、は、ぼ、く、の、も、の。君は僕のもの」
なおも十円は動く。
「つ、れ、て、い、く……誰を?」
「そりゃ、アプリインストールしたの、なっちゃんだから」
二人でなっちゃんを見る。
なっちゃんはこの世の終わりとばかりにわなわな唇を震わせ、青ざめていた。
「……か、帰ろ! 早く!」
カナの提案になっちゃんは必死に頷いた。
美奈子はなっちゃんのスマホを見る。
「に、が、さ、な、い」
「ちょっと読むのやめてよ!」
カナが叫ぶのと重なるように、教室に音が響いた。
――バァン!
大きな音を立てて、教室の扉が前も後ろも同時に閉じた。カーテンもいつの間に閉められており、教室が薄暗くなる。
急に空気が冷える。
三人とも、悲鳴も忘れて薄暗い教室に佇んでいた。
これだけでも信じがたいが、さらに現象は続く。
なっちゃんの腕が、まるで引っ張られてるかのように伸びた。
「ひっ、やだっ!」
なっちゃんは必死に抵抗するが、ずるずるとどこかに引っ張られていく。なっちゃんが芝居をしてるにしては、体ごと引き摺られているのはおかしい。
「な、なっちゃん」
カナが事態も呑み込めずにただ反射的に、なっちゃんの腕を掴んだ。だが、カナが反対の腕を掴んで止めようとしているのにも関わらず、無慈悲になっちゃんは引き摺られていく。
「やだやだやだやだやだぁ」
恐怖のあまりか、なっちゃんは泣き出した。必死に、見えない力に抵抗する。
美奈子がぼんやり二人の様子を眺めていると、
「ちょっと美奈子も見てないで助けてよ!」
泣きそうなカナに怒鳴られた。
「え、えと」
美奈子はさっぱり理解が追いついてなかった。何が起こっているのか何をすればいいのかが全然わからない。
そして何を血迷ったのか、スカートのポケットから財布を出す。
「ちょ、美奈子何してんのよ!」
小銭入れを開けて、十円玉を引き上げる。
汚れひとつないピカピカの十円玉だった。
「えいっ」
美奈子は十円玉を、なっちゃんの伸びている腕に向けて投げた。きっとカナとなっちゃんには美奈子がおかしくなったと思われただろう。何せ自分でもそう思った。
放物線を描いて、十円玉が飛んでいく。
――と。
「きゃあっ」
ガタンと、机と椅子が倒れる音がした。そして、なっちゃんを引っ張っていた力がなくなったのか、なっちゃんがカナのほうに引っ張られて倒れる。
カナもカナで、抵抗していた相手がなくなったのだから、なっちゃんと重なるようにして倒れた。当然、なっちゃんの下敷きになる。
「いったぁ……」
「カナごめん」
チャリン、チャリン……
十円玉が床を転がっていく。
美奈子は十円玉を追いかけて拾ってみる。
ピカピカだった十円玉は一瞬のうちに汚れてしまっていた。
気味が悪かったが、もったいないので財布に戻す。
「何だったのよ、もう」
カナの呟きに答えはなかった。なっちゃんは、カナにしがみついている。
「た、助かったの? ねえ、美奈子」
「えっ、ごめんちょっとわかんない」
誰かのため息が漏れた。美奈子は視線を別のところに移していたので、なっちゃんだったのかカナだったのかはわからない。たぶん、カナだろう。
美奈子は倒れた机と椅子を見ていた。教室の窓際の端。そこに配置された席が、倒れている。
「あそこ誰の席だっけ」
美奈子は視線を投げるが、カナは首を傾げるばかりだった。
なっちゃんは固まっていたが、やがて、慌てたように言った。
「え、え……? ねえ、これ全部二人のドッキリじゃないよね」
「ドッキリするんだったらこんな意味わかんないのより楽しいことするわよ」
「こんな面倒なことしないよー」
二人で否定する。
なっちゃんはまた泣き出した。しがみついていたカナに、さらに強く抱き着いて、泣いた。
ただでさえわけがわからないものに巻き込まれたというのに、終わったらしき今もよくわからなかった。
「とりあえず、カーテン開けようか」
それくらいしかやることが思いつかなかった。
後で聞いた話だが、倒れた席にはなっちゃん曰く男子がいたらしい。
男子といっているのは、名前も顔も、今でははっきり思い出せないからだそうだ。
しかし事件があった次の日、学校に来てみるとその席は存在していなかった。クラスは誰も欠けてはいない。ついでに、なっちゃんのスマホにあった、こっくりさんのアプリもなくなっていた。
なっちゃんはその日以来、なるべくカナや美奈子と密着して過ごすようになった。怖い想いをしただろうから仕方がない、と二人ともそれを受け入れていた。なんなら進んで頭を撫でたり、スキンシップを楽しんだ。
美奈子は十円玉を投げるという意味不明行為で、なっちゃんを連れて行こうとしたものを撃退したっぽかったので、しばらく「ゴーストバスター」呼ばわりされた。笑い話にすることで嫌なことを忘れようとしたのだろう。なっちゃんもノリノリで呼んでいた。今思えば、美奈子に憑りついている悪霊が何かしたのだろう。十円玉を投げるように体を操られていたのかもしれない。ともあれ、こっくりさんの件はそれきりだった。
高校時代、ある日の放課後のことである。
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