燃えるゴミ

 神崎美奈子はパズルを解いていた。四角い箱の外側がパズルがなっており、一面ごとに枠と、枠内に小分けされた板がある。一面の一部には必ず空白があり、小分けにされた板は、スライドさせて移動できるようになっている。空白部分は押すと飛び出るようになっており、完成させたパズルを固定できる仕組みになっているらしかった。いわゆるスライディングブロックパズルというやつだ。箱の一面ごとにひとつの画。つまり合計六つの画が完成する仕組みだ。


 心霊相談所の事務所に来るなり、美奈子はこのパズルを渡され、やらされていた。

 パズルを渡してきたのは、所長の宮根静留。美奈子の頭では「姐さん」とラベル付けされている。


 客用のソファに座り、美奈子はパズルと格闘していた。静留のほうは、自身の席でデスクワークにいそしんでる。


 今、静留と美奈子しか事務所にはいない。そもそも他の従業員は一階のほうで喫茶店の仕事をしている。心霊相談だけでは収入が安定しないため、喫茶店でも稼いでいるのだ。ついでにお客の愚痴から心霊がらみの厄介事がこぼれれば、万々歳である。

 そのため事務所のほうは静かで、部屋には、キーボードを打つ音とパズルが動く音だけが響く。


「姐さーん」


 沈黙に耐えかねて、美奈子が静留を呼ぶ。


「なんだい」

「これ何の依頼ですかぁ」


 ここに来て、ただのパズルを解くわけがない。ゆえに美奈子は、依頼で持ってこられたアンティークの類だと予想した。

 しかし、返ってきたのは予想とは違うものであった。


「んー? それはね、処分するやつ」

「……は?」


 ぽろり。

 箱型パズルが手から落ちる。音を立てて、ガラステーブルの上に転がった。


「お金が入った封筒と一緒に、机に置いてあったの。それ以外何もわかんない」

「ちゃんと事務所に鍵かけましたか」

「かけてあったわ。でも、置かれていたのよ」


 心霊相談なんて怪しい商売をしているものだから、事務所にはわけのわからないものが舞い込むこともある。

 パズルはそういう類らしかった。


「待ってください。パズルは処分すればいいんですよね」

「そうよ」

「なんで私解いてるんですか」

「気になるから」


 ニッコリ笑顔を浮かべ、静留は答えた。

 美奈子は思わず、項垂れる。やる気がすっと抜けていった。


「じゃあ、姐さんが解いてくださいよ」

「アタシは忙しいの。いいから解く解く」


 静留に促されて、しぶしぶパズルを拾い上げ、作業を再開する。


「姐さん、まさか解けないから私に押し付けたんじゃ」

「ナイナイ」


 早口だった。

 美奈子はカチカチと、指で板をスライドさせていく。


「だいたい呪いの品だったらどうするんですか。私死んじゃうかも」

「ナイナイ」


 嗤われた。


「アンタが呪われる前に、アンタの憑き物が叩き壊すわよ」


 ――美奈子には、悪霊が憑いている。

 それも非常に強力で、霊能力者の誰もが払うことをあきらめるレベル、または大抵の悪霊は片手で潰せるほど、らしい。

 らしいというのは、美奈子には悪霊が見えないし、すべて静留から教わったことだからだ。見える静留が言うのだから正しいのだろう。


「ちなみに、このパズルなんか感じます?」


 パズルを指さす。


「えぇ、そこそこヤバそう」


 にべもなく告げられた。どことなく楽しげである。


「まさか好奇心の身代わりに、私を」


 おそるおそる美奈子が訊ねれば、拍手が返ってきた。


「ご名答」


 全くもって嬉しくない。


「憑き物の力、ちょくちょく発散させたほうがいいわよ」

「なんですか、悪霊もなんか溜まったりするんですか」

「溜まったり、溜まらなかったり」


 どっちつかずの物言いに、美奈子はげんなりした。

 悪霊のことを美奈子は詳しく知らない。知っているのはでたらめに強いこと、もう軽く十年以上は付き合いがあることくらいなものである。

 どこから来たのか、なぜ美奈子に憑りついてるのか、何がしたいのか全くわからない。静留の推測によれば守護霊の代わり、らしい。とても悪霊のやることとは思えない。

 カチリ、と。音が響く。

 静留とやりとりしているうちに、パズルが完成していた。一面一面、それぞれ違う色の背景に魔法陣のようなものができていた。


(あれ? 私どうやって完成させたんだっけ?)


 疑問が頭をもたげるが、すぐに放り投げた。わからないものはいつまでもわからないものだ。考えない方がきっと賢い。


「完成ってことっすか」

「そうね。呪いが完成したわね」

「えっ」


 思わず、静留の顔を見る。依頼をこなすときに出る、真剣な表情がそこにはあった。


「誰か呪われました?」

「いえ誰も。だって」


 パキッ。

 言葉を遮るように箱が鳴った。視線を戻すと箱そのものに大きな亀裂が入っている。まるで、斧で叩き割れたような大きな亀裂だった。

 亀裂から箱の中を覗き込む。

 箱の中身は、白髪のようなものがびっしり詰まっていた。さすがに、中身までは触る気にならない。

 なぜ亀裂が入ったのか言うまでもない。悪霊が呪いごと叩き割ったのだろう。


「世の中のパズル好きに出回らなくてよかったわ」


 静留は立ち上がり、美奈子に近づくとパズルを手に取った。


「やっぱりこういうのは燃やすのが一番ね」


 そういって静留はパズルを、燃やせるゴミのゴミ箱に投げ入れる。

 美奈子は唖然とした。


 いいのか、それで。

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