QRコード

 夜に、スマートフォンの光が浮かぶ。内臓されているライトが点き、電柱を照らした。


 スマホの画面には紙が写る。カメラ機能で目の前のものを映しているのだ。紙にはモザイクのような模様……QRコードがあった。

 スマホにはすでに、バーコード読み取りのためのアプリが起動してあった。数秒後、スマホがQRコードを読み取り、案内されたサイトを開く。


 開いてみると、焼き肉店のサイトだった。


 端的に述べるとはずれであった。


 スマホの主――神崎美奈子はため息を吐く。


「まぁだ、見つからないんですかねぇ」


 うんざりした顔で辺りを見渡す。

 調べた電柱数知れず。読み込んだQRコードは、十から数えるのが面倒になってやめた。

 美奈子は探しているのは「エンジェルコード」と呼ばれる都市伝説だった。とはいえ検索しても有名アーティストの曲しかヒットしない辺り、あまり広まっていないらしい。

 噂の内容はこうだった。街のどこかに、ピンク色のQRコードが貼られた紙がある。そのコードを読み取ると、幸運を呼び込む方法や願いが叶う方法を教えてもらえるというものだ。中にはそのQRコードを見つけただけで願いが叶うという噂もある。

 美奈子はその正体を探るべく……否、金儲けにならないかとエンジェルコードを探していた。


「しっかしエンジェルコードとか、名前考えたやつ頭がお花畑だよね。釣られてる私が言うのもアレか」


 子どもならともかく大の大人が……考えて、美奈子は頭を振った。

 まだ若いし。こういうのに興味持つのは仕方ないし。仕事だってこれ関係ですし?

 気を取り直して、QRコードを探すために彷徨う。

 足に疲れを感じ始めていた美奈子は、虚空に向けて話しかける。


「ねえ、ばばっと悪霊パワーでどうにか見つけらんない? アンテナとかないの」


 返事は当然、なかった。

 美奈子が話しかけた相手。それは、見えもしない悪霊だ。

 美奈子には悪霊が憑りついているらしい。らしいというのは、美奈子にはその実感が全くないからだ。何せ、前述の通り見えない。しかも害がほぼない。

 しかし悪霊について霊能力者に尋ねれば必ず、とんでもない悪霊が憑いているやら化け物やら散々なことを言われる。

 百害あって一利なし。悪霊は大抵そんなものであるが、美奈子は仕事も金も悪霊で得ているので、むしろ百利あって一害ありと言ってもいいくらいなものだった。


「いっそのこと、電柱以外にも家の壁とか徹底的に探してみる……ん?」


 車も通らない、人気のない道。畑や草に囲まれた道で、ぼんやり光っているものが視界に入る。

 公衆電話がある、電話ボックスだ。昼間来れば大したことなさそうだが、暗闇でぼんやり白い光を放ち、己の存在を浮かび上がらせているさまはどこか不気味に見える。

 一層不気味なのが、電話ボックスの裏で誰かがこそこそしていることだ。人影は電話ボックスに屈んで、ちょうど公衆電話の裏側にあたる場所で何かしている。


「ははぁん。あそこにエンジェルコードあり、と見た」


 にやりと笑い、人影去るのを待つ。数分待つと人影は逃げるように走り去っていった。電灯に照らされてるとはいえ、遠目からだと男か女かさえよくわからなかった。

 抜き足差し足忍び足。

 怪しい挙動で、美奈子は電話ボックスまで直行する。

 電話ボックスにたどり着くと、先ほどの人影と同じように座り込んでみた。

 あった。ピンク色のQRコードだ。


「ふへへ、これで拙者も億万長者よ」


 テンションで口調がおかしくなりながらも、スマホのアプリを起動し、QRコードを読み込む。

 そして案内されたサイトへ飛ぶ。

 どうやら何かのブログのページらしく、頭悪そうな色の背景と文字が映し出された。ピンクと黄色で文字の判別が非常につらい。読もうとするが色彩のせいで、目がチカチカする。これでは幸運を手に入れる前に失明しそうだ。


「えぇっと」


 三白眼が文字を追う。電話ボックスに入りもせず、食い入るようにスマホを眺める姿は不審者だった。

 一通り文章を追い切った美奈子は、腰にかけてあるマルチポーチからマジックペンを取り出した。ピンクのQRコードを黒いへのへのもへじで埋め、読み取れなくする。


「ま、こんなことだろうと思いましたよ、ハァイ」


 スマホの電源を落とし、マジックペンと一緒にマルチポーチへしまう。

 そして立ち上がる。

 美奈子は探偵ではない。ゆえにこのエンジェルコードを誰がつくり、噂を流したかはわからない。そも、仕事で依頼されていないのだから、追及する気も起きない。

 ただひとつ言えるのは、エンジェルコードが噂通りのモノではなかったということだ。

 自分で自分を呪う方法が書いてあるなんて、まるで噂とは真逆である。


「人が幸福になるのが、そんなにいやかねぇ」


 美奈子は吐き捨てるように呟いて、帰ることにした。

 



 それ以来、ピンクのQRコードは見ていない。

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