第29話 自分の運命と向き合う

 親子で酒を飲み交わして、数日が経過した。

 その日、様大ようだい緒蓮おれんの様子がいつもと違うことに気付いていた。ただ、そういう日に限って何かと忙しく、ようやく時間が取れそうだと思ったときにはすでに夜になっていた。

 先に夕食を済ませたらしい緒蓮は部屋にこもっている。

 どうする? 部屋に行ってみるか。

 そう思っていた様大の自室の戸がノックされた。

「父さん、いい?」

「緒蓮! ああ、よかった。ちょうど今から行こうと思ってたんだよ」

 戸を開けた緒蓮の表情は暗かった。様大の隣にすとんと座り込む。

 なかなか切り出さない息子を、様大は心配そうにのぞき込む。

「何かあったか?」

「……俺、もうすぐ死ぬみたい」

「はぁっ!? どうした? バイト先で嫌なことでもあったか?」

 様大は緒蓮の肩を掴む。だが当の本人は静かに涙を流すだけだ。

(無理に聞き出すのもあれか……)

 様大はそれ以上何も言わずに、緒蓮を抱き寄せ背中を撫でた。

 ここ最近の緒蓮は、昔のように死への恐怖におびえることはなくなっていた。死への恐怖を克服すると緒蓮自身もいろいろと試していたし、てっきりそれがうまくいっていたのかと思っていたが、またあの死への恐怖がぶり返してきたのだろうか。それとも、別のことで相当メンタルが参ってしまったのか。

 何にせよ、この状態の緒蓮をひとりにはしておけなかった。

「今日はここで一緒に寝るか?」

 真面目な顔で様大がそう言うと、緒蓮はその顔を見て小さく頷いた。

 布団を敷いて、電気を消す。先に様大が布団に入って、掛布団を上げる。緒蓮は大人しくそこに入る。子どものように、様大の腕の袖を握り、胸のあたりに頭をぐっと押し付けてくる。様大は小さい頃に寝かしつけていたときのように、ゆっくりとしたリズムで緒蓮の背中をトントンと叩く。

 明日になったら何があったのか話してくれるだろうか。

 明日になったら元気になっているだろうか。

 自分の胸に頭をぐっと押し付けている愛しい存在に、よりいっそうの愛おしさを募らせる。

 こういう風に二人で寝るのはいつぶりだろうか。そんなことを考えながら、様大も優しい月明りの中で徐々に自分の意識を手放していくのだった。



 翌朝、様大が目覚めると緒蓮はまだ様大の腕の中にいた。

「んん……緒蓮、朝だぞ……」

 ぼんやりとした意識のまま、様大は緒蓮の顔をのぞき込む。その顔に触れると、ひどく冷たかった。

「緒蓮? 緒蓮っ!?」

 顔も体も冷たく、呼吸も脈もない。

 騒ぎに気付いた修行僧たちが集まってくる。

「救急車と医者を呼べっ!」

 様大は修行僧たちに向かって叫ぶと、緒蓮を負ぶって裸足のまま寺を飛び出した。

 背中から感じる冷たさは様大にとって、もっとも残酷な事実を伝えていた。

 それを受け入れたくなくて、様大は涙を流しながら険しい山道を駆け下りた。

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