第28話 感謝の気持ち
その日、
「
ちょうど境内で掃除をしていた三雲は手を止めて顔を上げた。
「ああ、緒蓮さん。どうしたんですか?」
「これ、渡したくて」
緒蓮は和菓子の箱がたくさん入った紙袋を手渡す。
「えっ、これは」
「三雲さん、ここの和菓子好きでしょ? 三雲さんにはずっと恩返ししたかったんです」
「恩返しだなんて、私は大したこともしていないのに」
「いえ、三雲さんがいたから小さい頃は寂しくなかったんですよ。今でも寺で一緒にいたときのこと、覚えてます」
緒蓮の表情は穏やかだったが、少し寂しげにも見えた。
「……緒蓮さん、家出する予定とかあります?」
「あはは、ないですよ」
「そうですか」
三雲は紙袋の取っ手を握りなおすと、続ける。
「こう改まった感じだと、まるでお別れみたいで。しばらくは寺のお手伝いをしながらアルバイトをされるんですよね?」
緒蓮は不意を突かれたように一瞬止まったが、ゆっくりと頷いた。
「はい、そのつもりです」
「そうですか。ではまた寺のほうにも遊びに行きますね」
三雲は少しほっとしたように微笑んだ。
それから緒蓮は寺に戻り、自室の押し入れに隠しておいた
夕食後、様大に九尾を呼んでもらって二人がそろったところで、それぞれに差し出した。
二人が呆気にとられながら開けると、中身は酒だった。
「九尾さん、小さい頃から本当にいろいろと助けてもらってありがとうございました。……そして、父さん。今まで育ててくれて、本当にありがとう。ええと……改めて言うのも恥ずかしいんだけど、大好きだよ」
緒蓮がもじもじと吐き出した後、九尾がふにゃふにゃと声を揺らした、
「緒蓮、お前本当にいい子だな……。父親はこんななのに……」
「ばっか! 親の俺が泣いてねぇのに、お前が泣くなよ」
「お前だって涙目になってんじゃん」
九尾がボロボロと涙を流し、様大も涙目になっている。様大は涙をぬぐうと、
「今日はもう飲むしかねぇ。九尾、その酒開けろ」
「はぁ? お前自分の酒開けろよ」
「これは記念に残しとくに決まってんだろ。いいから開けろ」
「親バカめ」
結局、緒蓮が九尾にプレゼントした大きな酒瓶を開けて、三人で飲んだ。上機嫌で飲み過ぎたのか、九尾はすぐに酔いつぶれてしまった。九尾を寝かせたままにして、様大と緒蓮は親子二人で静かに飲み交わす。
「お前と飲める日が来るとはなぁ」
「あはは、お酒のおいしさはまだ全然わかんないけどね」
ちびちびとおちょこに口をつける緒蓮を見て様大は息を吐く。
「必死でバイトしてたのもこのためか?」
「……まぁ、そんな感じかな」
「そうか。……ありがとな。でももう無理はすんなよ」
「うん……うわっ!」
緒蓮の頭をわしわしと撫でると、しんみりとした口調で様大は続ける。
「俺はな、本当にお前がいてくれるだけでいいんだ。時々、こうやってお前と酒でも飲めりゃあそれだけで万々歳だよ」
「……うん」
幸せそうにしている様大を見て、緒蓮は俯くと、空になったおちょこに酒を注いだ。
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