第26話 変わっていく緒蓮

緒蓮おれん、お前は下界に戻ってみたいか?」

「どうでしょう。両親が早くに死んでしまったので、家族での時間をもう少し過ごしたかったなという気はします」

「もし少しの間だけ下界に戻れて、その間に家族との時間を過ごせるとしたらどうだ? まぁ、お前の知っている両親ではなく、別の家族ということになるだろうがな」

「それは……少し興味があるかもしれません」

「そうか。なら、そうしよう。前に生きていたのと同じだけ年を重ねてみようか。私はお前の下界での生活を眺めている。いつだってお前を見ているからな」


 ──そして、緒蓮は様大ようだいの息子として生まれた。


 そう、すべては緒蓮のために作られたものだった。

 神のことを思い出す前は、それこそ村の老人たちのように長生きするのだろうと考えていた。この先も当然生き続けるだろうと考えていたからこそ、就職活動をして、時間をかけて親孝行や恩返しをしていくつもりだったのだ。

 ただ、今すべてを思い出し、理解した緒蓮には大した時間は残されていない。就職活動をしている場合も、その結果に落ち込んでいる場合でもなかった。生きている今のうちにできることをしておかないといけない。


 寺で説法を聞いたその翌日から、緒蓮は就職活動と死への恐怖を克服するのをやめた。その代わり、単発ですぐにお金を得られるアルバイトを探して、始めるようになった。

「緒蓮、就活はもういいのか?」

「うん。もうやるだけやったかなって。父さんが言ってたみたいに、バイトしながら寺で暮らすよ」

「そっか。それにしても、寺で説法聞いてきただけでここまで変わるたぁなぁ」

三雲みくもさんが言ってたみたいに、本当に道が拓けちゃったかもね」

 もちろん、道が拓けてなどいないのは緒蓮自身が一番よくわかっていた。今の自分にとって、目の前にあるのは終わりの見えている道。先に道が続いていないことがわかっていても、その道を進むしかないのだ。

 寺の手伝いをしては、アルバイトへ向かう日々。それまでの緒蓮は疲れたら自ら積極的に休んでいたのに、どれだけ疲れても休もうとしなかった。周りが休んだほうがいいのではないかと声をかけても、大丈夫だからと断り続けた。疲れ切った体のせいなのか、それともすべてを思い出したからなのかはわからなかったが、自分が死ぬ夢を見て泣きながら目覚めるということもなくなっていった。

 その一方で、緒蓮自身にとっては一日一日が本当にあっという間に過ぎて、焦る気持ちもどんどん大きくなっていった。

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