第22話 説法に違和感
「
「うん、ちょっと休憩」
縁側にいた緒蓮の隣に、
「あのさ、俺、昔から死ぬことが異常に怖いじゃん」
「ああ、ちいせぇ頃からよく泣いてたなぁ」
「それでさ、どうにか克服できないかなっていろいろ試してるんだよ。そうすれば就活もうまくいくかもって」
「まぁ、そういう発想の転換は必要かもな」
「でも全然。どうしよう……」
「大丈夫だよ」
様大が緒蓮を励ますように、背中をぽんと叩く。
すると、親子の前に
「緒蓮さん、説法を聞いてみては?」
「説法? 父さんの?」
「俺は説法なんてしねぇよ」
「となり町の寺でやってる説法が評判らしいんですよ。結構、面白い人みたいで、仏教以外の話も聞けるとか。今日の新聞にも小さく載っています」
三雲が差し出した新聞を見ると、確かにその寺の説法についての小さな記事が載っていた。
「案外、こういうところから道が拓けるかもしれませんよ」
「そうですね、行ってみてもいいかも……」
ふと、緒蓮は三雲の『私も、協力できることがないか探してみます』という言葉を思い出した。もしかして、このことだろうか?
「ありがとうございます、三雲さん。俺、行ってみます」
「ええ。緒蓮さんのためになればいいんですが……」
「実にして見せますよ」
緒蓮がそう言うと、三雲は小さく肩を揺らした。
「寺の息子が他の寺の説法聞きに行くのっていいのかな。なんかスパイみたい」
「ははっ、いいじゃねぇか! せっかくなら探ってこい。俺が乗せてってやる」
「もー、父さんってば」
親子のやり取りを三雲は微笑ましく見守る。
数日後。緒蓮は様大の運転する軽トラでその寺へと向かったのだった。山の麓の駐車場に車を止めると、様大は待っていると言う。
緒蓮は一人で寺への石階段を上っていく。新聞に取り上げられていた影響なのか、思ったよりも人が多い。その中には学生もちらほらいて、彼らも自分と同じように悩んでいるのだろうか、と緒蓮は思った。
講演会場となる一番大きなお座敷には、赤い布が引かれておりその上に小さな木製の椅子が並べられていた。畳に髪が垂れるわけにはいかないと、お団子結びにしていた緒蓮は一安心した。
(今日はパーカーだから、女だと思われてそうだな、俺)
季節は秋口ではあるが、まだまだ温い気温のため、襖は取り払われていた。竹製の塀の上から山の木々が見え、緑の木の葉に赤い葉が混じって揺れている。
会場の前のほうで、補佐の人だろう僧侶が講師用の机にお茶を置いている。袈裟を着て、顔に傷一つない真面目そうな顔つきの人だ。
(うちの人たちと雰囲気違うな……こういう感じが普通なんだろうな)
そんなことを考えていると、講師らしき僧侶が入ってきた。緒蓮含めた会場の人が、一斉に静まり視線を向ける。
その僧侶は銀縁の眼鏡をかけていて、年齢不詳だ。若いようにも見えるし、年寄りのようにも見える。顔に刻まれた皺がそう思わせるのかもしれない。
「皆さんこんにちは。本日はお集まりいただきありがとうございます」
その声は低く聞き取りやすく、口調は穏やかだった。彼が住職らしい。宗派と戒名を名乗ると「どうぞよろしくお願いいたします」と頭を下げる。拍手をもらった後、顔を上げる。
「皆さんは普段の生活であまり意識していないかもしれませんが、私たちは毎日を生きています。その一日の始まりは、朝日が昇ることから始まります」
住職の言葉が静かな会場に心地よく響き渡っていく。緒蓮も思わず聞き入った。
確かに住職の話は面白かった。朝日という身近なものから始まり、どんどん対象を広げていく。お
どれも真面目な話ではあったが、住職の語り口調によるものか、飽きることなく楽しみながら聞ける。
住職は仏教以外の話もしてくれた。音楽、映画、漫画などの話もして、皆が興味深そうに聞いていた。
緒蓮も同じように面白かったのだが、一番印象に残ったのは説法後の質疑応答だった。
「生きるということは本当に素晴らしいことなんでしょうか」
一人の学生が挙手するなりそう質問した。すると住職は迷わず答えた。
「はい。人は生まれてから死ぬまでの間でもいろいろなことを経験しますが、生きている間が一番充実していると言えます。病気や怪我で苦しむこともありますが、それらは人生のスパイスのようなものです」
「でも、生きることに意味なんてないんじゃないですか? 生まれたから生きているだけで……。死んだ方が楽なんじゃないかって思います」
「そうかもしれませんね。確かに人生には意味などありません」
住職はあっさりと認めてしまった。みんながざわつく中、彼は穏やかな笑顔を浮かべて口を開いた。
「ですが、私は『生きる』ことにも『死ぬ』ことにも意味はあると思っています」
「どうしてですか?」
「この広い世界で、誰かと出逢うことができるのはごくわずかです。病気や怪我で苦しんでいる間でも、その相手と出逢えたことは一生忘れないでしょうし、幸せだったと思うことができます。そしてもしも死んでしまっても、その人のことは決して忘れませんし、残された人の心の中で生き続けるんですよ」
住職の言葉を聞いていた緒蓮はふとあることに気づいた。
(そういえば、俺は誰と出逢って、どんなことをしてきたんだっけ?)
緒蓮は『みんな』と出逢った。同じ村に住んでいる人、修行僧の人たち、父さん、九尾さん、三雲さん……。だが、それ以外の『誰か』と出逢った記憶がないのだ。
緒蓮は中学で仲が良かったはずのクラスメイトのことを思い出してみようとしたが、何も思い浮かばない。高校生になってから仲良くなった人がいた記憶はあるのに、何をしたのか思い出せない。
それどころか、様大、九尾、三雲の名前以外思い出せない。
(俺って……)
人並みの記憶力はあるはずだ。それなのに、今は誰一人として思い出せないでいる。
(俺……なんで今まで平気で生きてこれたんだろう……?)
「ではほかに質問はありますか」
呆然としていると、住職は次の質問を求めた。
聴衆たちが一瞬静かになったその瞬間を狙ったかのように風が吹いた。その風の音に紛れて、緒蓮の耳元で何かが囁いた。
それは不思議な声だった。複数の声が同時にして、だけど、全部聞き取れた。
「生を手放すことは死と同じこと。生きることは死ぬこと。そして、生きることと死ぬことは同じもの」
「この世は無常、生も死も同じく一瞬。恐れることなど何もない」
「今、思い出したいのか?」
その声が消えると同時に風が止み、静寂が訪れた。
緒蓮ははっと我に返ったように顔を上げた。そして、すぐに住職が次の人を指名したので、先程の不思議な声は幻聴だったのだろうかと考えるのだった。
話がひと段落すると、住職は「これは仏教や住職という立場に関係なく、私個人の考えていることなんですが」という前置きをした上で話を続けた。
「私はね、神様はいると思ってるんですよ。人間の体からこの世界に至るまで、全部神様が作ったものだと思うんです。ただの偶然に思えるようなことも、常識では考えられないような不思議なことも、全部神様のシナリオなのかなと。この世は舞台からキャスト、脚本まで神様が手がけている劇場みたいものなのかもしれませんね」
この話を聞いたとき、緒蓮の胸がざわついた。別に突飛なことを言っているわけではない。生きていれば、確かにそういう風に思えるような出来事もある。それでも自分が何か大切なことを忘れているような気がして、落ち着かなくなってしまった。
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