第21話 あれこれ試す
まずは自分と同じように死への極度な恐怖を持っている人間を探してみることにした。死への恐怖を抱いている人間は意外に多く、そういう者同士で集まるサークルやコミュニティも見つかった。
緒蓮もそういうサークルやコミュニティに参加してみたものの、自分が抱いている死への恐怖と他の人が抱いている死への恐怖はどこか根本的なところから違っているような気がした。ただ、それでも自分と同じように死への恐怖を抱いている人たちがいて、同じように泣きながら夢から目覚めるようなことがあるとわかると、緒蓮は少しだけほっとしたのだった。
次に、人の生き死にに関する本をとにかく手あたり次第読み漁ることにした。やはり死について書かれている部分を読むとそれだけで体が震えたが、それでも本を読んでいく中で気付きや視野の広がりといったものは多少なりともあった。だが、それが死への恐怖を克服するための具体的な解決策につながることはなかった。
読み漁った本の中の一冊には催眠療法について書かれているものがあり、緒蓮は思い切ってそれを受けてみることにした。療法にもいろいろと種類があるらしく、緒蓮の場合には、幼少期に何かトラウマがあるというわけではないようだった。
一方で、催眠療法で前世を探ってみたところ、どうにも判断がつかない結果になってしまった。それなりに具体的な情報が出てくることも多いのだが、緒蓮の口から出てくるのはとても曖昧な情報ばかりだった。
真っ白い綺麗な空間の中に、オーロラのような美しい光が満ちている。
それが心地良くて、懐かしい。
大きくて温かい。
催眠から目覚めると、緒蓮は涙を流していた。
決して悲しいわけではなく、むしろ自分でもよくわからない何かに感動しての涙だった。
担当した療法家は困った顔で「催眠状態のとき、天国にでも行ってるのかしらね」と言っていた。
結局、催眠療法でも緒蓮の死への恐怖を克服する手立ては見つからなかった。ただ、心地良くて、懐かしい感じだけはずっと緒蓮の中に残っていたのだった。
催眠療法を終えた緒蓮はまだ他に何かできることがないかと考える。
死への恐怖を克服するために行動し続けていた。
だが、どうしても途中であきらめたくなるときもあった。そんなときはまた神社へと足を運んだ。ここで拝んでいれば、なんとなく前向きになれるような気がした。そして、自分が死んだらどうなるのか考えるようにした。自分の葬儀の様子や死後の世界についても調べてみたりした。もしも死ぬのであれば、どんな風に死んでいきたいのかということも考えたりした。
そんな生活を続けていたある日のことだった。緒蓮は一人、稲荷神社への道を歩いていた。階段を上りきると、声をかけてくる人がいた。
「あれ、緒蓮さん?」
「あっ、こんにちは」
「今日もお参りですか」
頻繁に訪れていることは知られているらしい。緒蓮は少し恥ずかしかった。
「はい。神様へお願いしたいことがありまして」
「いつも熱心ですね」
「いえ、そんな……」
三雲と他愛もない話をしながら、緒蓮はふと、自分が死への恐怖を克服するために行動していることを彼に話した。三雲は黙って聞いてくれた。話し終えた後、彼の方を向いて改めてお礼を言った。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「俺ってやっぱり変ですか?」
不安そうな声を絞り出すと、三雲は首を横に振った。
「いえ、全く変じゃないですよ。誰だって自分が死ぬのは怖いですから」
「よかった」
緒蓮がほっと胸を撫で下ろす。その様子を見て、三雲が優しく微笑む。
「死への恐怖を克服するって並大抵のことじゃないですから、少しくらい変なこともありますよ」
「そうですよね……あはは……」
三雲の言葉が嬉しかった。笑ってごまかすと、続けてこう言った。
「でも俺、どうしてもやりたいことがあるんです。そのためには死の恐怖を乗り越えないといけないので」
「やりたいこと?」
「はい。どうしても就活して、自立した生活を送りたいんです」
緒蓮がそう決意表明すると、三雲がさらに優しい笑顔を浮かべて口を開いた。
「頑張ってください。私も、協力できることがないか探してみます」
「えっ? ……はいっ! ありがとうございます!」
できれば一人で成し遂げたい、と緒蓮は思っていたが、三雲が協力してくれるという言葉はすごく嬉しくて、安心した。誰かに頼ってみるのも、大事なことなのだと実感する。
三雲と別れた後、緒蓮は本殿の前に来た。
「こんにちは」
いつものようにあいさつをする。手を合わせ、願うのは就活のことと、死の恐怖を克服できること、そして……。
(どうか、父さん、みんな、幸せに長生きできますように……)
いつも神社にお参りにくるたびに、そう心の中で願う。
「ん?」
ふと、本殿の奥から視線を感じた。大きな白い人がいた。灰色の長い髪、手足も白っぽい、顔が赤い面布で隠れている。
(ああ、神様だ……)
その人は言葉を話しているわけではないのに、何となくそう思えるのだ。
緒蓮は再び、手を合わせて目をそっと閉じた。
しばらくそうしていると、パキッと乾いた音が聞こえた。そちらに視線を向けると、御神木の下に先ほどの神様が立っており、足元には柿が転がっていた。御神木は柿の木ではない。つまり、その下に実が落ちていることは、普通はあり得ないのだ。
「もっ、もしかして……これ……?」
緒蓮がおずおずと尋ねると、神様はこくこくと頷いた。緒蓮は自分に向けてくれた好意をありがたく受け取ることにした。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、その神様はニコッと笑ったような気がした。それから本殿の奥へ戻っていった。
「今の神様、ちょっと九尾さんに似てる。……もしかして、ご先祖様とか?」
緒蓮はそう考えたが、まさかねと頭を振って打ち消す。柿をハンカチに包むと、大事に持って帰った。
「ただいまー」
「おお、お帰り」
「ねぇねぇ、父さん」
「ん? どうした?」
「これ、拾ったんだけど……食べて大丈夫かな?」
緒蓮が見せた柿に対して、様大は不思議そうに首を傾げた。
「そりゃ大丈夫だが……どこで拾ったんだ?」
「そこの神社だよ」
「はあっ!? お前、まさか神社のもん盗んだんじゃねえだろうな!?」
緒蓮の言葉に、様大は思わず大きな声を出した。
「違うよ! なんかね……くれた」
「はぁ!?」
「柿をね、くれたんだ。なんか、神様? みたいな人がいて。それでありがとうって言ったら、その人も嬉しそうに笑ってた」
「お前……それ、絶対に……」
様大は頭を抱えた。緒蓮が子どもの頃に同じようなことがあったからだ。そのときは栗を持ってきた。これは神様からのお礼なのだと気づいたのもずっと後になってからのことだったが。
「まあ、いいや。とりあえず食えるもんなんだから食っちまえ。んで、柿くれた神様に礼を言っとけ」
「わかった」
緒蓮が素直に頷いたので、様大はホッと胸を撫でおろすのだった。
「いただきます」
緒蓮は台所で柿を洗い、ヘタを取ると齧った。みずみずしくて甘く、ほんのりとした酸味。神様からの贈り物だと考えるとさらに美味しく感じられた。
「うっま! こんな美味い柿初めて……」
思わず感嘆の声が漏れる。
柿を食べ終えた緒蓮は、今度神社に行くときの返礼を考えていた。
「何がいいかな~柿のお礼なんだし、やっぱり柿かなぁ」
その日の夜、夢を見た。大きな人の形をした何かが自分に笑いかけているのだ。顔は見えないけれど、優しい雰囲気だけは伝わってきた。それは大きな手でそっと緒蓮の頭を撫でてから、去って行ったのだった。
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