第20話 大人になった

 子どもだった緒蓮おれんがどんどん大人になっていき、積極的に寺の手伝いをするようになった。住職である様大ようだいの仕事ぶりを幼い頃からよく見ていたし、寺のことはほぼすべて把握していると言っても過言ではない。掃除も手際よくこなすし、食材や日用品が切れそうになったらすぐに買い出しに行く。

 緒蓮は村人からも可愛がられており、何かを買い行くと必ずオマケをもらって帰る。

「俺のとこの孫はなぁ、元気でやんちゃで……」

「あんたのところはもう子どもがいるんだったわね」

「おいのところもそうだ。もう嫁に行く年だがな」

 彼らから独立した娘や息子の話を聞くたびに、自分もそろそろ考えなくては、と思うようになった。

「緒蓮ちゃんもそろそろいい歳でしょう? 誰かいないの?」

「あー……いや、その……」

「いつまでも独り身じゃ寂しいでしょう。結婚はいいわよ~」

「あ、あはは……そうかもしれませんね。考えておきます」

「いい人いたら紹介してあげるから、いつでも言ってちょうだいね!」

 緒蓮はその話題が出るたびに苦笑いを返すほかなかった。

 しかし、村人たちがそう思うのも無理はない。緒蓮の見目は良いし、所作も綺麗だ。性格だって悪くない。村では子どもの頃から父親の手伝いをしているし、行事や祭りにだってよく参加している。そんな彼が独り身でいること自体、不思議だったのだ。


「別に悪い人たちじゃないんだけどね……」

 困ったような表情を見せながら、緒蓮は一人、稲荷神社への道を歩いていた。大人になるにつれ、不安が増えてきた。心の拠り所として、最近お参りするようになったのだ。

「こんにちは」

 本殿の前に来ると、いつものようにあいさつをする。

(どうか、父さん、みんな、幸せに長生きできますように……)

 手を合わせて、そう心の中で願う。



「父さん、俺、就活しようと思うんだけど」

「就活ぅ?」

 夕飯時に緒蓮が言うと、様大が露骨に嫌な顔をする。

「何だよ。寺が嫌になったか?」

「あはは、違うよ。俺も自立したほうがいいかなーって」

「自立ねぇ……」

「ほら、初めての給料でプレゼントとかかっこいいじゃん」

「別に……親にとっちゃあ子どもはただいてくれるだけでありがたいもんだけどなぁ」

 緒蓮はそれだけでは足りないと思っていた。

「俺だってそういうの、したいんだよ」

「まぁ、どうしてもって言うなら止めねぇよ。やるだけやってみな。でもバイトでもしながら寺でずっと暮らすのだってありなんだからな」

 様大が緒蓮の頭をポンと叩く。緒蓮はこの手が好きで、大人になっても様大に頭を撫でられると顔が緩んでしまう。

 なんだかんだ言いながらも、様大は緒蓮のやりたいようにやらせてくれる。そんな彼が父親でよかったと改めて思った緒蓮だった。


 ただ、緒蓮の就職活動は連戦連敗の日々だった。

 面接で何を質問されても答えられるようにとニュースなどもチェックするようにしていたが、殺人事件や人の死を報じるニュースを見聞きするとそれだけで息苦しくなった。ドラマや映画などで人が死ぬシーンを目にしてしまうと、自分がそのドラマや映画と同じような死に方をする夢を見ることもあった。そして、だいたい泣きながら目覚める。

(こういうとこ、子どもの頃から全然変わってないじゃん……このままじゃ、就職できても職場の人に迷惑がかかるかもしれない)

 もしかしたら、就職活動がうまくいかないのも髪の問題だけではなく、もしかしたらそこに原因があるのかもしれない。これだけ連戦連敗が続いているのであれば、一旦アプローチを変えてみるのもひとつの考え方だ。

(そうだ、まずは死ぬことが怖いのを治してから就活したほうがいいかもしれない)

 克服してから、万全な状態の自分で改めて就職活動に臨む。そうすれば結果も違ってくるのでは。緒蓮はそう考えて、一旦就職活動を休憩し、自分の死への恐怖を克服する方向へと舵を切った。

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