第19話 大きくなってきた

「お父さーん! カブトムシつかまえたー!」

 少し大きくなった緒蓮おれんは少年らしく、活発になっていた。虫取り網を握り、境内を走り回っていた。ついに功を奏したらしく、虫取り網には緒蓮の手のひらサイズのカブトムシが包まれている。

「おー、でけぇのつかまえたな。ちょっと待ってな。虫かご出してやる」

 様大ようだいは天袋をゴソゴソして、緑色の大きめの虫かごを出してくる。過去の住職の子どものものらしく、細かな傷があるが、十分現役だろう。

 ホコリを払い、緒蓮へ差し出す。

「ほれ、これ使え」

「ありがとう!」

 緒蓮は虫かごの蓋を開けると、虫取り網に手を突っ込んでカブトムシをそっと掴み、素早くかごの中へ運んだ。蓋をきっちりと閉めると、うっとりと隙間から眺めている。

「そのまま飼うのか?」

「うん、そうしようかな」

「なら、いろいろ用意してやんねぇとな。えーっと、まずは飼育用のケースだろ~? あと、腐葉土とのぼり木と餌と……」

「えっ、そんなにいるの? どうしよう、何にもない」

「なら、今から買いに行きゃあいい。必要なもんはそこらで手に入る」

「やったぁ!」

 様大は緒蓮と手をつないで、出かけて行った。修行僧たちも掃除をしながら、それを微笑ましく眺めている。

 元悪人の集いである修行僧たちだが、緒蓮を見る目は優しかった。養父である自分が睨みを利かせていたこともあるのだろうが、その態度の変貌に様大自身が驚いていた。


 軽トラでとなり町までカブトムシの飼育ケースと腐葉土、のぼり木などを買って寺に戻る。様大が車庫入れしている間に、緒蓮は居間で、さっそく虫かごを開けていた。店に向かう途中の車内で様大に教わった通りの手順を踏みながら、餌のゼリーを与える。

「おいし?」

 緒蓮が話しかけると、カブトムシは角を振り回して応えた。その様子が嬉しくてニコニコしていると背後に気配を感じた。振り返ると、様大がいた。

「あ、お父さん」

 立ち上がると、様大が黙ったまま頭の上に手をかざしてきた。緒蓮はニコニコしながら何度か頷く。まるで会話をしているように。

 すると、緒蓮は言った。

「……うん! ぜったいにしあわせにするから!」

 様大は頭を優しく撫でて、空気に溶けていくようにスッと姿を消した。緒蓮は頭を触りながら首を傾げた。

「あれ? お父さんじゃない……」

「緒蓮ー! カブトムシどうなった?」

 玄関から様大の声が聞こえてきて、我に返った緒蓮は慌てて玄関へ向かった。

「ちゃんと食べてるよ!」

 虫かごを見せると、カブトムシは角を振りながらゼリーを食べていた。それに満足そうに頷く様大。

「よかったなぁ。でも、ちゃんとお世話するんだぞ? お利口にしないとカブトムシは逃げちまうぞぉ」

「うん!」

 緒蓮は元気良く返事をすると、また飼育ケースを覗きこんだ。




 それから数日が経って、様大が警策きょうさくを持ち、座禅中の修行僧たちを見ていたときのことだった。

「お父さーん……」

 ぐすぐすと泣きながら、緒蓮が本堂にやってくる。

「どうした!?」

 様大は警策を放り投げて、緒蓮のもとへと向かう。修行僧たちにとってはもはや日常と言ってもいい光景。「ああ、またか」と笑って、お互いに見合わせる。

 しゃくりあげる緒蓮を抱いて背中をさすってやる。

「よしよし……何があった?」

「カブトムシが……死んじゃった……」

「ああ、こないだつかまえた奴か」

 緒蓮が様大を虫かごのところへ連れていくと、確かにカブトムシが倒れていた。つついても何の反応もない。死んでいた。

「何で死んじゃうの? 死ぬの……怖いよ……」

「虫は寿命が短いからな。しょうがねぇ。……供養してやんねぇとな」

 様大は用具入れからスコップを出して、緒蓮に虫かごを持たせたまま、寺の裏に行った。

「このあたりでいいか。ほれ、スコップで穴掘ってやれ」

 大きな木の下に連れていくと、緒蓮にスコップを手渡した。

「どうするの?」

「墓を作ってやるんだよ」

「はか?」

 緒蓮は教えてもらいながら、素直にスコップで穴を掘り始める。何往復かすると、大きな穴になった。緒蓮は泣きながら、虫かごからカブトムシを出してそこに入れる。

「埋めたら……お墓にまた来るね……」

 涙をポロポロ流しながら言って、小さな手で丁寧に土を被せていった。

「よし、これでカブトムシもゆっくり眠れるな」

「うん」

 二人は手を合わせ、しばらくの間、その場にとどまった。

 様大は目を開けると、緒蓮に言う。

「別にな、死ぬってのは怖いことじゃねぇ。虫も人間も生まれて、死んで、自然に還っていく。死んで終わりじゃねぇんだぞ」

「でも……自分が死んだらって思うと怖い……」

 体をぶるぶると震わせながら、緒蓮は様大の腕に縋りつく。

 様大はそれ以上何も言わずに緒蓮を抱き寄せると、落ち着くまで優しく背中をぽんぽんと叩いてやるのだった。

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