第18話 幼少期の触れ合い

 必死で子育てをしていた様大ようだいだったが、さすがに常に緒蓮おれんに付きっきりというわけにはいかない。通夜や告別式へ行くときにはどうしても緒蓮を寺に残すことになる。修行僧たちに任せるのは不安だし、どうしたものか、と考えていたときに、「それなら私が」と申し出てくれたのが稲荷大社の神主・三雲みくもだった。男にしては長めの黒髪で、背が低くて、いつも優しく笑っている童顔。何年か前に両親を亡くしてから、就学中であるにも関わらず跡を継いだと聞いている。だからまだまだ若い。

「こんなに小さな子を一人にして、何かあったら大変でしょう? 私が責任をもって監督いたします」

 同じ村にある寺と神社ということで付き合いはあったが、様大と三雲は見た目からして真逆のタイプ。様大は、三雲のほうが嫌がるだろうからと積極的に接することはなかったが、彼はいつも笑みを浮かべ、誰にでも分け隔てなく接していた。

 そんな彼だからこそ、様大もそれならと緒蓮を任せることにした。

 寺を留守にする間には三雲がやってきて、緒蓮を見てくれる。一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、緒蓮も彼のことを気に入っている様子だった。


 ある日、三雲が緒蓮を見ていると、お絵描きを始めた。大きな画用紙に人らしきものが描かれていく。舌が蛇のようになっているところを見ると、様大を描いたらしい。

「これ、お父さん?」

「うん! おとたん!」

 そう嬉しそうに言うと、もう一枚の画用紙にまた同じような絵を描いた。ただ、舌が蛇のようにはなっていないし、様大と似ているようで少し違う。

「これもお父さん?」

「ううん。これはねぇ、かみさま!」

「神様?」

「うん! すごくおおきいの!」

「ふーん、そうなんだねぇ……」

 そう言いながら、三雲は緒蓮が描いた絵を不思議そうに眺めるのだった。

「あっ! おべんじょ!」

「ああ、はいはい。じゃあ、行きましょうね~」

 緒蓮が漏らしてしまわないようにと、三雲はその小さな手を引いて寺の便所へ向かった。

 そのタイミングでふらっと九尾きゅうびがやってくる。さっきまで緒蓮が描いていた絵を手に取って、優しく微笑む。

 縁側に座って、改めて絵を眺めていると視界が突然遮られた。ビクッと身構えたものの、聞こえてきた声に脱力した。

「だぁーれだっ?」

「緒蓮だな?」

「あったりー! きゅうちゃん、ちゅごいねぇ!」

 九尾の後ろで目隠しをしていた緒蓮はきゃっきゃと楽しそうにしている。

「緒蓮は気配を消すのがうまいなぁ」

「けはい?」

「えーっとなぁ……俺は後ろとか見えないところに人がいてもすぐにわかるんだよ」

「ふーん」

「そう言えば、確かに九尾さんって背後を取られることがないですよね」

 三雲が思い出したように言った。

「職業柄か、第六感ってやつなのかねぇ。背後取られたのは緒蓮が初めてだな」

 そう言いながら、九尾は緒蓮の鼻先をつついた。

 緒蓮は楽しそうに笑って、九尾もつられて笑う。

「そう言えば、さっきの絵なんだけどよ」

「かみさま?」

「へー……かみさまは、おとたんとそっくりなんだなぁ」

 その言葉に、緒蓮は目を輝かせて嬉しそうにする。

「うん! しょっくり! おえんもねー、まえまちがっちゃったの」

「そうかぁ……俺もいつか会ってみたいな」

 九尾がそう言うと、緒蓮は大きく頷いて、庭のほうを向き空を見上げる。それから大きく手を広げた。

「かみさまっ! たかいたかーい!」

「えっ?」

 突然の言葉に、九尾と三雲はキョトン顔で固まった。数秒後、九尾が大笑いしだした。

「あっはっは! かみさま、たかいたかーい!」

 そう言って緒蓮を抱え上げる。肩車をしてやり、その状態で庭を走り回り始めた。「きゃー!」とか「たかーい!」とか言いながら緒蓮は喜んでいた。三雲は「危ない危ない」とあたふたするものの二人が楽しんでいる様子に手を出せないでいる。

 縁側に下ろされた緒蓮は、「きゅうちゃん、だいしゅき!」と頭を撫でた。

「ありがとな」

 九尾も嬉しそうに笑う。すると今度は三雲のほうを向いて、ぴょんぴょん飛び跳ねながら手を引っ張る。

「みっちゃんも! たかいたかい! きゅうちゃん!」

 思わず二人して笑ってしまうのだった。

「私はもう子どもじゃないですよ」

「ええじゃん。抱えてやろうか、みっちゃん?」

「遠慮します。腰を痛めますよ」

 緒蓮は「いたいいたい?」と首をかしげる。九尾は笑いながら緒蓮をひょいと抱え上げた。その様子に、三雲も思わず頬が緩んでしまった。

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