第14話 九尾のおかげ

 ある日の朝、様大ようだいが境内の掃除をしていると住職が声をかけてきた。

、来い」

 住職の表情はひどく苦々しい。

(俺、何かしたか……?)

 まったく覚えがない様大は必死にここ最近のことを思い返しながら、住職の後に続く。


 本堂に通されると、そこには見知った顔がいた。

「よっ、久しぶり」

九尾きゅうび!」

 何年ぶりになるだろうか。隣に腕っぷしの強そうなのを従えて、堂々と座っている。

 住職の隣に座り、ちょうど九尾と向き合う。

「えっと、じゃあ話していい?」

 嬉しそうに尋ねる九尾に、住職は不服そうに「ええ」とだけ返した。

「明日からお前が住職な」

「はぁ!?」

「もう村にも話は通してあるし、住職にも納得してもらってる。ですよね? 住職」

 眉間にしわを寄せたまま住職は「ああ……」と声を漏らす。

「まっ、そういうわけだから」

「わけわかんねぇ……」

「住職、ちょっと二人で話したいんで席を外してもらっても?」

 住職は舌打ちをして、本堂から出て行った。


 遠のいた影を確認してから、九尾は満面の笑みを浮かべた。

「いやぁ~、我ながらうまくやったもんだわ」

「何だよ、これ。全然わかんねぇんだけど」

「俺が寺抜けるとき、お前を住職にするっつったろ?」

「ああ」

「そのまんまだよ」

 あっけらかんと話す九尾に、「何をどうしたらこうなるんだよ」と様大は足を崩していく。

「いやぁ、親父んとこ戻ったらさ、うちの組がこの寺に結構な金を貸してるってわかってさ」

「へぇ」

「俺がめでたく親父の後を継いで組長になって、いろいろ交渉したってわけ。俺んとこが融資しなくなったら、この寺って結構やばいのよ。村は村でこの寺がなきゃ困るし、住職だって融資打ち切られたくはないだろ? 住職にはそれなりの金渡して、出て行ってもらうことにした。まぁ、本人は未練たらたらみたいだけどな。そんなわけで、明日から住職よろしく」

「まじかよ……」

 手口やらなんやら、すっかり組長として立ち回っているようだ。

「俺もさ、お前が住職やってくれたほうが何かとやりやすいのよ。最初は大変だろうけど、うまくやってちょーだいな」

「てめぇ、他人事だと思って……まぁ、いいか。やるだけのことはやってやるよ」

「さすが俺の見込んだ男だね」

 久々に様大と九尾は笑い合った。



 その後、住職は様大に悪態をつきながらも引継ぎをして、寺を去って行った。修行僧たちもそれなりにざわつきはしたものの、様大の迫力に何も言えなかった。

 様大は最初のほうこそミスも連発していたが、そのうち、見た目と振る舞い以外ではそれなりに住職らしくなっていった。

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