第11話 昔の九尾

「この絵、何なんだろうな。毎日見てるけど、不気味だわ」

 柱を磨いていた九尾きゅうびがそう言って見上げたのは、本堂の天井に描かれた絵。大きな黒蛇が牙を剥き、こちらを睨んでいる。墨絵のような画風で、黒と赤の色だけを使われている。所々色褪せてはいるが、このままじっと立っていると、飲み込まれてしまいそうなほど迫力がある。


 様大ようだいは箒を掃く手を止めて、同じように天井を見上げる。

「なんか、神様なんだってよ」

「この蛇が? へぇ……。にしても、なんで天井にあるんだろうなぁ」

 九尾が絵をまじまじと見つめるので、様大も久々にじっくりと眺めることにした。確かに不思議な絵だが、毎日見ていると慣れてくるもので、最近は気にも留めていなかった。

「おい、おまえらサボんなよー」

 住職の声が聞こえたのでふたりはそそくさと持ち場に戻った。


「なぁ、八尾」と九尾が歩きながら話しかけてきた。

「んだよ」

「なんつーかさ……あの絵、天井から落ちそうで怖いよな」

 様大の背筋にぞくりしたものが走る。

「縁起でもねぇこと言うなよ……」

 だがその夜、その嫌な予感は的中することになるのだった。



 日が暮れると寝静まる時間になる。

 まだ夜中のうち、様大はふと目が覚めた。寝返りを打ち、薄ら目で天井を見上げると、あの大きな蛇がいた。

(ああ、落ちる)と様大は思った。思った瞬間だった。ぐしゃりと生々しい音と共に、蛇は落ちてきた。

 様大の腹の上に。

「ぐぇっ」というカエルを潰したような声と共に、様大は目が覚めた。

 まだ夜中だ。周りを見渡すと、ぐっすり眠っている奴とゴソゴソやっている奴がいた。

(夢か……)

 様大は腹を撫でると、再び毛布を被った。



 その日、作務に勤しみながら、ふと様大が九尾に尋ねた。

「お前さ、何でこの寺にぶち込まれたんだ?」

「あー、いろいろ。俺さ、ヤクザの一人息子なんだよね」

「へぇ」

「ヤクザの息子って顔が利くのよ」

「そりゃそうだろうな」

「それで好き放題してたんだけど、好き放題しすぎたんだろうな。親父のお気に入りを病院送りにしたのもでかいかも」

 寺に入る前の九尾はヤクザの息子らしく、その振る舞いもすさまじいものだった。少しでも気に入らないことがあると問題を起こし、組長である父親が尻ぬぐいをする。父親のお気に入りというのはいわゆる父親の右腕で、九尾の教育係でもあった。比較的まともで穏やかな人物だったが、それを九尾が病院送りにしたのだった。

「俺、何て呼ばれてたと思う?」

「通り名みたいなもんか?」

「そう」

「さぁ、見当もつかねぇ」

 様大が首をひねると、九尾は言う。

「天使の顔した悪魔」

 様大は思わず笑った。

「ぴったりじゃねぇか。神の使いのふりして、中身はとんだ悪魔か」

「何? お前、神様とか信じてる派?」

「べっつに。いたとしても、実はすっげぇ根性悪くて人間を見下してたりしてな」

「ははっ、あり得る」

「まぁ、中身が悪魔でも面だけはいいもんな、お前」

「馬鹿、いいのは面だけじゃねぇよ」

「ああ?」

 九尾は様大の手を取ると、作務衣の上から自分のものに触れさせた。

「ここも上物よ」

「ばっか、変なもん触らせんじゃねぇよ」

「なぁ、今日の夜中、便所に来いよ」

 便所で何がおこなわれるのかは様大にもわかりきっていた。


 夜中、様大は九尾に言われたように便所へ向かった。入ると、そこにはすでに九尾が立っていた。月明りに照らされたウェーブがかった金髪と銀色の瞳は本当に天使のようだった。

 九尾は様大を壁に押し付ける。

「修行僧つっても、人間だから欲はそれなりにあるわけじゃん? 修行僧同士でこっそり発散するくらいは許されると思うんだよねぇ」

「まぁ、異議はねぇな」

 九尾はニヤリと不敵に笑うと、様大の作務衣の中に手を入れる。

 しばらくすると作務衣の中をまさぐる九尾の手がピタリと止まった。

「……お前、もしかして両方ある?」

「そーだよ。……悪いか」

「いや、最高じゃん」


 二人は良き友人として、そしてお互いの欲を解消する相手として寺での時間を過ごすようになった。

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