第8話 死への恐怖

 ある日の夜。

 寝静まった寺の一室で、緒蓮おれんがうなされていた。

 夢の中では、さまざまな生き物の死を見せつけられていた。

 枯れてしまった花や木、乾燥して風で転がされている虫の死骸、動物たちが息絶える瞬間。

 そして、人間が死ぬ瞬間。

 ドラマや映画で見たことのあるワンシーンもあれば、寺の修行僧が突然倒れて死んでしまうシーンもある。

 嫌だ、嫌だ……こんなの見たくない……。

 緒蓮がそう思えば思うほど、呼吸がどんどん苦しくなっていく。

 必死で息を吸おうとするのに、息が吸えない。

 圧迫感に押しつぶされそうになる。

 そのまま意識が遠のいて、真っ暗な闇の中に落ちていく。


 ばっと目を開けると、そこには月明かりに照らされた部屋の天井がある。

 緒蓮が自分の目元を手で確かめると、大泣きしたかのように涙が溢れていた。

 上半身を起こして、改めて涙をぬぐう。死への恐怖と大泣きしている自分への情けなさで、また涙が溢れてくる。

 少し落ち着いてくると、ひどく喉が渇いていることに気付いた。緒蓮はむくりと起き上がると、庫裏の台所へ向かった。


 他の人を起こさないよう、慎重に一歩一歩音を立てないように進んでいく。

 コップに水道水を入れて、一気に飲み干す。

 もう一杯、とまたコップに水道水を注いでいると、床の軋む音と独特な足音が近づいてきた。音のするほうを振り返ると、そこには様大ようだいが立っていた。

「緒蓮? どうした?」

「あー、えーっと」

「ああ、また夢を見たのか」

「……父さんこそ、どうしたの?」

「俺は便所。部屋に戻ろうかと思ったら、こっちから音がしたんでな」

 様大は緒蓮の背中を優しくぽんぽんと叩く。

 いつも、自分でも子どもっぽいなとは思っていたものの、そうされると緒蓮の気持ちは不思議と落ち着いた。

「また人が死ぬ夢か?」

「うん……人だけじゃなくて、植物とか虫とか動物とかも」

 先ほどの夢を思い出すだけで、緒蓮の体が強張る。

「まぁ、座れ」

 様大は緒蓮を椅子に座らせると、自分も隣に座り、落ち着かせるように背中を撫でた。


「なぁ緒蓮、人が死ぬ夢ってのは吉兆なんだってよ。あんまり気にしねぇほうがいいぞ」

「そうなの?」

「まぁ、聞いただけだけどな。俺はそう聞いた」

 様大は緒蓮の顔を覗き込んで微笑む。

「それが嫌か?」

 緒蓮はしばらく考え込んだあと、口を開く。

「……怖い……」

 消え入りそうな声でそれだけ言うと、背中を丸めて小さくなる。


「でもな、緒蓮。俺だって怖いぞ」

「父さんが?」

「おうよ。昔っから怖くて仕方ねぇよ。死ぬのも殺すのも怖い。それを感じないやつはよっぽど狂ってるか、鈍感な奴だ」

 緒蓮は目を丸くしたあと、くすくすと笑いだした。

「そうだね……その通りだね……」と涙を拭う。そして、落ち着いた声で言うのだ。

「ありがとう父さん」

「久々に布団並べて寝るか?」

 様大は冗談のつもりだったらしいが、緒蓮はしばらく真剣に考えた後、真面目な顔で「ううん、大丈夫」と言った。

 それがおかしくて、愛おしくて、様大は緒蓮の頭にポンと手を乗せた。

「また怖い夢見たら起こしてやるからな」

「うん、ありがとう」

 緒蓮は穏やかな顔で頷くと、台所を後にしたのだった。

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