第7話 甘やかし

 緒蓮おれんの就職活動は相変わらず。

 業種や職種をいくら変えようとも、面接ではどこも同じような反応で結果も同じ。

 どこか一社くらい「面白いから」と特別枠で採用してくれたっていいのに……。そう思いながら、緒蓮は寺に戻る。


 門をくぐると、ちょうど縁側で様大ようだいが暇そうにしていた。

「緒蓮、おかえり」

「ただいま、父さん」

「その顔は……今日もダメだったか」

 テーブルにブリーフケースをとんと置き、緒蓮は突っ伏す。はぁーっと息を吐くと体を起こした。

「散々落ちまくってると、面接途中でももう結果がわかるようになっちゃうね」

「無理に就活しなくたっていいだろ。どうしてもやりたい仕事でもあんのか?」

 様大は緒蓮の肩をもむ。大きく骨ばった指にぐりぐりされるとくすぐったい。

「ふふ、別に。とりあえず自立したほうがいいのかなって」

「焦るこたぁねぇよ。住むところはあるんだし、どうしても働きたきゃバイトだっていいだろ」

「父さんはそう言うけどさぁ~」

 不満そうな顔をする緒蓮。


 そして、ふと九尾きゅうびに助けてもらったことを思い出した。

「あっ、全然関係ないけど、今日九尾さんに助けてもらったよ」

「ああ? 九尾に? あいつに変なこと教え込まれてねぇだろうな」

「あはは、ないない」

 緒蓮は一通り説明した。

「そうか。礼を言っとかないとな」

「で、一緒にお洒落なカフェに入って時間つぶした」

「あぁ? カフェだぁ?」

「あはは、あのカフェは父さん絶対無理だよ。俺だってひとりじゃ絶対に入れなかったし」

 朗らかに笑う緒蓮に、様大は渋い顔をする。

「まぁ、納得できるところまでとことんやりゃあいい。ただな、街で変なのに絡まれたりすると心配になるんだよ」

「本当に父さんって過保護だよね。俺、男だよ?」

「男でも女でも関係ねぇよ。親にとっちゃ子どもは子どもなんだよ」

「ふーん」


 会話が途切れて、親子の間に穏やかな時間が流れる。

 すると、緒蓮の腹がぐぅ……と鳴った。

「腹減ったか?」

「うん」

「何食いたい?」

「うーん……ピザ!」

「ははっ、じゃあピザ頼むか」

「えっ、いいの!?」

「景気づけだ。就活がうまくいかなくて落ち込んでる息子のためにな。まぁ、俺も食いたいし」

「そんなんだから生臭坊主って言われるんだよ」

「うっせぇ、さっさと注文しろ」と言いつつ、様大も嬉しそうに緒蓮の頭を撫でた。

 緒蓮はにんまりと笑い、スマホでピザ屋のアプリを開いた。


 二人で食べると、宅配のピザはすぐになくなってしまった。

「はー、食った食った」

 腹をさすりながら、様大はごろんと横になる。

 そんな父を見下ろしながら緒蓮は笑った。

「父さん、だらしないよ」

「いいんだよ。俺の家なんだから」

「俺も真似しよっかな……っと……」

 緒蓮もごろんと横になる。腹いっぱいになって眠くなってきたからだ。

「父さん、俺少し寝るね」

「おう。よく寝ろよ」

 目をつむるとすぐに眠気がやってきた。

 疲れが溜まっていたのだろう。あっという間に意識が落ちた。



 緒蓮の寝息が規則正しく立った頃、様大はむくりと体を起こす。

「九尾とカフェなんて……な」

 父である自分の知らないところで、息子が何やら危ない道を歩みつつあるのではないか? 急にそんな不安に駆られた。

 そして、緒蓮の言葉を思い返す。

『本当に父さんって過保護だよね』と息子は言ったが、それは自分なりに愛情を注いでいるから当然であったし、ずっとそう接してきた。

「過保護……か」

 ぎゅっと拳を握った。

 そのとき、緒蓮が寝返りを打った。横向きから仰向けになる。

 すぅすぅと寝息を立てる息子は気持ちよさそうだが、布団もかけずに寝ているのは良くないだろう。風邪でも引かれたら大変だ。

「おい、緒蓮。風邪ひくぞ」

 軽く揺さぶってみるが、起きる気配はない。

「しょうがねぇな」

 様大は緒蓮を抱き上げて部屋まで運ぶことにした。

「よっ……とととととっ!」

 抱き起こそうとすると、その重さに驚く。

 小さいころから何度もこうして息子を背負ってきたはずなのに、新鮮な気持ちになった。

(俺も年取ったってことかな……)

 心も体も成長していくのは喜ばしいことだが、親元を離れてしまうのは少し寂しい気もしてしまうのだった。

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