第6話 女

 ある初夏の日のこと。

 緒蓮おれんはいつものように就職活動のために街へ出ていた。ただ、面接の時間を一時間も間違えていて、時間をつぶさなければならない。適当にファミレスでも入ろうかと思ったものの、どこの店もかなり混んでいる。比較的空いているカフェはお洒落すぎてハードルが高い。


 うろうろしていると、額がじっとりと汗ばんでくる。

 ファストフード店にでも入ろうか、でもお腹はそこまで空いてないし……と考えながらウロウロしていると、肩をぽんぽんと叩かれた。

「お姉さん♪」

 知らない男がにっこりと笑って立っている。

「ええと?」

「お姉さん、暇なんでしょ? さっきからこのへんウロウロしてるもんね」

「えっ、いや、あの、自分は……」

 ぐいぐい来られて、緊張で声が上擦ってしまう。

「いいお店知ってるからさ。ね? 行こっ」

 強引に手を引かれた直後、緒蓮の背後に人の気配が。緒蓮よりもずっと高いところに頭がある。

「この子、俺の連れなんだよねぇ。お兄さん、何か用?」

 綺麗な顔立ちをしているが、その銀色の瞳には有無を言わせない迫力がある。

「す、すみませんでした~」

 変な汗をかきながら、緒蓮に声をかけてきた男は逃げて行った。


九尾きゅうびさん!」

 緒蓮はほっと息を吐く。

「緒蓮、こんなとこで何してんの?」

「面接の時間、一時間も間違っちゃって。時間つぶすのにどうしようって迷ってたんです」

「そこのカフェとか空いてんじゃん」

「お洒落すぎてひとりじゃハードル高くて……」

「じゃあオジサンと入る?」

「えっ、いいんですか?」

 緒蓮の笑顔を見ていると、九尾も自然と頬が緩む。


 店内に入り、その涼しさに緒蓮は息をついた。適当にドリンクを注文し、二人で向き合う。主に九尾が目立ってしまって、緒蓮は少し居心地が悪そうではあった。

「緒蓮は就活頑張るねぇ」

「ちゃんと自立したいんです。親孝行だってしたいし、九尾さんとか他の人たちにも恩返しがしたいんですよ」

 九尾はうっとりと目を細めた。

「いい子……なんで父親があれで、こんなにいい子に育つかね……」

 緒蓮は九尾をじっと見上げる。旧友としての言葉だとわかるが、父を軽んじる発言にちょっとイラっとしてしまうのは否めない。

「父さんはいろいろあれですけど、いい人ですよ?」

「知ってるよ。緒蓮がいい子すぎるんだよ」

「なんですか、それ……」

 と緒蓮が口をへの字にすると、九尾は「ははっ」と笑う。

 緒蓮もつられて笑った。

「父さんも九尾さんも昔は相当やばい人だったって聞いてます」

 父親の全身の刺青や、舌の形を思い出しながら、緒蓮は言った。

「うん、合ってる。俺もあいつも丸くなったよ。年かねぇ」

「あはは! じいちゃんやばあちゃんには二人ともわか御院ごいんとか坊とか呼ばれてるのに」

「ほんと、まいっちゃうよなぁ」

 ストローでジュースを飲む九尾を、緒蓮は不思議そうに見た。


「そういえば、どうして父さんと仲良しなんですか?」

 九尾は軽く目を見開く。

「なんで?」

「どうやって知り合ったのかなって」

 九尾は少し考えて、ぽつりと答えた。

「俺も寺入りしたことあるから。まぁ、先輩後輩みたいなもんかな」

「えっ?」と緒蓮が声を上げて、九尾はあわてて口をふさいだ。幸い、周りの席の客には聞こえていなかったようだ。

「しーっ! 大きい声出しちゃ駄目でしょ」

 緒蓮がコソッと聞く。

「じゃあ……父さんも九尾さんも修行したんですか?」

 九尾は苦笑しながら答えた。

「うん、まぁね」

「いいなぁ……」

「は?」と九尾がきれいな眉を上げる。

「だって、一緒に頑張ったってことですよね? なんか羨ましいなぁって」

 九尾は何も言わずに、緒蓮を見つめ返していた。


 話をしているうちに時間が経ち、緒蓮は面接へ向かった。

 九尾はそれを見送って、組員にやらせている店の様子を見に行くのだった。

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