第6話 女
ある初夏の日のこと。
うろうろしていると、額がじっとりと汗ばんでくる。
ファストフード店にでも入ろうか、でもお腹はそこまで空いてないし……と考えながらウロウロしていると、肩をぽんぽんと叩かれた。
「お姉さん♪」
知らない男がにっこりと笑って立っている。
「ええと?」
「お姉さん、暇なんでしょ? さっきからこのへんウロウロしてるもんね」
「えっ、いや、あの、自分は……」
ぐいぐい来られて、緊張で声が上擦ってしまう。
「いいお店知ってるからさ。ね? 行こっ」
強引に手を引かれた直後、緒蓮の背後に人の気配が。緒蓮よりもずっと高いところに頭がある。
「この子、俺の連れなんだよねぇ。お兄さん、何か用?」
綺麗な顔立ちをしているが、その銀色の瞳には有無を言わせない迫力がある。
「す、すみませんでした~」
変な汗をかきながら、緒蓮に声をかけてきた男は逃げて行った。
「
緒蓮はほっと息を吐く。
「緒蓮、こんなとこで何してんの?」
「面接の時間、一時間も間違っちゃって。時間つぶすのにどうしようって迷ってたんです」
「そこのカフェとか空いてんじゃん」
「お洒落すぎてひとりじゃハードル高くて……」
「じゃあオジサンと入る?」
「えっ、いいんですか?」
緒蓮の笑顔を見ていると、九尾も自然と頬が緩む。
店内に入り、その涼しさに緒蓮は息をついた。適当にドリンクを注文し、二人で向き合う。主に九尾が目立ってしまって、緒蓮は少し居心地が悪そうではあった。
「緒蓮は就活頑張るねぇ」
「ちゃんと自立したいんです。親孝行だってしたいし、九尾さんとか他の人たちにも恩返しがしたいんですよ」
九尾はうっとりと目を細めた。
「いい子……なんで父親があれで、こんなにいい子に育つかね……」
緒蓮は九尾をじっと見上げる。旧友としての言葉だとわかるが、父を軽んじる発言にちょっとイラっとしてしまうのは否めない。
「父さんはいろいろあれですけど、いい人ですよ?」
「知ってるよ。緒蓮がいい子すぎるんだよ」
「なんですか、それ……」
と緒蓮が口をへの字にすると、九尾は「ははっ」と笑う。
緒蓮もつられて笑った。
「父さんも九尾さんも昔は相当やばい人だったって聞いてます」
父親の全身の刺青や、舌の形を思い出しながら、緒蓮は言った。
「うん、合ってる。俺もあいつも丸くなったよ。年かねぇ」
「あはは! じいちゃんやばあちゃんには二人とも
「ほんと、まいっちゃうよなぁ」
ストローでジュースを飲む九尾を、緒蓮は不思議そうに見た。
「そういえば、どうして父さんと仲良しなんですか?」
九尾は軽く目を見開く。
「なんで?」
「どうやって知り合ったのかなって」
九尾は少し考えて、ぽつりと答えた。
「俺も寺入りしたことあるから。まぁ、先輩後輩みたいなもんかな」
「えっ?」と緒蓮が声を上げて、九尾はあわてて口をふさいだ。幸い、周りの席の客には聞こえていなかったようだ。
「しーっ! 大きい声出しちゃ駄目でしょ」
緒蓮がコソッと聞く。
「じゃあ……父さんも九尾さんも修行したんですか?」
九尾は苦笑しながら答えた。
「うん、まぁね」
「いいなぁ……」
「は?」と九尾がきれいな眉を上げる。
「だって、一緒に頑張ったってことですよね? なんか羨ましいなぁって」
九尾は何も言わずに、緒蓮を見つめ返していた。
話をしているうちに時間が経ち、緒蓮は面接へ向かった。
九尾はそれを見送って、組員にやらせている店の様子を見に行くのだった。
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