第5話 様大と九尾の関係

 緒蓮おれんも修行僧たちも寝静まった夜。庫裏くりの縁側で、二人の大男が酒を飲み交わしていた。夜空にはくりぬいたように明るく大きな月が出ている。その光を受けている縁側は、緒蓮が毎朝雑巾がけしてくれているのでピカピカだ。

「緒蓮、就活苦戦してるねぇ」

 九尾きゅうびは酒の肴である漬物をぼりぼりと嚙み砕きながらつぶやいた。様大ようだいもつまみながら言う。

「しょうがねぇ。あの体質は一緒に暮らしてる奴にしかわかんねぇしよ」

「そうだねぇ」

「無理に就活しなくたって、バイトしながら寺で暮らしゃあいいのに」

 九尾はおちょこに酒を注ぎ口をつけると言った。

「あの子、俺んとこに就職したらいいのになぁ」

「ん?」

「いや、だってさ。普通に就職するよりもここのほうがよっぽどいいし、閉じ込めておけば、世間の荒波にも揉まれないでしょ?」

 様大があきれた表情でため息をつく。

「お前なあ……」と九尾からおちょこを奪い取り、残った酒を一気に流し込んだ。そして、酒気を帯びた息を大きく吐き出す。


 九尾は返されたおちょこに酒を注ぐ。水面に映った月がゆらゆらと揺れている。

「それに、これは緒蓮のためでもあるんだよ」

 九尾は酒をくいっと飲んだ。

「あの子の『体質』を知ってる人は多いほうがいいでしょ? たとえば、ここの人間ならみんな知ってるわけだし」

「まぁな」と様大はおちょこを置いて答えた。「でも、あいつもなかなか頑固だからなぁ。あれはもう絶対に就職するぞ」

「あの子は賢いから。きっとすぐにいい就職先を見つけるよ」

 九尾がそう言うと、様大は酒を飲みながら笑う。が、そこには少しの寂しさも含まれていることを九尾は察した。

(お前も立派な親になったもんだな)と心の中でつぶやきながら酒を煽る。


「それにしても羨ましいもんだよ。緒蓮はハゲることなさそうで」

 その言葉を聞き、様大は九尾の額に目線を向ける。「お前、きてるもんな」

「うるせぇ! お前だって危ねぇだろ、この生臭坊主」

「俺はハゲたら潔く坊主にするんだよ」

「へぇへぇ、わか御院ごいん様はいいですねぇ~」

「はんっ、お前も坊って呼ばれてるんだから、誤魔化せなくなったらそれこそ坊主にすりゃあいい」

「まったく……ジジババはいつまでも子ども扱いで困るよ」

「まぁ、いくつになっても可愛いってのはわかるけどな」

「出たよ、親バカ」

 九尾と様大の口周りがよくなる。酒が入ったことと、お互いに遠慮なく話しているからであろうが。

「お前が養子とるって聞いたときは本当にビックリしたわ。実は俺の子だったりしないの?」

「お前の子だったらあんないい子に育ってねぇよ」

「それもそうか」

「おう」と様大は頷いて、また漬物をぼりぼりとかみ砕いた。


 おちょこの淵を舐めて、九尾が言った。

「で……今日はどうすんの?」

「ああ? わかりきったこと聞くんじゃねぇよ」

「息子が寝てるのにお父さんのエッチー」

「緒蓮、一度寝たらぜってぇ起きないんだよな。変なとこだけ俺に似たわ」

「仲のいい親子なこって」

 寺の奥にある様大の部屋へと向かうと、九尾がすぐに様大を押し倒す。様大は生意気そうに挑発するかのような表情をした。九尾が言った。

「本当にお前の体エロいわ」

「うるせぇ」

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