第4話 九尾

 九尾きゅうびという男が街中を歩いていると、とにかく目立つ。

 二メートルを超える身長は常に頭ひとつふたつ、飛び抜けている。

 普通に歩いているだけでウェービーな金髪が風になびき、そこいらの男たちは委縮し、女たちは色めき立つ。ぱっと見は外国人モデルかという出で立ちだが、見る人が見れば、まとっている雰囲気が堅気ではないことがよくわかる。若い頃からイケイケで、アラフォーになってからは渋さに磨きがかかり、さらに九尾の魅力を増大させた。


 普段は、都会のほうでやっている店の様子を見に行ったり、村で掃除をしたりしている。

 そして、暇さえあれば、寺に行って旧友である様大ようだいを冷やかしている。


 九尾は緒蓮おれんの就活の愚痴を聞いて、軽く笑った。

「もうさすがに就活も疲れた……」

「じゃあ、うちで働く?」

「いや、俺男ですし」

 はははと笑うが、九尾は冗談で言ったつもりはない。

 村の住民の中では九尾の家のことを知らないものなどいないからだ。九尾の親は、村の権力者──と言えば聞こえはいいが、ヤクザだった。もちろん表立ってヤクザであることは言われない。それに、村の祭りには九尾を含めて組員たちも積極的に参加していたこともあり、住民との関係も至って良好だ。

「それに、もうこれ以上迷惑はかけられないですよ」

「誰も迷惑なんて思ってないんじゃない? 緒蓮のことみんな大好きだし」

「でも、それは俺が子どもに見えてるからですよ。もっと大人になったら迷惑になる」

「そんなこともないでしょ」

「ありますって!」と緒蓮は語気を強めて言った。が、ハッとして、九尾から視線を外すと、小さくため息をつく。

(おやおや)と九尾は心の中でつぶやく。今まで見たことのない表情だった。どこか不貞腐れたような表情だ。まるで駄々をこねる子どものようでもある。

 九尾も緒蓮を小さい頃から知っている。彼がこんな態度を取るということは、何かあったのではないか。

(これはちょっといじわるしたくなっちゃったかも)

 良識のある大人なら、ここで引くものだが、九尾はそれに当てはまらない。

「じゃあ、俺がもらってもいい?」

「え!?」と驚いた顔で緒蓮が振り返った。その顔を見て、九尾はさらに笑顔になった。

(こういうところはまだまだ子どもだな)と心の中で舌なめずりをする。


 そんなタイミングでちょうどよく電車がやってきたから、ふたりして乗り込んだ。

 真昼間の電車の中はガラガラで、ふたりは並んで座った。

「まぁ、もらってもいいっていうのは冗談だけどさ」

 緒蓮のびっくりした顔は、九尾にとって満足のいく反応だったが、これ以上詰めるのもよくないと話を切り替えた。

「本気にした?」

「そんなわけないじゃないですか! もう! 九尾さん、人をからかうのもいい加減にしましょうよ!」

 緒蓮は顔を真っ赤にして抗議をするが、九尾は涼しい顔をして受け流す。

「でも、まぁ」と九尾は言った。「冗談とはいえ、俺の家で働くっていうのはいい案かもよ? 緒蓮は頭もいいし、礼儀もしっかりしてる。意外とそういう奴ってうちじゃ重宝されるしね」

「あー、はいはい。九尾さんもお世辞がうまいですね」と軽く受け流す緒蓮だが、実はまんざらでもなさそうなのが見えて、九尾は笑う。

「まぁ、気が向いたらいつでも言ってくれていいよ」


 そうこうしてる間にも電車が目的の駅に到着したため、ふたりはホームに降り立った。

 村にはいまだに九尾のことを「坊」と呼ぶ老人たちがいる。

「おや、坊。おかえり」

「ただいま、おじさんおばさんたち」と九尾は軽く手を挙げて答える。

 老人たちにとって寺の「わか御院ごいん」と、お屋敷の「坊」は手のかかる兄弟のようなものだった。「若御院」の養子である緒蓮も同様に可愛がられている。

「おや、今日は緒蓮ちゃんと一緒か」

「そうなんよ。緒蓮ったら就活で疲れちゃったらしくて、ちょっと息抜きにね」

「あらまぁ、大丈夫? お菓子食べる?」

 緒蓮は「ありがとうございます」と老人から受け取ったお饅頭をほおばる。美味しいと頬をいっぱいにする彼に、老人たちの目尻が落ちていく。

「緒蓮ちゃんが都会に出てっちゃうのも時間の問題かねぇ」「坊も寂しくなるわねぇ」と口々に言われるが、九尾は笑顔で受け流す。

 そんなタイミングで九尾のスマホが鳴る。

「はいはーい。 なに? ああ……うん、わかった」と電話の内容に短く受け答えをして電話を切った。

「じゃ、俺は行くね」と九尾はあっさりとした別れの挨拶を残して去ってゆく。あまり引き延ばすことをしてはいけないからだ。その引き際の良さは、緒蓮が九尾を「大人だなぁ」と思う部分でもあった。


 屋敷に戻った九尾を舎弟が出迎えた。

「オヤジ、カズの奴がまたやらかしました」

「聞いた聞いた。っていうか、またぁ〜? これで何回目よ?」

「三回目です」

「仏の顔も三度までって言うからねぇ」

 九尾はため息をつきながら脱いだ上着を預ける。

「どうします? 連れてきますか?」

 若い頃の九尾であれば意味のない殴る蹴るも当たり前だったが、大人になって年齢を重ねてからは手を出すことが極端に少なくなった。というよりも、手を出す必要がなくなったと言ったほうがいいのかもしれない。

「いや、いいや。その代わり……」

 九尾はそいつをじっと見据え、ゆっくりと穏やかな声で諭すように話しかける。

「次やったら寺行きって言っといて」

「は、はい」と舎弟が返事をし、カズのいる部屋へと小走りで向かう。いつもは飄々としている九尾がそんな風にすると、誰もが本能的な恐怖を感じるらしい。


 九尾は自分の部屋に向かいながら、自分の過去を回顧する。

(そういえば、俺も昔はやんちゃしてたなぁ)

 ヤクザの息子らしく、子どもの頃は本当にどうしようもなかった。本職である親が手に負えないからと、あの寺に放り込まれるような始末だった。

 まぁ、九尾はその後うまくやって寺から抜け出して、今では組長をしている。

 九尾が組長になったのは、あることがきっかけでもあった。

「結局、様大には言えなかったなぁ」と九尾はぼそりとつぶやいた。

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