第2話 寺の日常
青空をそのまま映している田園が広がる田舎道をずっと進んで、山道へと入っていく。
その山道の少し開けたところに村があり、その村からさらに山道を進んでいくと大きな寺がある。
涼しい早朝、この寺で住職をしている
掃除が終わると本堂で朝の読経をおこない、朝食後、修行僧たちは座禅を始める。
様大は真新しい警策で軽く自分の肩を叩きながら、修行僧たちをひとりひとりよく見ていく。曲がった片足を引きずり、ひどくガラの悪い歩き方である。前代の警策は長年受け継がれたものだったが、この間反抗してきた修行僧を殴った際にポッキリと逝ってしまった。
欠伸をしながら「パチンコ行きてえ」とボヤいている修行僧。その隣の奴はヤニが切れたと呟きながら、イライラするように貧乏揺すりしていた。こいつらはまだ寺入りして日が浅い新入りだ。
(環境を変えた程度、一回やり合った程度で、態度も考え方もすぐには変わんねえよな)と様大は内心毒づく。
また別の新入りは「クソ、ヤリてえな」と呟きながら隣のやつに話しかけた。そいつはここに来て日が経っているからか、相手にしていない。
小声でもひとけのない山寺では声が響く。
(馬鹿め、ヤる前にヤラれるんだよ、手前みたいな軟弱ヤローは。下らんことを言ってねぇでお行儀よくしてろよ、メンドクセーな)
「雑念まみれじゃねぇか」
様大はそう言うと、ひとりの肩をパンッと警策で叩いた。叩かれた修行僧は「痛っ!」と声をあげて、肩を手でさすりながら顔をしかめて「あ?」と様大を見上げる。が、様大が舌打ちし睨みを利かせるとすぐに頭を下げる。
その様子を見ていた他の新入りたちも慌てて瞑想に戻った。きちんとしているやつらはスッと背が伸びる。
(こいつらに何時間も瞑想させたところで何にもならねーな)と心の中で毒づきながら、その後も、「パンッ」「パンッ」と乾いた音が響く。
座禅が終わると、まるでタイミングを見計らったかのように村人がやってきた。
腰の曲がった白髪の老人だ。
「じじい! 山道は危ねぇから用があるなら電話しろっつたろ!」
「いんや、こうやって体を動かさんとボケるからなぁ」
とサンダルで石畳を踏みしめる。
「もうボケてんだろ」
「あっはっはっ、
様大は唇をへの字に曲げる。
「若御院っての、もうやめろよな。こちとらもういい年したおっさんだよ」
「わしからすりゃあまだ小童よ」
腰で手を組んだまま笑う老人に、様大は小さく溜息をつく。昔から彼に言葉で勝てたことがない。反論を諦めた方が身のためだろうと思いつつ、無念さに肩を落とした。
「まったく……で、今日はどうした?」
「それがのぉ……わしの孫がこの寺の世話になるかもしれん」
「あー、前に言ってた奴か。……もうどうにもならんか?」
「ならん。あれはどうしようもないわ」
老人のやり切れない顔を見て、様大は頭をかいた。
「わかった。連れてくりゃあ、俺が根性叩き直してやる」
「すまんな」
この寺は住職である様大を含めて、修行僧たちも全員が根っからの悪人だった。そこらの不良というレベルではない。更生の余地がない人間だけがこの寺に放り込まれる。
様大はこの寺で住職の地位を手に入れ、日々修行僧たちをしごいていた。最初は尖りきっていた輩も、蛇のような見た目の様大を目の前にするとさすがに屈するしかなかった。
もちろん、寺から逃げ出すと村総出で捕まえられ、それなりの制裁を受ける──という事実も大きな枷となってはいたのだろう。
正統派の寺というわけではないものの、村からは重宝されているし、寺の中での生活もそれなりに平和ではあった。
様大が夕方の読経をおこなっていると、少し情けない声が本堂に響いてきた。
「父さーん、ただいま~」
様大は読経を途中でやめて、すぐに声のするほうへと振り返った。
「
普段は厳しい眼光を持つ様大だが、息子の緒蓮を見るときだけは優しくなるのだ。
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