第51話 廃校へ

 路地裏を後にした俺達は、被害にあった女性を羽根宮神父の教会に運んだ。

 突然の来訪に驚いた神父ではあったが、事情を説明すると、表情一つ曇らせず快く引き取ってくれた。

 しかし、女体の体を目にすると、


「救えるかは分からない」


 と、珍しく残念そうな顔も見せていた。





 そして、教会に女性を預けた俺達は昨日と同じように化け物退治を始めることにした。

 夜は少しの時間でも惜しい。それに今はあの人のような犠牲者を少しでも減らすために動かなくてはいけない。そう俺は思った。


「......」


「......」


 目の前を歩く冴島さんの背中を追いかける。

 今日は会話が無い。いつもなら明るく話し掛けてくれる冴島さんだが、今日は全くの沈黙。口は開く気配を見せない。


「–––––––」


 そんな中ふと、空を見上げた。沈黙が耐えきれなかった。

 ......曇っている。

 普段なら輝いている筈の夜空の光は、分厚い雲に遮られてしまっていて、見えない。

 この分だと、今夜からもう雪が降り出しそうだ。そんな気がする。けど......なんだか、こんな空が寂しい、気もする。でも、それは多分気のせいだ。月の無い夜なんて、馴染みある筈だろう?


「ねぇ、南くん」


 静寂が断ち切られる。

 視線を正面に戻すと、目の前で揺れていた赤い髪の隙間から、一瞬だけチラリと赤い片目がこちらを覗いていた。


「なんだ? 冴島さん」


「いや、特に何も。呼んでみただけ。大丈夫かなって思って」


 柔らかい感じで彼女は口にする。

 意味の無い声掛け、意味の薄い言葉の羅列だったが、その真意は明らかに俺を心配してのものだった。


「......さあね。自分でもよく分からないのが現状だ。頭と体、それと心、全部が別々になってるみたいな感覚だ。ぐちゃぐちゃだよ」


「無理もない、でしょうね。強がって自分は平気だって言わないあたりまだいい方だわ。まっ、どちらにせよ嫌でも付き合ってもらうことになるけどね」


「だろうな。自分から手伝うなんて言っておいて、やっぱり嫌だからやめるなんていうのは都合がいいにも程がある。口が裂けてもやめるなんて言わないさ」


 そうだ。やめるわけにはいかない。

 義務なんかじゃなく、これは俺の意志でやっていることなんだから、絶対に続ける。俺の気持ちだったり意志だったり、命なんかよりも、冴島さんの方が大事だ。ここまで来てやめる選択肢は、俺には無い。


「そ。ならよかった。私としても君にやめられるのは流石に寂–––––––あ、いや、デメリットの方が多いから。できるならやめて欲しくはない、かな?」


 途中で切り、あえて言い換えたようで、妙に早口。そして苦笑いに似た優しい笑みを俺に少しだけ見せる。

 何故不自然な感じになったのかは分からないが、冴島さんから見て俺の存在が有益に捉えられているのであれば、これ以上の喜びはない。

 俺は聞こえるような小声で「よかった」と呟くように口にし、その後も冴島さんの後を追いかけた。






 外世界の寒さがピークに達した時。

 それは、見えない月の位置が真上に昇った時。

 俺達は本日の狩場に到着した。

 いつもならば路地裏であることの多い狩場なのだが、今回は少しばかり–––––––いや、ガッツリと違う場所であった。


「ここ、廃校、か?」


 俺は目の前にそびえ立つ巨大な建物を見上げながら声を上げた。


 そう、廃校。今回の狩場である。

 場所は住宅街の外れ。山傍にひっそりと立てられ、息を潜めるように存在する無人の建物だ。

 サイズは巨大。時代を感じさせる外壁は少し黒ずんでおり、不気味。運営していた頃の名残か、窓から覗ける校舎内には過去の残骸が未だに残っている。


「そうそう。ここが今日の狩場になる旧緑崎小学校。30年くらい前にあった児童猟奇殺人事件が原因で手放された過去の亡骸ね」


 俺の隣に立つ冴島さんは、同じように見上げながら平然と答える。

 殺人事件というワードが際立っていて、謎の悪寒が妙に増してくる。


「......ここ、絶対心霊スポットだろ?」


「あれ、怖かった? お化けとかいけない口?」


「いや、完全拒絶する程じゃないけど、抵抗は多少なりともある。怖くは、なくはない、かも......?」


「なぁーんだ。南くんも可愛いとこあるじゃん。幽霊とか、苦手なんだねぇ~?」


 曖昧な答えで察したのか、馬鹿にするように言ってくる冴島さん。イタズラするような、小悪魔的な表情を浮かべながらの一瞥である。


「......今は俺のことなんて、関係ないだろ? それよりも本当にここに奴らが潜んでるっていうのか? 住宅街からは少し外れてるけど」


「あ、話切り上げた。まあとりあえず、その話題は追々いじるということにして。–––––––うん、そうね。ここに奴らはいる。しかもかなりの数。化け物達にとっての根城と言っても過言じゃないくらい、3、4......いや、50くらい溜まってる。町に潜むほとんどと言ってもいいかもしれない」


「そんな数が、ここに?」


 にわかに信じがたい情報に俺は耳を疑う。しかし、冴島さんの顔は真剣だ。


 再び視界に校舎を映す。

 人の気配はおろか、生物の存在すら感じ取れない。沈黙は保たれており、物音一つ聴こえない。

 全てはあくまで過去のもの。人も物も何もかもが、この廃校が過去から現在に渡る旅の際に消え去っている。


「化け物の魔力の残滓。いつもなら事件があった現場で残滓を分析して、潜んでる場所をあみだくじみたいにあぶり出してたんだけど、その潜んでる場所すらも仮拠点に過ぎなかったっぽい。本命の拠点はこっち。残滓の流れは、全部がここに集中してた。厄介なものだけど、ここを攻略できれば–––––––ほとんどを根絶やしにできる」


 赤い長髪が風で揺れる。

 雰囲気が完全に変わる。

 校舎を睨みつける。

 いつもの戦闘モード。彼女が殺意を剥き出しにしている状態である。

 この状態の彼女はやはりいつ見ても鳥肌が立つ。自身にその矛先が向けられていないだけで幸運に思えてしまう。

 –––––––けれどそれは同時に、揺らぐことのない頼もしさの象徴である。


「じゃ、行くよ南。今回は君にも、いつも以上に働いてもらうから」


 ギッと。抑えの効かない殺意の目を俺に向けてくる。

 一瞬、俺はその目に恐怖するが、


「......ああ、分かってるさ」


 頷く。

 ぎこちなさはあるが、本心からの頷き。拒否なんてするわけがない。何せこの身は、彼女に捧げているのだから。


 そして、俺達は廃校舎に足を進めた。

 迷いなんて当然無い。今更なことだ。気にすることなんて、脳が焼き切れないようにするくらい。故に、何も無い。


 –––––––けど、脳裏には何故か、犯される女性の姿が焼き付いている。

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