第50話 化け物の正体
目の前に降り立った冴島さん。
彼女は呆れたような、冷めたような目でこちらを見下ろしている。
見慣れた目ではあるが、今回はいつも以上の冷め具合であった。
しかしその目線は俺ではなく、主に今さっきほど赤ん坊に犯されていた女性へと向けられている。
「......」
俺が今しゃがみながら支えている女性にはやはり反応は無い。肉体的にも精神的にも疲弊してしまった為に気を失ってしまっている。
そんな女性の姿を、冴島さんはやはり凝視している。
なんの意図があり、何を思っているのか。俺にはさっぱりだ。
「やっぱり、そういうこと......」
何かを察したかのようにそう呟き、冴島さんは目を細める。
俺は制服の上を一枚脱ぎ、女性の下半身を隠すように掛ける。
そして立ち上がり、たたずむ冴島さんに真っすぐ視線を向けた。
「そういうことって、どういうことだよ。俺が見たものは、一体何だったんだよ」
「......」
冴島さんは口を開かない。目すら向けてくれない。気を失う女性に視線を向けたままだ。
–––––––無視、するなよ......!
「黙っていないで、なんとか言ってくれよ。分からないし、理解できないんだよ、さっきの光景が。俺には、何も......」
先程の光景。
女性が赤い赤ん坊に無理矢理犯されていた異様な光景だ。
気持ち悪くて、怖くて、狂っていて、だから分からない。
一体なんだったというのか。あの、俺の目にしたものは......
俺が聞いても尚、冴島さんは黙り込む。
しかしやがて、その瞳を俺の目線と合致させる。
そしてとうとう口元を緩めた。
「......君が見たもの、それは–––––––赤い化け物の誕生よ」
告げられる解答。そして事実。
だが、まだ脳は混乱している。俺は自分から聞いたくせにその意味を上手く理解できなかった。
いや、自然と理解することを脳は拒んだ。
「化け物の、誕生......?」
故に復唱し、再度深く尋ねた。
「そう、誕生。つまり、さっき君が見た一連の行為は、赤い赤子がその女の人を赤い女体にする為のものだったってこと。だから誕生。化け物の、誕生」
言いにくそうに、しかしハッキリと口にする冴島さん。その目は冷静をかと思いきや、微かな怒りと苛立ちを感じられた。
......不思議と、理解はすんなりとできてしまった。
だって、今思い返してみればこの女の人が犯されていた体勢、その姿はまさに四つん這いで動く赤い化け物そのものなのだから。というか、目にした時点でそう見えてしまっていたのだから。
けど当然、その真実を聞いて平常を保っていられる筈もなく、
「この人を、化け物に? それじゃあ赤い女体は、俺達が見てきた化け物は、全部が人間、ってこと......?」
声が震えだす。視線が揺らぎだす。
「赤子に関しては未知の部分が多いけど、赤い女体の正体は元人間ね。今まで私が殺して、君が殺してきたのも全部が全部、人間。人間の女性よ」
再び彼女は女性に目を向け、真実を突き付けてくる。
けど、俺は見ることができない。さっきから、気持ちが悪い。
「じゃあ、赤い化け物がやってたことは、人が、人を喰ってるって、そういうことだって、冴島さんは言うのか」
言葉が上手く繋がらない。
落ち着いてきてはいるものの、未だに焦りと混乱が消えることはない。パニックであるこたに変わりはない。
冴島さんは俺の問いを聞くと、目線を虚空へと向け、答えた。
「言うというか、それが事実だし、真実だし、現実。まあ、変わってしまったら、もう人間とは呼べないけど」
ばっさり切り捨てるような彼女の言葉。容赦の無い、それでいて–––––––それでいて、正しい筈の認識。
俺も、そう思–––––––でも、
「人間じゃないって、そんな」
否定したい否定したい否定したい否定したい否定したい否定したい。
けれど、冴島さんは首を横に振る。否定の願いを否定してくる。
「人間じゃないの。どう足掻いても、なっちゃったらね」
仕方がない。要はそういうこと。
そういうことで、まとめられてしまう。
言い終わると、冴島さんは前へと踏み出す。
目の前でたたずむ俺に近づきだす。
「......」
対して俺は、視線を逸らした。今はもう、何も見たくない。見られない。
彼女は目の前に立つと、そのまま足元で気を失ったままの女性にしゃがみ込む。
そして、俺が掛けてあげた制服をはぎ取る。女性の下半身が再び外の世界に晒される。
冴島さんはその下半身を目にしながら言った。
「南くん、これを見て。いや、見なさい。目を逸らさずに、しっかりと」
命令口調。しかも少し強めだ。
俺はずらしていた眼球に無理矢理力を入れて動かし、言われた通り足元にある光景を視界に入れた。
「–––––––」
そこにあったのは、赤だった。
肌色から赤色へ。変色してしまっていた女性の下半身の肌は、未だに赤い色に染まり続けていた。
行為中に進行していた赤の浸食はもう見受けられないが、反対に治る気配も一切無い。まるで、あれから時が止まっているようだ。
「行為によって”変換”が始まった瞬間、こんな感じで被害者の肌に赤ん坊の”赤”が浸食する。赤は狂暴性の象徴。この色が全身に回った場合、被害者は人間じゃなくなり、人肉を求めて赤ん坊と共に彷徨い始める。–––––––これが化け物の正体。奴らは、私達と同じ人間だったってこと」
腹立たしく、一方で呆れるように説明する冴島さん。
声は落ち着いているが、心は平穏ではなく。めくり上げている制服をガッシリと、力強く握りしめている。–––––––冴島さんも、内心では怒っているようだ。
「加えて面倒なことに、一度変色を始めたら多分もう元には戻れない。一応、教会に運んで調べてもらいはするけれど、この人が無事に救われるかどうかは私にも分からないわ。......ま、そういうことだから、最初はとりあえずこの人を教会に運びましょ。だから南くんも手伝って」
冴島さんはそう言うと女性を担ごうと動き出す。–––––––俺の返事も聞かずに。
しかし、俺の中には、まだ疑問が残っている。
故に、俺はちょうど背中を向けた彼女の肩に手を置き、「ちょっと待って」と一度その動きを止めさせた。
「......何、南くん。急ぐんだけど」
背を向けたままの彼女から、波の無い声が響いてくる。少しだけ、鳥肌が立った。
でも、引くわけにはいかなかった。今は恐怖よりも疑問の方が強い。故に–––––––
「なんで、俺にそのことを言わなかった? 赤い化け物の正体が人間だって–––––––それでいて、俺達は人間を殺し続けていたって、どうして」
口にする疑問じみた文句の言葉。喉は未だに震えている。
彼女は背中を向けたまま首だけを少し動かし、背後にいる俺に目を向ける。
そして言う。
「仮説だったのよ、今まで。あくまでこれは私の憶測だった。不確定要素が多かったからね。だから言わなかった。混乱を招くだけだし」
「でも......いや、それは分かるけど、それでも......」
何かしら、言ってほしかった。何かは分からないが、そういうことを全く言わないで分からないままなのは、嫌だった。
冴島さんは続ける。
「けど、それは私が言おうとしなかった理由の3割。もう7割は別の理由だよ」
「別の、理由......?」
首を傾げる。
これが、理由の3割......? じゃあ他は、なんなんだ。そんな、俺に言えないくらい重大な理由があるっていうのか?
冴島さんは一度瞳を閉じる。そしてしばらくして再び目を開き、まっすぐと俺を見つめ、言った。
「別の理由。それはね–––––––化け物の真実を知ったら、君はきっともう奴らを殺せなくなるだろうと思ったから」
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