第34話 美恵子の仮説

 手足を外し、寝台で横になっている間、私はボーっと天井を眺めていた。


「......」


 当然、たいして面白くもない。退屈だ。

 でも、喋る理由もない。

 神父は机の前で私の義肢のメンテナンスに没頭。

 真矢とは......特に喋る必要性もない。というか、喋って神父の集中を削いだりするわけにはいかない。

 なので、ずっと無言。カチャカチャと義肢から響く修理の音以外、何者もこの沈黙を破ることはなかった。


 ......だが、修理を初めて何時間か経過した頃。

 義肢の修理を続ける神父がこちらを向かずに口を開いた。


「冴島さん。何か、ラジオ感覚で喋っていてもらえますか?」


 弾ける金属音に混じって響く声。

 落ち着いてはいるが、少々荒れている。


「何故? 今絶賛大集中してるところじゃないんです?」


「先程までしていましたが、たった今切れました。頭の回転と手の精密動作が鈍くなってきています。いつもならこんなことあったりしないのですが、今回の義肢、特に義手の損傷が特別に酷い。そこで、気晴らしにでもやってくれませんか? 当然、受け答えくらいはしますので」


 神父はこちらに背を向けたまま顔を見せない。

 故に、いつものようなほほ笑み顔をしているのか、珍しく険しい顔なのか、もしくは真顔なのか。その詳細は一切確認ができなかった。


 まあ、とはいえだ。

 神父には義手義足のメンテナンスをわざわざやってもらっているのだ。この程度の要求に答えないのはあまりにも傲慢だ。

 私は神父に見られていないが、彼の要求に頷いた。


「分かりましたよ。じゃあ、今回の騒動に対する私なりの考察、仮説について話しましょうか。まあ多分、ほぼ確ではありますけど」


 天井を向きながら私は言う。

 そして、今回の一連の騒動について、続けて話し始めた。


「–––––––今回、ここ緑崎の繁華街で発生した一連の騒動。突如現れた赤い化け物とはまた違った新個体......私がその場のノリで”白い怪物”と呼んだ異形の存在について。今のところ判明していることは、”二足歩行の人型である”こと。それと、”背中に触手のような独立個体を使役していた”こと。それから、”常時強力な魔力障壁が展開されている”こと。……これらの情報は、昨日電話で伝えましたけど、覚えてますよね?」


 受け答えする、と言っていた神父の反応を一度確認する。

 作業中であるが故に難しい話はできるだけ避けたかったのだが、生憎、今話せる話題はこれしかない。

 すると予想外にも、神父はすんなり「はい」と返事をした。


「もちろん覚えています。当時、現場にあった監視カメラの映像を、警察内部にいる内通の者を経由して実際に拝見もしました。映像越しではありましたが、背中がゾクゾクしちゃいましたよ、私」


 そうやってクスリと笑いながらも、彼が作業の手を止めることはない。

 脳が二分化しているのか? と根っからのツッコミを入れたかったが、一応やめておいた。


「とりあえず、怪物について目に見えて確定している情報はその3つ。でも、ここ数日の間、私なりに導き出した仮説があります。それは、、というもの」


「……ほぅ? あの赤く醜い化け物からですか……根拠をどうぞ」


 興味深そうに相づちし、神父は理由を問うてくる。

 私は答えるように続けた。


「まあ、簡単に言えば、赤と白の2つの個体を比べた時、その共通点が多かったってところがまず1つ。強さとかは置いておいて、”人を食べる”、”不気味に笑う”、そして”魔力の質”......項目ごとに並べてみると、明らかにこの2つの個体は似すぎている」


 脳裏に思い浮かべるのはあの2つの赤と白の個体の姿。

 その行動をシミュレートしてみると、その性質は全く同じ。過程はそれぞれで違うが、結果はやはり全くの同じ。結局は笑いながら人を食べて終わっているのだ。


 神父は今の話を聞くと「ふむ」と声を漏らす。そしてとうとう手を止めた。


「魔力の質......調べたのですか?」


 ちらりと寝そべる私に目を向ける神父。冷たくもないが、温かみも感じない目である。どうやら疲労は隠せないようだ。


「調べましたよ。赤い方に関してはいつも調べてますし、白い方は戦闘後にちゃちゃっと」


「そうですか......でも、それだと根拠としてはいささか弱い。当然まだ、ありますよね?」


 試すように、引き出すように、神父は聞いてくる。

 私は続けた。


「......根拠としてはもう1つ。それは、赤い化け物の体内に蓄積された魔力量にあります。奴らの魔力量は、最初に私が遭遇した時よりも明らかに多くなっていた。それはもう、人型の人間サイズでは蓄えきれない程。個体差等の問題もあったとは思いますけど、流石にあれは何が起こってもおかしくない。それに、赤い女体と赤い赤ん坊の定位置的にも考えると、あれはまさに–––––––」


「–––––––交配、である。つまり、女体と赤子による日常的な性行為。その子種が、女体の体内にある卵子、そして莫大な魔力と混ざり合い、生まれた存在。それが、あの白い怪物である、と?」


 言いかけるのと同時に、神父が食い気味で言葉に乱入する。

 私がそれに対し「は?」といった感じの声を漏らすと、神父は片目を閉じ、フっと鼻を鳴らした。


「冴島さん、貴方は女性です。流れ的に仕方がなかったのかもしれませんが、そういったデリケートな言葉はお控えを、ね?」


 人差し指を口元に当てる神父。ちょっとセリフと格好が似合っているのが少々ムカつく。


「......メンテナンス、終わったんです?」


 呆れるように確認する。

 修理の手は既に止まっている。放っておいてぺちゃくちゃと喋っていたのだから、当然終わっていてしかるべきである。


 そんな私の問いに、神父は「ふう」と肩で息を吐き、答えた。


「はい。どうにか、ですけどね。外部装甲に内部の電線、歯車、人工筋肉、魔術陣も変に傷ついていたので、一通り直しておきました。これで以前と同様。全て元通りです」


 神父はそう言うと、義手を手に椅子から立ち上がる。

 そして寝そべる私に近づき、カチャリと肩の接続部に差し込んだ。

 それに続き、傍で待っていた真矢も接続作業に参加する。


 ガチャリ ガチャリ


 部屋に響く金属同士の心地良い連結音。

 やがて、修理され接続された黒い義肢達は、再び私の失った手足の再現を始めた。


「これで接続完了。どうです? 動きの程は?」


 問題ないか、と神父は確認してくる。

 私は寝台から起き上がり、地面を踏んで大地に立つ。

 そして、手足のそれぞれの可動を確認し、そのまま勢いを付けて宙返り。


「フッ」


 視界が反転し、風のない部屋に風速という概念が生まれる。

 赤い長髪が舞い、その先端が赤い円を描きだす。


「–––––––」


 体の軸を正位置に戻し、膝を曲げながら着地する。

 動きは......一切問題なかった。


「大丈夫です。これなら問題なくやれます」


 私がそう言うと、神父はうんうんと満足に笑みを浮かべた。


「それはそれは。私としても嬉しい限りです。ほっとしてます。これで、


 ニコニコで口にされる言葉。

 私はその言葉に違和感を覚え、ハッと一瞬固まった。


「......戦力......今、増えたって言った?」


 不気味な笑みを絶やさない神父に問う。

 その問いに、神父は頷く。


「はい、言いました。って、あれ、言ってませんでしたっけ? 実は今、?」

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