第33話 黒い義肢
「なんだよ......俺を置いてきぼりにしてさ」
文句を吐きながら、俺は祭壇前に並べられている長椅子に1人腰を掛ける。
1人の礼拝堂。静かな空間。正直、こんな荘厳な所で1人というのは落ち着かない。
「......やっぱり、誰も来ないか」
礼拝堂には誰もいないし、誰も来ない。
詳しいことはよく分からないし、実際に見たこともないが、宗教に準ずる者はこういった礼拝堂(?)でお祈りを捧げるらしい。
ネット知識なので本当に詳しくは知らないが、確か日本だと日曜日にやるんだとか。
だからなのか、礼拝堂の扉が開くことはない。無音で不動である。
「はぁ。余計に1人にしないでくれよ、まったく」
孤独だ、と言わんばかりの溜息を一つ。
別に1人なのが嫌というわけではない。冴島さんに出会うまで、自宅ではいつも1人だった。 故に馴れている。
だが問題なのは、こんなある意味で落ち着きがない所に置いて行かれたということだ。
気持ちの落ち着きは非常に大事だ。けれど、これでは落ち着きもクソもない。神秘の騒音である。
それと、俺に対して秘密にしたい話というのも気になる。
魔術についての話だろうか? 確かにそれならここに俺を置いて行く、というのも分からなくはない。
「でも、だったらちゃんとそう言ってくれればいいんだけどなぁ。あんな紛らわしく強引に切り上げなくても......」
疑問も不満もあるし、納得もいかない。
......しかし、そんなこと言っててもしょうがないのも事実。
俺は、とりあえず貰ったジュースでも飲んで気を落ち着かせることにした。
...
南くんを置いて、私と真矢は道をズンズンと進んでいく神父の後を追う。
相変わらずではあるが、この教会は無駄に広い。故に、礼拝堂奥へと伸びている渡り廊下も無駄に長かった。
「ところでですが冴島さん。彼、礼拝堂に置いてきてよろしかったのですか?」
歩く中、神父は私を一瞥する。
”彼”というのは南くんのことだろう。
私はその問いに頷いた。
「見せたくないんですよ、私のあの姿。怖がられちゃかなって思うと、流石の私も悲しいですし。だから、できるだけ見せたくないんですよ」
「そうですか......まあ、貴方がそれを望むのなら良いのですが、5時間ほど彼を放置することになりますよ?」
「そこは心配なく。渡したジュースには催眠薬入れてあるから、しばらくはぐっすり夢の中。なので待つに待てなくなって突撃ぃとかしてこない筈です、多分」
「神前で彼を爆睡させるつもりですか、貴方は」
罰当たりだ、と言いかけたが、口には出さず。やれやれと笑いながら呆れた。
やがて、私達は教会奥の小さな部屋に到着する。
石レンガで隔てられた薄暗い正方形の空間。
そこには窓がなく、あるのは見るからに固そうな寝台と、部屋隅に設置された机椅子。
そして壁には、たくさんの工具がぶら下げられていた。
神父は部屋に入ると振り返り、開いた手先で寝台を示しながら言う。
「それでは早速、寝台の上へどうぞ。それと、分厚い衣服を脱ぎ、《手足を外してください》」
いやらしくも不気味な笑顔。
だがそこに劣情は無い。あるのは職人精神のようなもののみだ。
彼は、私の体に対してこれっぽっちも興味はないのだ。
それは、残念などという落胆ではなく、むしろ感謝である。
私は指示されたように寝台の上に座る。
そして、衣服を脱ぎ、ジャケットとジーンズの下に隠された黒い異物を露出させた。
黒い異物。正確には言えば黒い義肢。
それは過去に切断された手足の代わりに両肩、両太もも部分から伸びている。
人間の手足としての形、性質、動き。それらを人工的、魔術的に模造しているのだ。
「......」
私は自身の赤い髪を払いながら、黒い手を太ももに取り付けられた義足の接続部に伸ばす。
カチャカチャ カチャカチャ
接続部のキャップの締め付けを緩め、私は片足を取り外そうとする。
そんな私に、傍にいた真矢が近づいた。
「お嬢様。お手伝いいたします」
「ん? ああ、お願い」
その言葉に頷いて承諾し、真矢の手も借りつつ義肢の取り外し作業を進めていく。
......やがて、義手義足の取り外しを終えた私は、座ることすら困難になったので、寝台に身を倒した。
手足がなくなり、一気に無力と化す私の体。
化け物を殺して町を飛び回っていた女は、所詮は手足のない無力な存在であった、ということである。
取り外された義手と義足は神父によって回収され、壁に吊るされる。
まる牛肉や豚肉の加工工場だ。ここに来る度に、無力になった私はこのまま包丁で捌かれてしまうのではないかという不安に駆られてしまう。当然、そんなことはあり得ないと分かっているとしてもだ。
そんな私に、神父が上から顔を覗かせる。
「それでは、義手義足のメンテナンスを始めます。いつものように時間が掛かりますので、ご了承ください。でも、できるだけ急ぎます」
下から見上げる神父の顔。
正直言って屈辱的に思えてしまう。
だが、そんなことを言っても仕方がない。私はそれに頷いた。
「おねがいします」
そして、私の黒い義肢のメンテナンスが始まった。
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