第27話 特攻
単独での特攻作戦。
交差点の中心部で佇む白い怪物に俺が1人で接近し、その首を刀を利用した能力の行使で斬り、殺す。
それ以上でもそれ以下でもない、言葉のままの決死の策である。
……当然だが、この策は無謀に近い。リスクは当たり前にあるし、しかも、接近するのに当たって1つ条件がある。
それは、怪物の目の前に接近するまで能力を使用してはいけない、というものだ。
理由としては、能力を使用してそれを見られた場合、怪物に警戒されて接近できないかもしれない、ということだからだ。
故に、能力を複数回使用できる程度の射程範囲まで、能力は封印しなければならない。
……恐らく、奴は先程自身にダメージを与えた存在が俺なのだということを知らない。
俺が殴った瞬間に気絶したので、そもそも俺の姿すら確認していないのだ。
故に、今の奴にとって俺は非力で軟弱な存在。冴島さんと同様に、平然と見下される対象なのだ。
……と、冴島さんが言うにはそういうことらしい。
とにかく、俺は能力を使わずに警戒されることなく接近し、白い怪物の首を斬らなければならない。たとえ怪物が、どんな動きをしだしたとしてもだ。
–––––––ここに関しては、冴島さんからのバックアップを信じるしかない。
刀を手に、血で赤く濡れた地面の上を走る。
怪物との距離はおよそ100メートル。
遠近法で小さく見える怪物だが、その威圧感、その恐怖感は全く軽減されていない。
遠くからでも分かる。奴はやはり悪魔そのものだ。
「–––––––」
胃液が荒れる。
気分が悪い。
眼球が怪物の視認を拒み、異様な痛みを生じさせる。
……辛い。見ているだけで心も体も壊れそうだ。
しかし、だからといって逃げ出すわけにはいかない。
喉を上がってくる汚物は無理矢理飲み込み、目の痛みは涙を流して我慢する。
自分の身など今はどうだっていい。とにかく、怪物に近づくことだけに集中しなくては。
"–––––––"
怪物は俺に体を向けている。
奴に視覚というものがあるのかは分からない。
が、俺という存在が接近していることには気付いているようだ。
だが、奴がするのはそれだけだった。
攻めもせず、逃げもせず、ただただその場で不気味な笑顔を垂れ流すだけ。奴が動き出す気配は微塵も感じられなかった。
「–––––––動かないか」
そんな奴の姿を見て、俺は走りながらも少し安堵する。
ビンゴだ。冴島さんの言っていた通り、奴は今のところ、完全に俺のことを舐め切っている。
ならば、このまま一気に接近して、油断してガラ空きになっている首元にこの一刀を入れられる筈。
そう確信した俺は、動かす脚をさらに速める。
"ァァァ、ア"
だが、何もしてこないだろうと、動くことはないだろうと、勝手に思い込んでいた次の瞬間–––––––奴は突然動き出した。
背中に付いていた8本の触手をクネクネと動かし、俺に向かって勢いよく放出した。
伸びる、伸びる、伸びる。
触手は減速することなく、シャァと鳴き声を上げながら走る俺に迫ってくる。敵だ、獲物だ、餌だ、と言わんばかりの勢いである。
「動かないんじゃなかったのか、あれ!」
突然の敵の動きに対し驚いた俺は言葉を吐き捨てる。
正直な話……いや甘えた話、奴は動かないものだと思っていた。俺程度の存在に対しては不気味に笑っているだけなのだと、そう思い込んでいた。
冴島さんからの話だと、怪物と接敵し戦闘を始めた序盤では、怪物が自分から体を動かすことはなかったらしい。本人曰く、舐められていたから、らしい。
だが実際今、彼女よりも非力な存在である俺に対し、奴は触手を伸ばしてきている。見下し、舐め腐るべき相手に対し、それ相応以上の反応を示している。
つまり–––––––奴は今、恐怖しているのだ。
俺という存在ではなく、他生物という概念そのものに対して。
それも自分を傷つける可能性が高い"人間"という存在を特に恐れ、警戒しているのだ。
故に、奴はこんなオーバーリアクションに出た。
「チッ」
当然、俺は驚いていた。
想定外の動きをされたことで、恐怖も焦りも増してくる。
眼前へと迫ってくる触手の数々。
あの速さから見るに、恐らくもう回避行動をとっても間に合わない。このままでは俺の体は噛み付かれてしまい、動かしている足も止まってしまう。
–––––––しかし、これは確かに"想定外"ではあるが、"予想外"の範疇ではなかった。こんな状況を予測できない冴島さんではない。
「–––––––ッ!」
あと1秒程で触手と接触するかと思われた、その時。その瞬間。その刹那。
俺の背後から、複数の青白い弾丸が超高速で飛んできた。
ビュンッと空を裂くように飛んでくる青白い弾丸。曲がることを知らず、止まることを知らず、真っ直ぐに飛んでくる魔術の弾丸。
それはあっという間に俺に追いつき、そして追い越し、眼前に迫る触手らの顔面に衝突する。
"ッ⁈⁈⁈"
ジュバンッ、と。音と共に粒子となって消滅する弾丸。
だが、その弾丸は魔力障壁を持つ触手の身に傷をつけることはできなかった。
魔力障壁は完全、完璧、圧倒的。突破するには、その魔力濃度を凌駕するほどの魔力をぶつけなくてはいけないらしい。そうしなければ、触手を倒すなんてことは夢のまた夢に話なのである。
しかし、あの弾丸の目的は触手の破壊ではない。
–––––––これは、回避の隙を生み出す為のものである。
「ッ!」
乱れる触手の動き。
減速する触手の速度。
俺はそれを目にするのと同時に回避行動をとった。
顔面に迫ってくるものは首を傾けることで。
体を狙ってくるものは半身になることで。
下半身を狙ってくるものはサイドステップで、順番に避ける。
思い切り勢いよく一直線に伸びてきたので、触手にはもう細かい軌道の修正は不可能。
故に、俺と触手達はお互い無傷ですれ違う……ということはなかった。
「ッ、アッ⁈」
回避行動を取る中で、俺の片足が通り過ぎていった触手の長い体に巻き込まれる。
そして、転倒する。
感覚的には、高速で走る自動車の中から片足を出し、流れていく地面と接触させたような感覚だ。バキリと、膝から変な音が鳴る。
「ウッ、クッ」
ゴロゴロ、ゴロゴロと。激しく、勢いよく転がる。硬い地面を転がった為、体はボロボロである。
地面に溜まっていた血液によって、着ている服が赤く滲む。
「クッソ!」
だが、怯んでいる場合じゃない。
俺は膝の痛みを無視してすぐに立ち上がり、再び怪物に向かって走り出す。
“……”
怪物本体はやはり動かない。
警戒はするものの、自分が動くまでもない。固められた笑顔から俺はそう捉える。ガッツリ警戒されていないだけまだマシなところだ。
「けど、まだ奴らがっ–––––––」
背後を一瞥する。
脅威の波を避けれたものの、奴らは死んだわけではない。
獲物を仕留められなかった触手達は、進行方向をぐるりと180度反転。
どれだけ伸縮するというのだろうか。欲望のままに唾を垂らしながら、触手達は背後から迫ってきていた。
"シャァァァァァ!"
高速で伸びてくる白い触手達。
やはりその速度は俺の走力よりも圧倒的に速い。追いつかれるのも時間の問題だ。
……だが、正直なことを言うと、触手が俺に接近してくるだけなら空間干渉でどうにでもなる。さらにぶっちゃけ言えば、殺すことだってできる。
故に、ここで迎え撃つというのも一つの手だ。しかし–––––––
「ダメだ、それだと本命は殺せない」
背後から迫る奴らは敵であってお目当てではない。
奴らを始末したところで得られるのは一時の安寧と、最悪の結末だ。……怪物に逃げられては元も子もない。
–––––––だが、どうする?
前方の怪物との距離はあと20メートル。
背後の触手との距離もあと30メートル。
接触までの速さでは触手が圧倒的。
このままだと確実に俺は殺られる。
だが、あの速度を避けるなんて俺には不可能だ。
さっきは冴島さんの援護があったから辛うじて避けることができたが、今度はそう上手くはいかない。
背中から体を抉られ、噛みちぎられ、喰われる。そういった終わりが見える。
そんな不確定な予想の未来が、俺の思考と判断を狂わせようとしてくる。
「畜、生が!」
邪念を乱暴に吐き捨て、気を治める。
2秒、いや1秒。それだけの時間の壁さえあれば……俺は、奴を……
頼むように、望むように、願うように。
俺は、何かしらの奇跡を求めた。
–––––––その時である。
触手が俺の背中に接触を図ろうとしたその瞬間。突如として、俺の背後に青白い魔法陣が展開された。
「–––––––⁈」
"–––––––⁈"
予期せぬこと。
驚愕の展開。
俺と触手はその魔法の壁の出現に驚く。
壁は俺の背後全体を守るように展開され、その場で形と位置を固定。高速で突進してくる触手の前に立ち塞がった。
「これは、冴島さんか」
こんな魔術を使えるであろう人間は、この場で1人しかいない。
壁の主を確信し、彼女に背後を任せて一直線に怪物へと向かう。
衝突する
2つの力は一瞬だけ拮抗し、音と衝撃を黒い夜空に響かせる。
……だが、それは本当に一瞬だけ。時間にして約1秒程だ。
パリパリ、メキメキと。魔法陣の壁にヒビが入る。
やはり、圧倒的な壁の前では貧弱なただの壁。稼げる時間はほんの瞬きが如き一瞬。
そして、バリンッと崩壊の音が響く。
ガラスのように砕け散る魔法陣。
空に昇っていく青白い残粒子。
触手は魔術の壁を完全無傷で突破した。
余計な時間を喰わされたが、邪魔者は消えた。このまま
主人と子分は、勝利を確信したような不気味な笑顔をニタリと浮かべる。
–––––––だが、俺は今、望んでいた1秒を手に入れた。
「ようやく、辿り着いた……」
冴島さんが稼いでくれたほんのひととき。
たったの1秒。
たったのカンマ秒。
そんな短い瞬きが如き時間。
けれど、そんな刹那の瞬間は、俺が白い怪物の前に立つのに十分なものであった。
眼前で笑う怪物。
見ているだけで体は震え上がり、今にも卒倒しそうになる。
だが、ここまで来たからにはもう関係ない。逆に睨み返す。
そんな恐怖を、そんな死を、殺せる手立てを俺は、今この手に持っているのだからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます