第26話 空間干渉
"……"
白い怪物は交差点の中心で倒れていた。ぐったりと、自らが作り出した血の湖の上で、ヨダレを垂らしながら倒れていた。
理由は、先程くらわされた南 弘一による拳の一撃。あの脆くて弱い軟弱な少年の拳によって、白い怪物は今、脳震盪を起こしてしまっていたのだ。
"アァ–––––––"
しかし、所詮はただの脳震盪。人間の常識として見たら重症だが、この怪物にとってはただの一時的な怪我でしかない。
故に、怪物の脳は人間の数十倍の速さで回復していき、やがて彼は体を起こした。
"ァ……?"
体を起こし、意識を安定化させる白い怪物。
だが、意識が安定していくにつれて彼は不思議に思った。
–––––––一体、自身の身に何が起こったというのだろうか……?
最大の謎。いや、人生初めての謎であった。
彼は自分のことを無敵の存在だと思っていた。
誰にどんな攻撃をされても無傷。何故かは理解していないが、それ故に、自分という存在は彼らとは違うのだと。彼らよりも上位の存在なのだと、怪物は確信していたのだ。
故に、恐怖や痛みというというものを知らなかった。
故に、攻撃されている最中でも平然と笑っていられた。
だが、そんな自身に起こった衝撃。
初めての痛み。
初めての転倒。
初めての気絶。
誰によるものなのか。何故痛みが走ったのか。そもそもなんで、攻撃が通ったのか。
–––––––分からない。わからない。ワカラナイ。
得体の知れない。正体不明。そんな理解ができない故の恐怖が、怪物の頭の中を駆け巡った。
だがそんな中、ふと、視線を上げた。
怪物の視界には、この交差点へと続く繁華街の道が広がっている。
生命の存在は無く、あるのは血の池と食べかけの人肉。それ以外には何も無い、静かな道だった。
しかし、そんな静かで何も無い道を走ってくる1人の少年の姿を怪物は目にした。
…
……寒い。冷え込んだ空気と大地が、道を走る俺を凍させる。
それに、関節の節々が痛い。この繁華街まで来るのに全力を使い、加えて時間も経過した為に、体のあちこちで炎症が起きているようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
だがしかし、これは作戦だ。
単純で簡単で脳筋で無理矢理な、泥臭い作戦。そして俺はその作戦の要。メインであり、主役であり–––––––切り札だ。
「–––––––」
走り続ける中で、俺は一度瞳を閉じ、先程の会話を思い出す。
「俺が切り札?」
刺された指を疑う。
だが彼女は当然のように頷いた。
「君の超能力、"空間干渉"。ちょっとだけ調べてみた。"空間干渉"–––––––数万人に1人の確率で発現する超能力。さらにその中でも希少な能力。確率にして数億分の一。異能中の異能。稀有の中の稀有。魔術では成し得ない、空間そのものを操れる力。まさか、こんな地方の町にいるとは思わなかったけどね」
説明される俺の能力。
しかし、それは俺も知っている。この力の存在に気付いた時から、頭の中でその詳細が伝わってきている。
だから、それが分かった上で–––––––
「それが、なんだっていうんだよ。空間に干渉できるからって、俺に何が–––––––」
「さっき殴れたでしょ? あの怪物にガツンと一発。私がどれだけ攻撃しても数一つ付けることのできなかったあの顔を、君はいとも簡単に殴ってみせた。魔力障壁があるにも関わらず。それがどういう意味を表すのか、分からないなんて言わせない」
魔力障壁があったのに、俺は殴れた。
だが殴った瞬間、俺は何も拳に感じなかった。衝撃も、痛みも……
俺は自身の手の甲を眺める。ごつごつしてはいるが怪我は一切なく、綺麗に形を保っている。
「あれは……偶然じゃない?」
「そう、君は殴った。魔力障壁ごと、怪物の顔ごと、それらを内包する空間そのものを。空間に固さなんてものはない。だからあんな簡単に殴って空間をへこませることができる。それが、奴へのダメージになったわけだ」
告げられる真相。そして納得。
そうか、魔力障壁は空間に作用するものじゃない。いやそもそも、その空間ごと、俺がへこませた……
彼女は続ける。
「まさか、魔力障壁なんていう奇跡よりも、さらに希少な奇跡で対抗してみせるとはね。本に書いてあったことが正しければ、本来は頭の中でイメージするだけで空間を好きにいじれるはずなんだけど……そこのところ、どう? この際だし聞いておく。君は、空間をいじる際に、わざわざその対象となる空間に触れなくてはならなかったりするの?」
空間をいじる際に対象に触れる……つまり、自身の手などで空間に触れる必要があるのか、ということか。
……難しい話だ。長くなるかもしれない。
けど、できるかできないかで作戦に影響があるのなら、ここは説明するべきだ。
「……いや、やれる。冴島さんの言うように、頭でイメージするだけで空間をへこませたり、ねじったりすることは可能だ。本来なら、ああいう感じで殴ったりする必要はないし、そもそも接近する必要もない。体を動かさずに、人の頭を潰すことだってできる」
「じゃあ、どうしてしようとしなかったの? 遠距離からでもできたはずなのに、わざわざ接近するなんて。リスクだってあったのに」
「理由はあるさ。確かに、俺はあそこであのまま動くことなく能力を使うことができた。やろうと思えば、あいつの頭だって潰せた。でも、あれをすると–––––––頭が壊れるんだ」
目線を外し、怯えるように口にする。
そんな俺の言葉に、彼女は首を傾げた。
「頭が、壊れる?」
「ああ。空間をいじるには脳内のイメージがいる。それも強いイメージだ。遠隔で操作する場合は、特に強いイメージが必要になる。だけどそれをすると、多分、俺の頭は……」
ギュッと拳を握る。
思い出すのは11年前の記憶。動作をせず、思い切り目の前の子供の脚が曲がるように念じた俺は、能力の使用後、潰れて弾けるような頭の痛みに襲われた。
あの日から、ああやって遠隔からイメージするだけの空間干渉はやっていない。それに、今それをやったら、俺自身どうなってしまうのかは分からない。
苦い顔をする俺に対し、冴島さんは納得する。
「そういうこと……だからわざわざ近寄って体の動作を入れる必要があった。イメージの補完をする為に。そうすれば、脳に響く痛みが和らぐから」
「そういうこと。それでも、痛いものは痛いんだけどな」
どうしようもないと言う俺。
それを見た彼女は当然のように頷く。
「でしょうね。だって、空間干渉とかいう化け物じみた力、ノーリスクで使えるなんて考えられないしね。無限に広がり、そして繋がっている"空間"なんていう膨大で強力な存在に干渉するんだから、それ相応の反動はあって当然。仕方ないことこの上ない。でも–––––––」
すると、彼女はソファーから立ち上がる。
痛む体に少しだけ顔を濁すが、すぐに慣れて俺の目の前に立つ。
「それなら問題ない。私の考えたこの作戦なら、奴を殺せる。それも–––––––」
そして、手に持っている鞘の無い刀を俺に差し出す。
「君自身の手なら、確実に」
回想を終え、瞳を開く。
脚はまだ動いており、交差点に向けて走っている。
そして、目的地の交差点には、こちらに体を向け、1人佇んでいる白い怪物がいる。
「–––––––」
走りながら、片手にある彼女の刀を握りしめる。
彼女から託された武器。イメージに使えと渡された、切り札である俺の切り札。
そう。
この作戦は–––––––俺単独による怪物への特攻作戦だ。
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