第22話 魔力障壁
接触と同時に繰り出す横一線の斬撃。
刀身は空でヒュンと音を鳴らし、狂うことなく怪物の首へと吸い込まれていく。
対して、白い怪物は動かない。
自身の首が跳ね飛ばされるというのに、そのニタニタとした気色の悪い笑みを濁すことはなかった。明らかにこいつは余裕を持っているようだった。
舐めているのか?
一瞬、敵の態度に私は憤怒する。
だがこれまでだ。もはやこの攻撃は避けられない。
既に刀身は、必殺必中の軌道に乗っている。これで、チェックメイトだ!
「–––––––フンッ」
そのまま刀を思い切り振り払い、首の切断を試みる。
......理想通りにいけば、この頭は血を吹きながら宙を舞い、ボトリと血の池に落下し、怪物は絶命する。そうして騒動は一段落。あとは魔術協会の連中に全投げ。私への被害は一切無し。......理想としては、そうなる筈だった。
「–––––––え?」
しかし、刀の剣先は半円を描くことなく、怪物の首元でピタリと止まった。
怪物は血液一つ流すことなく、醜い笑みをまだ私へと向け続けている。
–––––––つまり、私は今の斬撃で怪物の首を斬ることはおろか、ダメージすら与えられていなかった、ということだ。
「嘘、でしょ......?」
震える声が漏れる。
刀身は確かに怪物の首を捕えている。それは視覚からの情報で確定済みだ。
けど、その肝心の刃が皮膚を通っていない。
いや正確に言えば、皮膚に刃は接触できておらず、数ミリ単位手前で止まってしまっている。
もしかして、これって–––––––
「クッ」
私は一度後ろに飛び、怪物との間合いを取る。やはり完全に舐められているのか、追撃は来なかった。
血で濡れる地面に着地した私は、険しい顔をしながら目の前の人外へと目を向ける。
そして一言。
「魔力、障壁......」
接触を阻んだ数ミリの空間–––––––いや、壁の名を口にする。
魔力障壁
個体が持ってる魔力の量があまりにも多い、かつ、その魔力を無意識に制御できない際に稀に起こる現象のこと。
体の表面から無意識に魔力が大量放出され、その密度があまりにも濃い場合に限り、放出された魔力は目には見えない強固な壁となる。
魔力制御ができないのは生まれたばかりの子供によく見られるが、先程も言った通り、そんな現象が起こること自体がそもそも"稀"なのである。
故に–––––––
「あんなジャストなタイミングで起こるものじゃない。奇跡だとしても話ができすぎてる」
魔力障壁は先程、刀との接触と同時に発生した。稀な出来事がちょうどいいタイミングで起こる......日常生活ではよくあることではあるのだが、だとしてもおかしい。
だが、奴の態度から察するに魔力障壁が形成されていることをあらかじめ分かっているような感じだった。
そうでなければ、あの相手を舐めているような隙だらけの行動に説明がつかない。
奇跡を確信していたのだ、あの化け物は。
つまり、そこから導き出される答えは1つ。
「......もしかして、常時肉体の表面に魔力障壁を張っている? そんなバカな話、あったりしたら本当にやめて欲しいんだけど」
しかし、それしか考えられない。
稀に起こる奇跡や偶然を、常に起こる必然にする。
起こって当然のものは、もはや奇跡とは呼べない。
だから自身たっぷりで相手を見下せるし、隙も晒せる。起こるという確信があるから。魔力障壁という奇跡を、無意識下で簡単に引き起こせてしまうから。
けれど、これはあくまで仮説。戦闘を続けていけば正解か不正解かは分かるし、全身に張っているわけでもないのかもしれない。もしかしたら、あの一瞬が本当にただの奇跡だっただけなのかもしれない。
......でも、もしこの仮説が合っていたのだとしたら、私は–––––––
「チッ、やめろバカ」
舌打ちをし、ネガティブな考えを止める。
そんなことを考えている場合じゃない。
どうすれば奴を殺すことができるのか。そして、どういった殺し方をしてやるのか。
考えるべきはそれだ。面倒ごとは後になってから考えればいい。
「ふぅ......」
一度深呼吸をする。
そして私は再び剣先を敵に向け、腰を落として構える。
一撃で無理なら、手数勝負だ。敵に余裕を与えない動きで、今度こそ仕留める!
ギリッと敵を睨みつけ、特攻の機を待つ。
”......”
対して、白い怪物は動かない。
ニタニタと笑みを溢しながら、存在しない目で私を見ている。
動く気配は全くない。背中の触手はグネグネとうねっているだけで、それ以外には何もしない。
このまままた、余裕な笑みで受け身に回るのか。そう思った。
–––––––だが、そんな私の予想を白い怪物は裏切った。
何もしない。動く気配すらない。笑っているだけの怪物。
だがなんと、そんな怪物がなんの前触れもなく急に走り出してきた。
「え?」
腑抜けた声とともに一瞬だけ力が抜ける。
「嘘でしょ、それ!」
町に響く叫び。けれどそれは怪物のズドンズドンという重い疾走音によりすぐにかき消された。
冗談じゃない! 急に動き出されると普通に驚くに決まってる!
怪物は両腕をブンブンと振りながら、一瞬で眼前に迫る。
そして、握りしめられた巨大な拳を私の顔面に向かって叩き込もうとする。
「ッ!?」
私はその攻撃を身をかがませることでどうにか回避する。
高速で私の頭上を通り抜ける怪物の拳。
そのストレートは突風を巻き起こし、周囲の血を弾けさせる。
なんという拳だ......あんなのもろにくらったら、ひとたまりもない。
だが、安堵する暇はなかった。
怪物はそのまま片足を後ろへと振り上げ、そのまま懐にいる私目掛けて蹴り上げた。
白く巨大な足が、私目掛けて飛んでくる。これも当然超速。故にくらうわけにはいかない。
私は刀の側面を両手で突き出し、自身の身代わりとして攻撃を受けさせた。
ガキンッ、と鋼同士がぶつかる鈍い音が響き渡る。
しかし–––––––
「ウ、グゥッ!」
蹴り上げる勢い。それによって生じる爆発的な力。
その強さと重さに耐えられず、私はそのまま横へと吹き飛ばされた。
空中に身を投げ出される私の体。
私はどうにか空中で姿勢を制御し、靴裏を地面に引きずりながら着地する。
血しぶきが飛び、周りの肉片へと降りかかる。
「クッソ......」
先手を取られたことでペースを崩された。それによる怒りと戸惑いを吐き出す。
「あの攻撃......魔力障壁で威力が底上げされてる。攻撃受けない上に攻撃が強いとか、なんなのあれ」
それにかなり素速い。単純な速度なら私に分があるけど、だとしてもあの巨体の割にはあまりにも速すぎる。
距離が開き、音が鎮まる。
怪物は私に体を向けるが、またしても動く気配を見せない。またハッタリか? いやそもそも、奴には前動作というものが存在しないのか?
「......だとしても」
混乱はするものの再び構えなおす。
今度は溜めたり待ったりはしない。次は、こっちの番だ。
「–––––––ッ!」
バッと、地を踏んで駆け出す。
血の水たまりを踏み鳴らし、まっすぐ標的へと向かっていく。
それに対し、またしても怪物は何もしない......ということはなかった。
正確には、怪物自身は動こうとしなかった。不気味な笑顔をべっとりと顔に貼り付け、私をただただ眺め続けている。
代わりに動き出したのは、背中にくっ付いている先端に口のついた触手達だった。
ギザギザの歯を口に内包した計8本の触手。奴らはそれぞれ違った動きをしながらクネクネと身をうねらせ、走る私に向かって口先を伸ばしてきた。
「ッ!?」
伸びる、伸びる、伸びる。
本体である怪物は一歩も動かず、下僕である触手達がそれぞれで伸びてくる。
小さくも大きい口をガバッと開き、唾をまき散らしながら、私という獲物を狙う。
「そんなのあり!?」
私は叫ぶ。
そして動かしていた足にブレーキを掛け、進行方向を右へと変えた。
普段なら、私はここを走り抜けていただろう。というよりも、あの触手どもを1本1本斬って殺していた。
でもしなかった。それは何故か? –––––––魔力障壁の存在である。
恐らく、奴らも障壁を纏っている。そうでなければ、障壁のない触手を動かさずに本体である怪物自身が動き出している筈だ。
だが、怪物本体は動かなかった。つまりは、そういうことだ。
私はバラバラに置かれた警察車両群を障害物として利用し、パルクールチックに触手から逃げる。
車両を飛び越え隙間を通り、刀でパトカーを切ったりして背後の進路を塞ぐ。効果は薄そうだったが、やらないよりはマシだ。
”シャぁぁぁぁぁぁぁぁ”
触手はそんな私を追いかける。
8本それぞれでバラバラに動き、逃げ続ける私をどんどんと追い詰めていく。
「ッ! しつっ、こい!」
背後に迫る触手が鬱陶しい。どれだけ伸びるんだ、この触手は......!
それでも、私は諦めずに足を動かし続ける。だがこのままでは体力的にも精神的にも厳しい。
どうにか......どうにか逃げ切らなくちゃ......でも、これだと......!
「はぁ、はぁ–––––––クッ」
開いている口を噛みしめ、気を確かにする。負けるものかと。こんなところで挫けてたまるものかと。自信をそう叱咤させ、足の動きを速めた。
–––––––しかし、その行いは実に無意味であった。
なんと、走り続ける私の目の前に、あの白い怪物が躍り出てきた。
「–––––––ッ!?」
止まる息。
脱力する体。
弾ける脳の回路。
閉じていた口が開く。
目の前に現れた怪物は、徒歩の状態から一気に加速し、走る私の眼前に迫る。
–––––––そして、がら空きになっていた私の腹部を殴りつけた。
「–––––––ガハッ!?」
衝撃が体を抜け、背後の空間が歪む。
肺の空気が抜け、胃液が躍る。
ぶちぶちと何かが弾ける音が聞こえ、眼球が開く。
当然、足腰は耐えられず。ブーツの底が地面から離れだす。
そして、私はそのまま吹き飛ばされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます