第23話 中途半端で曖昧な覚悟
夜。時刻は9時30分頃。
夕食を終えた俺は、屋敷の2階にある自室で休んでいた。
ベッドの上で寝っ転がり、スマホの画面を眺める。
画面に映るのはローカルニュースだ。この屋敷ではテレビが無いどころか新聞も取り寄せていないので、情報を得るにはスマホを駆使するしかない。
なので、俺は食後によくこうしてのんびりとスマホでニュースを見ている。
「......はぁ」
だが、今日のニュースの内容はいまいち頭の中に入ってこなかった。いつものルーティーンだというのに、なんだか調子が悪い。
「もう、いいや」
スマホを閉じ、そこら辺に放り投げる。
そして仰向けになる。頭の後ろで手を組み、ボーっと天井を眺める。
とりあえず、今は何も考えたくなかった。今日はずっと変に調子が悪くて、何かを考えるのが辛かった。学校で古菅とした会話も、もうほとんど覚えていない。
だから、今は無心でいたかった。そうすることで、気が楽になるんじゃないかって思った。
......でも、何も考えないでいると、自然と今朝の記憶が蘇ってくる。
”やっぱり、南くんってだいぶ楽観視してるよね、この戦いを。言っておくけど、これは命を掛けるどころの話じゃないの。前も言ったけど、無理をするとかしないとか、そういう次元の話でもないの”
”私はこの戦いに命どころか、その後の未来とかも、周りにある無関係な人とか全てを犠牲にする覚悟でやってるの。だから、私を手伝うっていうのなら、少なくとも自分の命を掛けてくれなきゃ困る”
”命すら賭けられないようじゃ、手伝うとしてもただの足手纏い。たとえ君に特別な力があったとしても、覚悟がないんじゃお話にならない”
今朝、冴島さんに言われた言葉の数々。それが頭の中で何度もこだまする。
怒り、悲しみ–––––––そんなものは当然無い。あるのは、自身が臆病であることへの虚しさのみ。
力があるというのに命を賭けられないのだ。俺という人間は。
「......それじゃあ、一体何のための力なんだよ。これ」
頭を片手でガシリと掴み、脳を圧迫する。
朝から繰り返している自問自答。
決まり切らない中途半端な覚悟。
自身がどれだけバカなのかということを思い知らされる。
でも–––––––それでも–––––––
「–––––––」
......
気が付くと、俺は動きやすい服装に着替えて自室から退出していた。
冷たい廊下の空気がつんと肌を刺すが、上着は動くときに邪魔なので着ようとは思わなかった。
屋敷内は既に消灯時間。辺りは暗く、月明かりだけが唯一の頼り。
俺はそんな廊下を歩き、階段を下りてロビーへと向かう。
そして、玄関のカギをカシャンと捻り、扉を開こうとする。
「どちらへお出かけなさるのですか、南様」
しかし、扉を開こうとした瞬間、背後から声が響いてきた。こういう場合、俺を止めてくるであろう人物はたった1人しかいない。
「......」
俺は確信しながら振り返り、背後にいるメイド–––––––真矢さんへと体を向けた。
彼女は相変わらずの冷たい顔で俺を眺めている。天井窓から差し込む月の光が、そんな彼女の表情を鮮明に照らす。
「一体、どちらへ?」
ゆっくりと、優しく。そして、圧を含んだ声。それが、扉を背後に立つ俺に問いただしてくる。
「......冴島さんの、所へ」
俺は正直に答えた。ここで嘘をつくなんてことは、絶対にやってはいけないと感じ取ったからだ。だが、どちらにせよ俺は正直に言っただろう。
彼女は俺の回答を聞くと、静かに瞳を閉じた。
「今朝、お嬢様がおっしゃられたことを理解しておられますか?」
「はい......それは、分かってます」
「では覚悟が出来た、ということでしょうか?」
「......いいえ。それはちょっと、曖昧です」
申し訳なさそうに視線を逸らす。同時に彼女の目が開かれる。
彼女は続けて聞く。
「では、覚悟が決まっていないというのに、お嬢様の元に向かわれるのですか?」
「......そうです......けど–––––––」
言いながら、逸らしていた視線を戻し、見開かれる彼女の目に合わせる。
確かに、今の俺の覚悟は曖昧だ。でも、曖昧なりの自分の考えを言わなければならない。
だから......俺は、自身の胸の内を正直に言った。
「けど、やっぱり、彼女の辛そうな顔を見て見ぬふりするなんて、俺にはできないんです。確かに、覚悟はまだ決まっていない。命を賭ける勇気も、死ぬ覚悟も、今の俺には多分無い。中途半端な段階です。でも、それでも–––––––彼女に、あんな顔をしてほしくない」
思い出すのは、毎朝見る彼女の顔。
笑顔ではある。けど、疲れを隠せていない無理矢理の笑顔。
思い出すのは、昨日彼女が見せた顔。
疲れによる弊害なのかは分からない。でも、自分の行いを悔い、怯えていたあの顔。
そして何よりも、彼女はそんな状態で今、たった1人で戦っているということ。
毎日細かい傷と疲れを付けて帰ってきて、癒えることを待たずに1人で戦い続ける彼女。
だから–––––––
「だから、行かせてください。俺を、彼女の所に」
言いたいことを言い切る。
これが俺の考え、そして感情。今の俺の、中途半端で曖昧な覚悟だ。
「そうですか......そう、おっしゃりますか......」
俺の話を聞いた真矢さんは視線を落とし、しばらく静止する。
表情一つ動かさず、俺を眺め続けている真矢さん。
何かを考えているのか、それとも呆れているのか。俺には判断できなかったが、やがて彼女は「はぁ......」と珍しくため息を吐き出した。
「......いいかげんです。正直に申し上げますと、お話になりません」
「–––––––」
そして告げられる厳しい言葉。......ぐうの音もでなかった。
真矢さんは話しを終えると懐からスマホを取り出す。
ポチポチと画面をタップし、スクロールする彼女。やがて彼女は、俺の目の前にその画面を突き付けた。
「え?」っと一瞬驚く。
突き付けられた画面には、見覚えのある町の地図と、点滅している赤い点が映し出されていた。
これは......見たことがある。確か、これは冴島さんの......
「あの、これって......」
真矢さんの行動に戸惑う俺。
彼女はそんな俺に言う。
「お嬢様は今、繁華街の大型交差点におります。いつもなら路地裏を動いている筈なのですが、先程からここでずっと反応が停止したままです。先程流れていたニュースでは、爆弾魔の影響でここへの交通は塞がっているとか......なのでお車をお出しすることはできません」
そう言うと、彼女はスマホを再び懐へとしまう。
当然、俺は戸惑ったままだ。
「い、一体......真矢さん?」
彼女に何故かと尋ねる。
すると、彼女は瞳を閉じて答えた。
「向かうのでしたら、お急ぎください。私は。お二方のご帰宅を出迎える準備がございますので」
真矢さんは一言だけそう言い残すと、俺に背を向けて歩き出す。そこに先程の圧は感じ取れなかった。
止める気は、ない......行っていい、ってことなのか......
やはり彼女の考えを掴むことは難しい。だが、今回ばかりはいつも以上に–––––––
「ありがとうございます、真矢さん」
遠くなる背に、感謝の意を告げた。
そして、ロビーの扉を開き、屋敷から飛び出す。
「冴島さん–––––––俺、今から向かうよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます