第21話 白い怪物
浮かび上がった仮説を脳の端へと追いやり、私はその後も赤い化け物を狩り続けた。
目に映る化け物は容赦なく斬り伏せ、追われていた一般人も餌として利用し、殺した。
これが最低な行動であるのことは重々承知の上。
けれど、私がやっているこの狩りはそもそも慈善活動ではない。
これは単なる八つ当たり。そして、あの男への個人的な復讐なのだ。
あの男が関与するもの全てを破壊する。それが私の目的だ。
故に、そこに倫理やら道徳やらはない。あるのはただの感情のみ。私の心を染める、怒りのみだ。
そんな狩りを続けていく中、ふと私はある違和感に気がつく。
それは、周辺に蔓延っていた化け物を粗方一掃し、一息ついていた時だった。
「……なんか焦げ臭い」
嗅覚を刺激する苦々しくも焦げ焦げしい匂い。その匂いが私のいる路地裏に充満していた。
近くで火事でもあったのだろうか?
鼻を抑えながら私はそう思ったが、感じ取れる異変はそれだけではなかった。
「それにこれ……サイレン?」
遠くの方からパトカーや救急車、そして消防車のサイレンの音が聴こえる。しかもそれぞれ複数。
戦闘に集中していたから気が付かなかったのだろうか。これはかなりの大騒動である。
「何か、あったりした?」
気になった私は音のする方へと走り出し、そのまま路地裏を抜けた。
路地裏を出た先は、繁華街の大通りだった。いつもなら大勢の人が行き来したり遊んだりしている場所である。
なので、私の目の前に広がるのは大勢の人の群れである筈だった。
しかし、今私の目の前に広がる光景は何故かいつもの感じとは違い、おかしかった。
–––––––大通りには誰もいないかった。
「え......?」
当然、私は驚いた。いや、驚かずにはいられなかった。
だってそうだろう? 人の気配すら感じ取れないからだ。店の電気が付いていたり、ゲームセンターが稼働していたりと、人がいたという形跡はあるが、あってもそれまでだ。肝心の人間が見受けられない。ここにいた筈の大勢が、神隠しにでもあったのだろうかと疑ってしまう。
「血痕とか無さそうだから、全員奴らに喰われたとかはないだろうし、魔術で消し炭にされたりでもしたら、それはそれで跡が残ってるだろうし。じゃあ、みんな一斉に逃げ出したりでもしたってこと?」
じゃあ、一体何から? 何からここまで逃げ出す必要があった?
刃物を持った人でも現れた? だとしたらすぐに警察によって鎮圧される。故にここまで人々が逃げ出したりすることはない。
それとも赤い化け物が現れた? だが、もしそんなことがあったのだとしても、現代兵器–––––––つまり銃火器ならば制圧は可能だ。それに人というのは不思議なものであり、そういった摩訶不思議で珍しいものは野次馬になってでも一目見たがる節がある。よって、逃げ出すことはありえない。
それじゃあ、本当に何があって逃げ出したんだ?
大通りの光景を眺め、困惑しながらも考察する。
そんな中、私はまたあることに気が付く。
「そういえば、サイレンが止まってる。さっきまであんなに鳴ってたのに」
耳に入ってきていた甲高い音が聞こえない。
目的地に到着した? ......だとしたら、それはここ周辺の筈だ。この騒動を警察が放っておくとは思えない。
だから場所も近い筈。音のしていた方角もまだ耳は覚えている。
「あっちか?」
音のしていた方角へと体を向け、私は走り出した。
走っている同中も人影はなく、ただただ誰もいない無人で寂しい繁華街の風景だけが私の目に映った。
本当に何があったのか? その答えを求め、私は走り続けた。
そして少し走っていると、進行する道先に乗り捨てられたパトカーが数台ほど見えた。
無造作に扉が開かれ、頭のランプだけを点滅させる無人のパトカー達。
そのすぐ傍でパトカーの陰に身を隠し、しゃがみながらビクビクと怯えている警察官の姿があった。
やっと人を見つけられたことに少し安堵した私は、パトカーの前で足を止めた。
そして、怯えている警察官に近づき、その肩に手を乗せる。
「ヒッ」
同時にしゃくりあげるような声を漏らし、怯えて半泣きになった目を向ける警察官。
丸く剃られた坊主頭からは、真冬だというのに熱い汗が零れ出している。
「あの、一体何があったんですか? 他の人たちは?」
私は事情を聞こうとする。
すると、警察官は震えながら口を開いた。
「か、かいぶつが......しろい、かいぶつが......こうさてんでぇ」
「白い、怪物......? 赤じゃ、なくて?」
警察官の言葉に私は疑問を抱く。
白い怪物–––––––赤い化け物じゃなくて、白い怪物。
それが、この先の交差点で......一体何なんだ、それは。見たことは当然無いし、聞いたこともない。けど不思議と見ていないのに、凄い不気味に思える。
「わ、わた、しにはむりだ。けい、さつが、どうにかできる、ものじゃない! いやだ、もう、わたしはぁ!」
肩を掴む私の手を振りほどき、再び背を向けて震えだす警察官。
もう彼はダメだ。パニックで精神がやられている。気の毒だが、今はそっとしておく他ない。
私は無人のパトカーから離れ、掴んだ情報を頼りに先にある交差点へと向かった。
緑先市には無数に交差点が存在する。それは、全世界どこの地域でも同じことだ。
だが、緑崎市の繁華街には1つ、巨大な交差点が存在する。
その大きさは、渋谷のスクランブル交差点に匹敵するレベルであり、地方都市にしては珍しいものである。
故に、その交差点は緑崎市のシンボルとして住民には愛されているのだ。
–––––––しかし、私が到着した時にはもう、町のシンボルは既に地獄絵図と化していた。
まず、交差点の地面を赤い水たまりが彩っていた。
ベチャベチャと、ドロドロと。混ざりに混ざった人間の血液。それが地面を支配していた。
血の水たまりの上には何台もの抉られたパトカーや救急車に消防車。そして無数の歪んだ肉細工が転がっていた。
警察の服とかを着ていなければ、元が人だったなんて全然分からない。それくらいぐちゃぐちゃになった肉の塊の数々。
周囲の建物の抉られており、いたるところで火災が起きている。引火で爆発とかもあったのだろう。モクモクと黒い煙が空へと昇っていっている。
当然、そんな視界は地獄そのもの。生きている心地が一切しなかった。
当然、匂いは最悪。気を抜けば吐き出しそうなくらい醜悪な香りだった。
だが、音だけは静かだった。グチャグチャという咀嚼音さえ無ければ、平和そのものである。
では、何故こんなことになったのか。
では、何がこんなことを起こしたのか。
–––––––その元凶は、交差点の中心にいた。
グチャリグチャリ グチャリグチャリ
咀嚼音が響く。
肉を引きちぎる音が聞こえる。
肉を引きずる音が聞こえる。
その音を発する元凶は、中心で胡坐をかき、座りながら肉を頬張っていた。
おいしそうに、おいしそうに、肉を味わう白いソレ。
人間にしては大柄な肉体に、耳元まで口のように裂けている口だけの頭。
青白く、気色の悪すぎる全身の皮膚。
そして何よりも目を引くのは、背中で翼のように生えている計8本の口の付いた触手だ。
その触手も、周りに転がる肉塊をそれぞれでむしゃむしゃと喰っている。
人間でもないし、赤い化け物でも赤ん坊でもない。
それとはまた違う、新たな白い怪物。
こんなもの、当然見たことなどない。
「–––––––」
息が詰まる。
脈が早まる。
脳裏が漂白を始める。
寒いのに汗が吹き出し、視界が揺れる。
そんな......こんな感覚、今までなかったのに......私は今、恐怖しているっていうの? あの怪物に......?
”あ、アア–––––––”
固まる私とは反対に、怪物は食べていた肉を放り捨てて立ち上がる。
どうやら縄張りに入ってきた私を標的として捉らえたらしい。2メートルを超える巨体は、私へと体を向けた。
そして、ズシンズシン、バチャンバチャンと、地と血を踏み鳴らし、私へ向かって歩き始めた。
「–––––––いやいや、ビビってる場合じゃない。こいつも、どうせあの男のものだ。ここで、殺さなきゃ」
恐怖を噛み殺し、震えを止める。
ジャキリと腰に差していた刀身を抜き出し、両手で持って半身で構える。
そして、血で濡れた地面を蹴りつけ、白い怪物へと特攻した。
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