第20話 出産

 一方その頃。冴島 美恵子が化け物について考察している裏で、事は動き出していた。


 場所は路地裏。冴島 美恵子のいる所とは違うが、ここもまた緑崎市内にある路地裏である。

 この路地裏では、いつものように1体の赤い化け物が通行人を喰っていた。


 –––––––グチャリグチャリ、グチャリグチャリ


 本能のまま、ただただ目の前のご馳走を喰らう化け物。


 –––––––グチャリグチャリ、グチャリグチャリ


 人の肉に染み込んだ魔力の残滓を無意識に蓄えながら、化け物はその味を嗜む。


 –––––––グチャリグチャリ、グチャリグチャリ


 味は最高。気分は爽快。しかしそれでも消えない飢え。

 –––––––食べたい食べたい。もっと食べたい。そうしていなきゃ気が狂いそうだ。

 赤い女体が喋ることはない。だが、そんな消えない飢えを訴えるように一生懸命喰らい続ける。

 肉は美味しい。でも飢えは満たされない。満たされないから襲って食べる。そしてやっぱり美味しい。

 天国のような地獄の螺旋。

 抜け出すことのできない永遠。

 だが化け物がそれに気づくことはない。活動を停止するその最後まで……




 地面に転がる肉細工をムシャムシャと咀嚼音を立てながら食べる赤い女体。

 –––––––そんな中、突如として女体の身に変化が起こりだす。


"グ、グ、ガルルァ"


 咀嚼していた口を止め、ピクピクと痙攣を始める化け物。

 そして、うめき声を上げながら苦しみだし、口に入れていた肉を吐き出した。


"がアアアアアアアア"


 それに手足での自立が難しくなったのか、バタンと倒れ、仰向けになって血で濡れた地面に背中を擦り付ける。

 何があったのか。何を訴えているのか。

 喋ることのできない女体からは、ただただ苦しい、ただただ痛い、という抽象的で極端な感情しか読みとることができない。


 一方、後尻に付いていた赤子は股間を軸にぐるりと回り、仰向けで腹部を晒す女体を嘲笑っていた。

 その笑顔はいつも以上に不気味であり、悪戯をする子供の顔よりももっと邪悪なものであった。


 –––––––そして、表に出てこなかった変化が姿を表す。


 苦しみ狂い、叫び狂い、泣き狂う赤い女体。

 なんと、その女体の腹部がだんだんと膨張を始めたのだ。

 プクプク、プクプクと膨張する女体の腹部。それはまるで風船のようであった。


"キャハハハハ"


 赤子はそれを眺めながら笑い続ける。

 一体何が面白いというのか。赤子の考えは誰にも分からない。

 だが、それでも確かなのは、明らかにこの状況をこの赤子は楽しんでいる、ということだ。


 腹部の膨張は止まることを知らず、どんどんと大きくなっていく。

 痛みと苦しみを訴える女体の叫びは周囲へと響き渡り、誰の耳にも入らず夜闇に溶ける。

 その様はまさに。赤子を孕んでいる女性の姿だ。


 –––––––ブクブク、ブクブク、ブクブクブクブク


 膨張、膨張、膨張......女体の腹部は、バランスボールサイズにまで成長を遂げる。

 そして、永遠に続くと思われた膨張の果てに辿り着く。–––––––だ。


”–––––––”


 瞬間、膨れていた腹部が破裂する。

 バンッという爆発音とともに腹部の皮膚が根元から破け、噴射した血液が周囲の建物の外壁を赤く彩る。

 そして、ばっくりとえぐられた女体の腹部は膨張の影響で内部の臓器が全て潰れており、もはや使い物にはならなくなっていた。当然、女体はこの影響で絶命した。

 しかし、母の亡骸から新たな生命は誕生した。いいや、誕生してしまった。


”ア、ア......”


 母親の腹から生まれたは、喉が詰まっているような声を吐きながら立ち上がる。


 全長2メートルオーバー。

 二足歩行の人間型。

 生まれたばかりだというのにガタイは良く、とても引き締まっている。

 しかし、化け物から生まれたにしては肩、腰から伸びる手足の長さは人間の常識レベルのサイズであり、手の指も足の指もそれぞれ5本ずつ。生殖器が存在しないこと以外は、普通の人間の姿に見えなくもない。

 だが、その顔は到底人間のものではなかった。白く禿げ上がった頭に、目、鼻、耳が存在しない顔面。代わりに顔を支配するのは、白い牙を持った凶悪な笑みを溢す巨大な1つ口。

 その見た目はまさに化け物。いや、人知を超えた怪物である。


 白いソレは、地面に敷かれた母親を見下ろす。

 出産に伴い腹を破き、その役目を終えた赤い母親の姿は、もはやただの肉塊と言っても過言ではない。既に絶命し死骸と化している為、その身はドロドロになって溶け出していた。


”......”


 白い怪物はそれを前にして何も言わなかった。

 そもそも目が存在しないので、母親を感じられるのは本能と触覚だけ。さらに、ロクな思考力すら備わっていないので、母親かどうかすらも分かっていない。

 故に–––––––


 グチャリグチャリ、グチュリ


 溶け出す母親を、息子は食べだした。

 座りながら引きちぎった母の胸を頬張る怪物。触感は最悪。液体っぽくておいしくない。

 でも、飢えがある。渇いている。白いソレは、今空腹であった。

 なので、一心不乱に怪物は母親を食べた。


”キャハハハ”


 一方、未だに生きている父親赤ん坊は、その光景を笑いながら眺めていた。

 赤子は死んだ女体から腰を抜き離し、手をパチパチさせながら喜ぶ。息子の誕生を。この光景の可笑しさを。心から、赤ん坊は喜ぶ。

 だが、怪物の捕食対象は母親だけではない。

 人間も食べたいし、空腹なら母親だって食べられる。そんな怪物が、父親を例外にするわけがない。


 母親を完食した怪物は、すぐ傍で笑っていた父親赤ん坊へと手を伸ばし、二口で殺し食べた。

 量は少ないが母親とは違って肉々しく、食べ応えがある触感に満足する白いソレ。


 しかし、当然これでは足りない。こんなもので飢えは治まらない。

 どこか、たくさん肉を食べられる所はないのか。そんな所が、近くにあったりしないのか。

 白いソレはそう思いながら立ち上がり、本能の赴くまま、直感が感じる方へと歩き出す。白い体をべっとりと、父と母の血で染め上げながら。


 進行先は–––––––今も尚、人で賑わっているである......

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