第19話 敵の目的

 夜。時刻は9時を回っている。

 雲に包まれた夜空が少しだけ晴れ、その隙間から白い月が顔を覗かせている。

 その様はまさに傍観者であり、試合を見ている観客のようなものでもある。


 そんな空の下で、私はいつものように赤い化け物を狩る。

 動き出して何時間経ったのか、今何体の化け物を殺したのかは分からない。

 でもそんなことはどうでもいい。ただ私は目の前の化け物を殺して、我慢できずいずれ出てくるであろうあの男を殺せればいいのだ。




「はぁ、はぁ、ふぅ」


 刀を片手に路地裏を駆ける。

 息が上がって疲れが表に出てきているが、集中することでそれを紛らわす。

 いつものことだが、疲れなんて考えている暇はない。


"ガァァァァァァ!"


 進行先、つまり私の目線の先には赤い女体がいる。

 奴は私と同様にその四つ足で走り、こちらへと迫ってきてる。

 女体の後ろでは、中枢である赤い赤ん坊がチラチラと醜い笑顔を覗かせている。「キャハハ」と笑うその顔はやはり不気味であり、本当に気持ちが悪い。


 私と化け物は、互いに全速力で走り接近する。

 そして間合いはどんどんと詰められていき、やがて接触する。


"ガウッ!"


 異常な脚力で飛び掛かってくる化け物。

 口元をガバッと開け、白い牙を剥き出しにして私に噛みつこうとしてくる。

 あの牙が体の肉に食い込めば致命傷だ。なので必ず避けねばならない攻撃である。


 しかし、所詮は本能のみで動いている害虫だ。攻略法は多彩にある。

 故に–––––––


「フンッ」


 私は身を逸らし、半身になることでその噛みつきを避けた。

 飛び掛かる、ということはその身を宙に投げ出すということ。つまり、一度飛び上がったら最後、この化け物は真っ直ぐにしか進めないのだ。

 だから、今の化け物の攻撃程度なら、この少ない動作で容易に回避が可能なのである。


 すれ違う私と化け物。

 集中している為か時が遅くなり、その刹那は長いスローモーションとなる。


 その間に、私は片膝を地面に突き、手に持つ刀身を横に一線する。

 ヒュンッという音と共に振るわれる一振り。

 標的は女体の首ではなく、その後ろにいる赤い赤ん坊。その首は、振るわれた剣先の軌道に巻き込まれる。


 瞬間、時が通常に戻る。


 血を噴射しながら宙を舞う小さな頭。頭脳を失った赤子の体と、それと連結していた女体は空中でその動きを停止し、落ち倒れ、グチュリと溶けだした。


 私は斬撃を繰り出した体勢のまま動きを止め、しばらく沈黙する。

 ……やはり疲労が溜まっているようだ。

 動き続けていたので、体の節々が悲鳴を上げている。

 両手両足に関しては疲労や痛覚など存在しないのだが、長期間使い続けている為か、とうとうガタがきてしまっているようだった。


「……とりあえず、これで一息」


 息を吐くように呟き、心を沈める。

 そして、立ち上がりながら刀を腰の鞘に納め、一度天を仰ぐ。曇り空から覗いていた月は、また雲に隠れてしまっていた。

 「はぁ」とため息を1つ。

 視界を空から地上へと戻し、私は溶け出している化け物の側に近づいた。


「ちょっと、調べるか」


 一言呟く。

 そして、私は溶け出している死骸の側で片膝を突き、瞳を閉じて体内の魔力を放出する。

 吐き出された魔力は青白く光る魔術陣を形成し、足下の地面を覆う。


「–––––––分析、開始」


 静かに口にする魔法の言葉。それと同時に、周囲の魔力–––––––主に化け物から放出された魔力の分析を始めた。


「違う……これも違う……」


 紛れ込む関係の無い魔力を除外していく。

 得意な分野ではないが、下手くそなりに細かく調べ上げる。

 そして、


「……あった。これだ」


 遂に見つけ出す化け物の魔力。

 前にもこいつらの魔力について調べたことはあったが、それ以来は全く見向きもしてこなかった。

 だが遂さっき、ふと考えついたのだ。


 –––––––そもそも、魔術師あの男は何の為にこんな化け物を生み出し、人を襲わせているのか。


 魔術師は魔術の研究をし、開発、そして極めることを目指す者の名だ。

 ただ化け物を作って人を襲わせる。つまりは化け物で遊ぶ、という子供じみた理由などは考えにくい。

 故に、この化け物にはがある筈だ。

 ……正直言って、今までただただ戦っているべきではなかった。


「化け物の魔力……質は前と同じ、荒くて雑……放出量、特に変わり無し……魔力量……は?」


 腑抜けた声がつい漏れ出す。

 分析を続けていく中で、私は化け物の魔力についてとあることを発見したからだ。いや、これは発見ではなく、発覚だ。


「何……これ……?」


 そう、多すぎるのだ。化け物の中に蓄えられた魔力量が。あまりにも。


 普通、生物の魔力は体外に漂う天然の魔力を無意識に吸収し、それを生物用として作り替えて蓄えるものだ。

 生成できる魔力量、蓄えられる魔力量、その魔力の質–––––––それらは生物それぞれによって異なっている。

 なので一概には言えないのだが、そうだとしてもこの魔力量はあまりにも異常であった。

 その魔力量は、まさに

 とても1個体の生物に生成し切れる量でも、蓄えられる量でもない。生物としての魔術的法則が、あまりにもねじ曲がっている。


 そんな事実を前にして、私の頭の中にある仮説が出てきた。


「……もしかして、それがあの男の狙い? ? それなら、魔力の質がぐちゃぐちゃで雑なのも納得がいく。だって混ざってるんだし」


 化け物を使った魔力の収集。

 それ故の雑で質の悪い魔力。

 あまりにも多い化け物の数。


 –––––––つまり、人々から魔力を収集し、その魔力を使って何かしらをしようとしている。


 ……この仮説が間違っていたとしても、そういう方向性の目的であるのは間違いない筈だ。

 だが、そうすると新たな問題が出てくる。


 蓄えに蓄えられたこの魔力、一体どうするというのだろうか。

 いや、そもそもそれ以前に、


「–––––––このままこいつらを放置してると、どうなるの?」


 呟く疑問。けれど、この答えを私は数十分後に知ることとなる……

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