第18話 自分に出来ること
一夜明け、朝になった。
深夜まで色々やったり、まぁ色々あったりした為か、今日の目覚めはあまり良くなかった。
起床と同時に思い出すのは昨晩の冴島さんのことのみ。勉強のことなど、何一つ頭の中に残っていなかった。
そんな中で心渦巻くのは当然、彼女の昨晩の行動への困惑だ。だが、何よりも強い感情としては、彼女の心配であった。
あんな行動をしだした彼女の身と心には、もしかしたら日々の活動で相当な負荷が掛かってしまっているのではないか。そう、思わざるをえなかった。
……それ故に、俺は思ってしまう。
–––––––自分も何か手伝いたい、と。
「……」
「……」
食堂で取る朝食。
いつもなら冴島さんが自分から話題を吹っかけてくるのだが、今日はそんなことができる雰囲気ではなく、極めて静かであった。
「……」
壁際に立っている真矢さんの表情は相変わらず鉄の仮面状態であり、ピクリとも動かない。しかし、口にしてないだけであって昨晩のことを分かっていそうな感じではあった。
ほとんど会話無く時間は過ぎていき、やがてお互いに料理を完食した。
そして、食べ終わった食器は真矢さんによって下げられていく。
その間もお互いに会話することはなく、時間が過ぎるのをただただ待ち続けた。
そんな沈黙の中、冴島さんは立ち上がる。
「じゃあ、今日も行ってくる」
口にされる言葉。どうやら今日も化け物退治兼魔術師探しをしに行くらしい。それもいつものようにこんな朝早くから。
真矢さんは彼女の言葉を聞くと「かしこまりました」と言い、食器を片付ける手を止める。恐らく、冴島さんをロビーまで見送るつもりなのだろう。
冴島さんは俺に目すら向けることなく、そのまま食堂の出入り口へと歩きだす。
そんな彼女を見ながら、俺は思う。
–––––––ここで一度言ってみるべきだろう、と。
「待って、冴島さん」
バッと椅子から立ち上がり、彼女を呼び止める。
「え?」と声を漏らし、足を止めて振り返る冴島さん。俺から声を掛けられることがあまりなかったから不意をつかれたのだろう。
「ごめん、呼び止めて。でもさ、ちょっとだけ聞いて欲しい」
「う、うん。いいけど……」
少し戸惑う彼女。
正直俺も、ここで言うべきなのか未だに迷っている。
しかし、言わなきゃ何も変わらないし始まらない。そう思った俺は、思い切って口にした。
「……冴島さん、急にこんなこと言い出してどうなんだろうなとは思うんだけどさ。俺、何かあんたのことを手伝えたりしないかな?」
「え? ……どういうこと?」
ハテナを浮かべる冴島さん。
それはそうだろう。何せ主語がない。あまり考えずに勢いだけで言ってしまったからだ。
俺は続ける。
「だから、冴島さんがやってる化け物退治と魔術師探し、俺にも何かできないかなって。たった1人でこの町全ての化け物を倒したり、色々と調べ上げるのは、流石に不可能だろう?」
口にする提案。いや、これはお願いである。
だが、そんな俺の話に対しての冴島さんの答えは–––––––NOであった。
「あーそういうことね。うーん……だとしてもダメかな。というかいらないかな、戦闘時のお手伝いさんとか。私には
首は横に振られ、願いは拒否される。
そしてまた「でも、気持ちだけ受け取っておくね」という言葉と共に、彼女は立ち去ろうとする。
「いや、待ってくれ冴島さん!」
俺は椅子を倒しながら走り出し、テーブルを周って食堂から出て行こうとする冴島さんに近づく。
そして、彼女の肩をガシッと掴む。
「俺、冴島さんが心配なんだ!」
強行する俺を前にして目を丸くする冴島さん。
その背後では真矢さんが冷たい視線を向けている。
しかし、俺はそれでも続ける。
「毎日毎日夜遅くまでたった1人で戦ってる冴島さんを見て、何も思うなとか、心配するなとか言われても無理なんだよ。少なくとも俺は見て見ぬ振りなんてできない。だからさ、俺にも何かさせてほしい! 冴島さんの負担が、少しでも減るように」
硬い肩を握る手に力がこもる。
懇願する俺に対し、冴島さんは一度視線を逸らす。
食堂内から音が消える。俺も、冴島さんも真矢さんも、一言も声を出さない。数瞬の静寂である。
そして、彼女は目を逸らしたまま口を開いた。
「……それじゃあ、囮になってくれる?」
真っ直ぐ顔を俺に向き直し、笑顔を見せる彼女。
その言葉の意味を俺は一瞬理解できず、「え?」と腑抜けた声が漏れた。
「囮って……もしかして、あの化け物の?」
「そう。あいつらをおびき寄せる囮役。どう? それなら使ってあげてもいいけど?」
暗くなく明るく。重くなく軽く。
彼女はいつもの口調で詳しく言う。
「使ってあげてもって……そんな、手伝いって……」
俺は困惑し、黙り込んだ。
手伝いたい、サポートしたい、という心は本当だ。
しかし、俺が望んでいるのはそんなことではない。もっと、彼女の戦いの手助けとか……そんなものを望んでいた。
口を開かない俺に対し、冴島さんは言う。
「やっぱり、南くんってだいぶ楽観視してるよね、この戦いを。言っておくけど、これは命を掛けるどころの話じゃないの。前も言ったけど、無理をするとかしないとか、そういう次元の話でもないの」
肩を掴む俺の手を払い、彼女は一歩近づく。
それに対して俺は後ずさる。
「私はこの戦いに命どころか、その後の未来とかも、周りにある無関係な人とか全てを犠牲にする覚悟でやってるの。だから、私を手伝うっていうのなら、少なくとも自分の命を掛けてくれなきゃ困る」
「そ、それは……」
反論ができなかった。
それが合っているとか、間違っているとか。そんな問題ではないのだろう。
これは覚悟があるのか、ないのか。そういう話なのだ。
彼女は続ける。
「命すら賭けられないようじゃ、手伝うとしてもただの足手纏い。たとえ君に特別な力があったとしても、覚悟がないんじゃお話にならない」
「–––––––」
ハッキリと告げられる戦力外通告。
俺は視線を逸らし、奥歯を少し噛む。当然、言い返すことなんてできない。
そんな俺に、冴島さんは溜息を吐く。
「はぁ、話はこれで終わりね。変なこと言い出さないでさ、学生は学生らしくこの屋敷で自分の本分でもしていなさい。この屋敷にいれば安全だし、何かあったら私が守ってあげるからさ」
そう言うと、彼女は「それじゃ」と手を軽く上げ、俺の横を通り食堂から出て行く。
後ろに続く真矢さんも表情を変えず、俺に目線を少し向け頭を下げながら退出する。
食堂に1人残され、俺は天を仰ぐ。
そして唇を噛み、血を流した。
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