第9話 屋敷での朝
「……」
目が覚めると、そこは知らない天井だった。
自宅の天井じゃない。少し古くて、でも上品さがあって、なんだか寂しい。
俺は額を手で抑え、抜けない頭の疲れや痛みをじっくり感じる。
「そういえば俺、あの部屋で寝落ちしたのか」
蘇ってくる昨晩の記憶。
朝に出会った赤髪の女性。昼の古菅と学食。そして夜の化け物。
夜の記憶に関して無駄に鮮明だ。思い出したくはないものが沢山あるというのに。
「でも、ここどこだ?」
だが唯一昨晩の記憶と一致しないものがある。それこそが今俺が眠っていたこの部屋だ。
最後にいたのはあの屋敷の居間と呼ばれる場所。ソファーとテーブルが置かれていたあの部屋だ。
寝落ちしてしまったのはあの部屋の筈だったが、対して今の光景はどうだろう。ハッキリ言って全く違うではないか。
俺が目覚めたこの部屋は普通のプライベートルームといった感じであった。
ベッドがあり、勉強机があり、窓が1つあり……といった一般家庭でも見受けられる普通の部屋だ。
当然、この部屋を訪れた憶えはない。初めて見る部屋である。
「時間は……7時か。土曜であることに感謝だな。普通なら遅刻ギリギリだ……ん?」
その時、コンコンと扉がノックされる。
俺は咄嗟にベッドから体を起こし、スリッパを履いて扉の前に立つ。
「はい」
ノックに対して返事をする。
ガチャリと扉が開き、黒髪ショートヘアのメイド服を着た女性が部屋に入り込んできた。確か……真矢って名前だった筈。
「失礼します。お目覚めのようで何よりです。お客様」
「あ、はい。今起きました」
「そのようですね。朝食の準備ができております。よろしければ、食堂の方へお越しください」
無駄のない滑らかな動作で頭を下げる真矢。その洗練された動きを俺は美しいと思った。
「……いかがなさいました?」
「あ、いや、何でもないです。朝食ですよね。起きたばかりなので身なりを整えてからでもいいですか?」
「かしこまりました。トイレや洗面所は部屋を出て、私の左手の方向にございます。それでは失礼致します」
彼女は再び頭を下げると、扉を閉めようとした。
しかし、「あ」と声を漏らすと閉じかけていた扉を再度開き直した。
「混乱なさらないように予めご説明させて頂きます。こちらの部屋は本屋敷の2階の東館に位置するお客様専用のお部屋でございます。昨晩、お客様が1階の居間でお眠りになっていたので、勝手ながら私がここまでお運びさせて頂きました」
瞬間、合点がいった。それならこの状況にも説明がつく。
「だからこの部屋で眠って……いやいや、わざわざありがとうございます」
「メイドとして当然でございます。感謝されることでもありません。それでは1階の食堂にてお待ちしております」
彼女はそう言うと扉を閉じ、廊下を歩いていった。
その後、朝の歯磨きやら洗顔などをして身だしなみを整えた俺は、1階の食堂へと向かった。
部屋を出て、廊下を歩き、階段を降り、少し迷いながらも食堂へと辿り着く。
そしてガチャリと両扉を開けて中に入った。
食堂内もこれまた広かった。
広大な空間に、縦長のテーブルがどかんと1つ。そこにいくつもの椅子が対面しながら並べられており、天井にはシャンデリアが吊るされている。
凄いの一言以外思いつかなかった。
その長いテーブルの前に座り、もぐもぐと朝食を食べている女性が1人。無論、あの赤髪の女性であった。
「ん? おはよ。よく眠れたかい?」
彼女は俺の存在を視認すると声を上げた。
「……おはよう」
少し間が空いたが、どうにか返事をする。
上品すぎる空間にいるからでもあるが、やはり彼女の前だととても緊張する。
「その……もう大丈夫なのか? 昨日のあれは」
勇気を振り絞り、昨晩からの彼女の容態について聞く。聞きたいことは他にもあるが、まずはこれからだ。
「ああ、うん。もう治ったから大丈夫。心配させてごめんね」
片手側面をかざし、片目を瞑り問題ないと言う赤髪の彼女。
見たところ、昨晩はあった体の震えが彼女から見受けられない。どうやら、彼女は本当にもう大丈夫なようだ。
そんなことをしていると、急に横からメイドの少女が声を掛けてきた。
「お客様。席はあちらです」
真矢さんに不意をつかれて動揺する。いや、目の前にいる赤髪の女性のことに集中しすぎて、他が見えていなかったようだ。
俺は指定された席に座る。位置としては赤髪の女性の座る反対側の席だ。対面する形である。
そして運ばれる朝食の品々。
意外にもメニューは和食メインであり、とても美味しそうだった。
「まあ話すこととか話したいこととかあるだろうけど、とりあえず朝食を食べなさい。話はそれから」
彼女に食事を指示される。
高圧的なものではなく優しい言い方であり、俺はその声を聞いてドキリとした。
「ああ、分かった……」
……非常に話し難い。
昨晩の要領はどこへやら。あの時はタメ口で話せていた筈なのに、今はもう会話だけで精一杯だ。
けどまあとりあえずは、だ。言われた通り朝飯を食いながら落ち着こう。
俺はテーブルの上に置かれた味噌汁をズルルとすすった。
それを見て彼女も食事を再開する。
出された食事はどれも美味しかった。
どの品にも良い味付けがされており、そして深みもあり、朝食にふさわしいものであった。正直、定食屋のレベルをも超えている。
そんな朝食の味を嗜みながら、俺は度々目の前で食事をしている彼女に目を向けた。
お嬢様と言われていただけあり、雰囲気はこの屋敷と同じように上品であり高級。まさに高嶺の花。
そして、その雰囲気に見合ったお嬢様らしい振る舞いをしている……という訳ではなかった。
朝食のメニューは俺と同じで和食だ。器用に箸を使いながら、美味しそうに米を頬張っている。
ナイフとフォークでオーッホッホと笑いながら食事するのかと少しは思ってしまっていたが、その食べっぷりは結構庶民的であった。
「–––––––」
彼女に聞きたいことなどは山程あるが、後で話を聞いてくれるのなら従わない道理はない。今は黙々と飯を食い続けよう。
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