第8話 山中の屋敷

「真矢? どうして、ここに」


 頭を下げるメイド服の少女。

 美恵子と呼ばれた赤髪の女性は、メイド少女の存在に動揺していた。


 メイド服の少女–––––––いや、真矢という少女は下げていた頭を上げると、懐からスマホを取り出して液晶画面を俺達に突きつける。

 画面に映っていたのは、この公園を上から見たマップアプリであり、その中心には赤い点が点滅していた。


「お嬢様の行動は、私がGPSなどによって常日頃から監視しております。いつもならば家の屋根から屋根への縦横無尽に飛び回っている筈なのですが、今回は何故かこの公園から反応が動かない。心配心に駆り立てられた私は、屋敷の自動車でお嬢様をお迎えに伺った–––––––」


 頭を下げながら口を動かす黒髪の少女。

 彼女は一度口を止めると頭を上げ、続けて言った。


「つまり、お嬢様が心配でした」


「あーそういうことね。GPSとか初めて聞いたけど、まあ何となく分かった」


 彼女は苦笑いをするものの、やはり体調が優れないのか、腹を押さえながら腰を少し曲げる。


「ウッ–––––––」


「やはりお薬をお飲みになっておりませんでしたか」


「いやー今朝分で切れちゃって。花実さんもいなかったから、そのまま」


「……仕方ありませんね。ですが、お迎えに来たのは間違いではなかったようです。それでは、お車に」


 赤髪の彼女は「うん、お願い」と真っ青な顔でメイドの人に言うと、公園前に置かれた黒い車に向かって歩きだす。

 しかしまともに歩けないのか、彼女はグラリと揺れて転倒しかける。


「危っ」


 咄嗟に俺が支えようと動こうとしたが、それよりも速くにメイドの人が動き、彼女を支えた。

 メイドの人は初めて俺に目を向ける。黒い瞳はギロリとしていて、明らかに睨んでいた。


「お嬢様、この方は?」


「ああ、ちょっとね。借りができた人。あ、そうだ。君も車に乗って。屋敷に案内するから」


 ピクリと。固まっていたメイドの表情が動く。


「は?」


「お嬢様、それは……」


 俺とメイドの人から漏れる疑問の声。


「当然でしょ? 君は今夜だけ私が守らなきゃいけないんだから。そう言っちゃったんだしら」


「ですがお嬢様。彼はどう見ても一般人。流石にそれは–––––––」


「これは私が決めたこと。貴方の意思なんて関係ありません。どうしてもと言うのなら、正式に命令します。彼を屋敷に案内してあげて。そしてもてなしてあげて。分かった?」


 下される王からの命令。それに対し、家臣は逆らうことはできない。それこそが、絶対王政と呼ばれるもの。

 メイドの人は何か言いたげな顔をしたが、やがて瞳を閉じる。


「……承知しました」


 今、歴史というものを見た気がした。


「分かるならよろしい。それじゃあ君、車に乗って。この場合だと、後部座席になるかな?」


「あ、わ、分かりました」


 その光景と流れを前にした俺もつい敬語で返答し、公園前の車へと向かった。







 公園を出て、ビル群を超え、住宅街を抜け、町外れにそびえ立つ山へと向かう。

 そしてその山を少し車で登り、木々を抜けると、少し古びてはいるものの立派な西洋風の屋敷が目の前に現れた。

 普段なら車庫に車を駐車すると思われるが、今回は緊急。豪華で上品な玄関前で車は止められた。


「でっか……」


 車を出るや否や、その大きさと豪華さに圧倒される。この山の中にこんな屋敷があったなんて。知らなかったんだー俺。


「お客様。申し訳ございませんが手を貸してください」


 だが見惚れるのも束の間。運転していたメイドの人に呼ばれた。

 俺は彼女がいる助手席に駆けつけ、要件を聞く。


「私は今から屋敷の鍵を開け、通行の妨げにならないよう部屋の扉等を開閉してに行きます。なのでお客様にはお手を煩わせて申し訳ないのですが、お嬢様を支えながら屋敷へとお入りになっていただけますでしょうか?」


 真っ直ぐ向けられる黒い瞳。

 俺は即了承し、「分かりました」と言い頷いた。


「感謝致します」


 真矢は俺に頭を下げると、トットットッと走って屋敷へと向かって行った。


「よし。俺もやるか」


 俺は助手席の扉を開ける。

 中で座っている赤髪の女性は、「はぁ、はぁ」と辛そうな呼吸しており、眠るように目を瞑っている。

 額には汗が浮き出ており、高熱にうなされているのが見て分かった。


「大丈夫か?」


 俺は声を掛け、意識があるか確認する。


「うん……大丈夫」


 力のない声でそう言いながら、彼女は俺に顔と目を向けた。

 だが、その様子は明らかにおかしかった。


「–––––––」


 彼女の瞳と表情が、何故かトロンとしており、妙に雰囲気が違った。病気による発熱、という感じではなく、これは……表現として合っているかは分からないが、まるで

 つまりはその……エロく見える。


「いや、いやいやいや」


 俺は首を横に張る。

 何を考えているんだ俺は。今はそんなこと考えてる場合じゃない。


「今から、貴方を屋敷の中に連れて行く。俺が支えながら歩くから、安心して」


 そう言いうと、俺は背中や肩や脇腹を掴みながら彼女が外に立ち上がるのを手伝う。

 そしてそのまま歩行することもサポートし、扉前の階段を登り、玄関へと入った。


 中のロビーは、外見と同じように素晴らしいものであった。

 天井に吊るされたシャンデリアに、赤い絨毯。そして壁に飾られた絵画。ザ・金持ちといった感じである。

 俺はそんなロビーを曲がり、メイドの人が見える廊下へと歩いていく。

 俺達の存在に気がついた彼女は、走りながら近づいてくる。


「ありがとうございます。後はこちらで引き受けますので、お客様は反対側通路先にある居間でお待ち下さい」


「あ、分かりました。お願いします」


 俺はメイドの人に彼女を明け渡す。

 そして彼女を連れて廊下の奥へと進んで行った。

 心配ではある。だが、俺はメイドの人に後のことを託した。


 メイドの人に言われた通り、俺は反対側通路先にある居間へと向かった。

 やはり金持ちの屋敷は凄い。どこを見てもチンケに見えず、上品。

 床には1つの埃もなく、輝いている。そりゃまあ、メイド様の力であるのだろう。


 「居間」とプレート書かれたプレートがはめられた部屋。そこの扉を開き、居間に足を踏み入れる。

 中には色鮮やかな絨毯。その中心に長方形のテーブルがあり、それを囲うようにソファーが置かれていた。

 壁には絵画に、細長い窓が3つ。シャンデリアもガッツリと。


「凄いな。部屋一つでこれかぁ」


 もはや圧巻である。だが超庶民な身からすると逆に落ち着かなかった。

 俺はとりあえずソファーに座り、背もたれにずっと張っていた背中を預ける。


 ……柔らかい。疲れが一気に溶け出すようだ。


 思い返してみると、さっきまでずっと緊張が抜けていなかった。いや、今も緊張はしているが、化け物に襲われることがない、という絶対的な安心が今はある。


「ああ、これ。ヤバいなぁ……」


 急に襲ってくる眠気の悪魔。

 時間はまだ9時頃だというのに、何なんだろう。この強すぎる眠気は。


「いや、ダメだな、もう……」


 必死に耐えたがその努力も虚しく。結局、俺の意識は地中深くへと落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る