第6話 少しの借り

 化け物の群れから逃げ出した俺達は、路地裏を走り抜け、閉店によって伽藍堂と化した繁華街を突っ走り、住宅街の中の公園に辿り着く。

 そして、設置されたドーム型の遊具の中に身を隠した。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 隠れるや否や、遊具を背にしてその場に座り込み、息を整える。

 あれは過去一の全力疾走であった。下半身は疲労困憊。おまけに関節までもが悲鳴を上げている。最近、ロクな運動をしてなかったツケなのだろう。


「……」


 対して、赤髪の女性はほとんど息を切らしていなかった。

 それどころか、遊具に開けられた丸い穴から外を覗き、追手が来ていないかの確認をしている。


「はぁ、はぁ、ふぅ……」


 俺は呼吸を整えながら、彼女の噛みつかれた片腕を見る。

 先程の戦闘で化け物に噛みつかれた女の細い腕。

 痛がる様子も、血を流す様子もなく、彼女はそれを平然と動かしている。

 不思議だ。まるで、彼女の腕が生きていないかのように感じる。

 本当に、彼女は何者なんだ?


 赤髪の女性は「よし」と口にし、俺と同じようにその場に座り込み、刀を置き、膝を抱えて顔を埋める。

 やはり、彼女も人間。肉体的にではなく、精神的な疲労もあるのだろう。


「とりあえずは奴らを撒けたみたい。しばらくは安全な筈……全く、あんなにしつこく追ってくるなんて。君のせいだよ」


 彼女はムスッとした顔を向け、責任を俺になすり付けてきた。


「は? 何だよそれ」


 それは聞き捨てならない。何故俺に責任があるのか、納得出来る筈もない。


「君という、奴らにとっての格好の獲物が付いてきたから、それに釣られて私まで巻き添えくらったじゃない。ここまで走るつもりなかったのに」


「獲物って……俺だって必死だったんだ。化け物から身を守ってくれた幸運の女神様が逃げ出せば、そりゃ付いていくだろ?」


 もはや敬語などなかった。

 名も知らぬ相手ではあるが、状況が状況だ。仕方あるまい。


「別に君を守ったわけじゃない。私はあいつらを殺したかった。だから殺したまで。君は守られた訳じゃなくて、ただ私が殺そうとした相手の横に偶然いただけ。その結果が、君の命を救うということになった。ただそれだけのことだから、ほんとに勘違いしないで。私はアテナ神でもなければ、戦姫ヴァルキリーでもないんだから」


 暴露される事実。

 どうやらあれは人命救助ではなく、それはつまり俺を救った訳じゃなかったらしい。なんだか、妙にくやしい。


「なんだよそれ。期待が見事に消え去ったよ」


「何を期待してたんだか。それより、何で君はあんな所に? あんな時間にあんな場所、学生が1人でいるべき場所じゃないでしょ?」


 そう言われた途端、俺はあそこにいた理由を思い出した。

 俺はその理由である紅いペンダントをポケットから取り出し、彼女に見せる。


「これ、コンビニの前に落ちてたんだけど、もしかしたらって。高そうだから、困ってるんじゃないかって思って」


 手の平に乗っかるペンダント。

 月明かりによってさらに美しく、紅く輝きだす。


 –––––––その瞬間、彼女は目にも止まらぬ速さで、俺の手からペンダントを奪い取った。


 「うわっ」と俺は驚く。

 彼女は俺から奪ったペンダントを両手で持つと、その表面を頬に擦り合わせ、そのまま涙を流し出した。


「ごめん……ごめんね……本当に……」


 そして、謝罪の言葉を口にする。

 目の焦点は合っておらず、視線は誰もいない暗闇へと向いていた。

 声色も気の強い先程のものとは違い、まるで子供のような感じになっている。


「許して……ごめん……もう2度としないから……うん……」


 俺に向けて謝っているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 だが、一体誰に謝っているのかも、俺には分からなかった。


「……」


 その姿は異様としか言えなかった。

 可愛いとか、美しいとか、そんなものじゃなくて、ただただ異質に思えた。

 でも俺には……それが魅力的に見えて仕方なかった。


「あ、あの」


 恐る恐るすすり泣く彼女に声を掛ける。

 俺の声を聞いた彼女は、ペンダントを擦る動作を止めた。

 そして、涙を止めて震える目で俺を見る。


「あ、いや……何でもない。拾ってくれてありがとう。これ、私のだから」


 彼女は涙を隠すように拭いながらそう言う。

 恥ずかしがったり、頬を染めたりすることなく、彼女はすぐに表情を戻してペンダントをしまう。

 今のは、一体何なのだろうか。


「そ、そう。なら良かった」


 俺はそう口にする。


 –––––––その時、俺の視界の端に赤い何かが映った。

 場所は遊具に開けられた丸い覗き穴の先。

 先程襲ってきた化け物の群れだった。


 同時に彼女も奴らの気配に気づく。

 身を低くし、刀を持ち、臨戦状態に移行する。


「また奴らだ」


「数はさっきよりも少ない。散開している、のかな? 知能は赤ん坊の癖に悪くないっぽい」


 化け物達が公園内に入り込む。

 数は5。

 当然の如く全員が血に飢えている。

 彼女は鞘に納められた刀を握ると、ジャキリと刀身を親指で押し出す。


「君、ちょっと聞いて」


「え?」


「今から私は奴らを始末する。君は生きていたければここで身を隠していること。いい?」


 瞳だけをこちらに向け、俺に指示をしてくる。


「さっきは付いてくるなとか、助けたつもりじゃないとか言ってなかった?」


「それはさっきまでの話。君には少し借りができた。今夜限りのちょっとくらいは、君の身の安全を考えておく」


「今夜限りでちょっとだけ、か」


「これでも少しの借りに相当するものよ。迷惑だったらお好きにどうぞ」


 ふふん、とイタズラするかのような笑みを浮かべる。

 だが当然、俺は首を横に振る。


「迷惑なものか。潔くアンタの指示に従うよ」


「よし。なら急いで、ちょっと片付けてくる!」


 彼女はそう言うと、丸い穴から身を乗り出し、戦場に立った。

 月の光が彼女を照らす。

 空の風が髪を揺らす。

 そして、鋭い音を立てて刀身は引き抜かれる。


 戦闘が始まった。


 彼女の存在を察知した化け物5体。

 奴らは察知と同時に大地を蹴り、飛び出てきた獲物に向かって走り出す。


 対して、彼女は刀を持っていない手の平をかざす。

 すると、彼女の手の平から青白い光のようなものが出現する。

 その光は、彼女の手の平の前で円状のサークルのようなものに組み上がっていき、やがて明確な形を持つ円となった。


「なんだ……あれ」


 覗き穴から見つからないように傍観していた俺は、その光景に目を疑う。

 あの形には見覚えがある。フィクションの物語とかでよく見るあれだ。

 そう–––––––魔法陣ってやつだ。


 魔法陣のようなものが、彼女のかざす手の平で展開されると、そこから青白い光が弾丸のように射出された。

 響く破裂音。

 それはまさに弾丸のような音。

 青白い弾丸は、高速で宙を駆けていき、真っ直ぐ化け物1体に吸い込まれていく。

 そして、接触。衝突。着弾。

 吸い込まれた弾丸は化け物の前腕を抉り、その身を転ばせた。


"グガガァ!"


 化け物の悲鳴が響く。

 彼女はすぐさま違う化け物へと魔法陣の照準を合わせ、弾丸を射出する。

 それに対し、化け物は左に向けて飛ぶように地を蹴ることによって弾丸を回避する。


「チッ、そう上手くいかないか」


 彼女は悔しそうに吐き捨てると、刀を両手で持ち、身を低くし、構える。

 そして、地を思い切り蹴りつけ、迫る化け物の群れへと向かっていった。

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