ヒロイン プロローグ

 夜。

 目が覚めると、私は全裸の状態で両手脚が無くなっていた。

 腕は肩から。脚は太ももから、ごっそりと削ぎ落とされ、大量の血が床へと流れていた。


 ————痛い……あと、寒い。


 四肢の残骸は周辺に散らばっている。

 まるでマネキンの手足だ。

 血の気の無いその残骸には、慰めに使われたであろう跡が残っている。

 床は血で水溜りのようになっており、大気には血の匂いが漂っている。もはや立派な殺人現場である。


「————」


 下半身————主に股間部には感覚がなかった。

 それもそうだろう。あんなに激しく一方的に、まるで道具のように無理矢理扱われれば、痛みも、快楽も、疲労も、神経も、何もかもがイカれてしまう。

 だが、中に出されたアレが流れ出ていくのだけは分かる。なんだか、とても気持ち悪い。


 精神は未だに疲弊しており、目は覚めたものの意識は安定しない。

 だが、このような状態でも生きていられるのは私の体が常人とは違う作りをしているからだ。だからこんな瀕死の状態でも意識を保っていられるし、まだ生きていられる。


「————」


 天井が暗い。月明かりだけが現状を把握する唯一の頼りだ。

 私は天井に向けていた眼球を頭と共に少し動かし、側にいる自分のものではない残骸へと目を向ける。


「————」


 そこにあったのは数十分前まで存在していた命の痕。

 身体が爆散し、私のように性欲の吐口として使われた母の下半身。

 それと頭を輪切りにされ、ゴミのように捨てられた父の死体。

 時間が経過し、筋肉の痙攣すら止まり、完全に沈黙した2人の亡骸を見て、私は目元を熱くする。

 だが不思議と涙は出なかった。それどころか目元の熱は残った全身へと広がっていき、固まった口元をプルプルと震わせる。


「————っ」


 震えはやがて噛み締めに変わっていき、ギリギリと音を立てる。

 呼吸が荒くなり、小刻みに空気を出し入れする。

 体中に力が入り、存在しない手の平を握りしめる。


 今、私の心を支配しているのは恐怖でも、悲しみでもなかった。

 そのような感情を押し殺し、凌駕している感情。それは……“怒り“であった。


 ————ニクイ、にくい、憎い、憎い、憎い!


 私の唯一の家族を殺されたことへの怒り。

 両手足を切り落とされ、無理矢理体を使われたことへの怒り。

 そして、自分だけが生き残ってしまったことへの怒り。

 あらゆる怒りが渦巻き、私の心を刺激する。


「———してやる……殺してやる……」


 働かない頭の中。そこから絞り出される言葉。

 口から吐き出されるのは嘆きではなく、恨みの言葉。ただの独り言……というよりは、宣戦布告に近いものであった。

 誰が聞いている訳でもない、1人だけの宣戦布告。これからの人生、私を縛り続ける呪いの言葉。


 そんなことは承知の上だ。縛られ続けるのも分かっている。だが、それでも———


「————絶対、殺してやる……あの男だけは、絶対に殺す……殺す、殺す!」


 私は両親の亡骸に、強く誓った。

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