すれ違った僕らは幻想の中

ザラニン

主人公 プロローグ

 最初に人の腕を握り潰したのは、俺がまだ10歳の頃だ。


 家族共々交通事故に遭ったものの奇跡的に自分だけが生き延び、怪我の治療の為に入院した病院での事だった。

 その病室のベッド上で、頭が包帯でぐるぐる巻きの状態だった当時の俺は、咄嗟に担当の看護師さんの手首を掴み、悪気なく、ついうっかりと、初めて、腕を潰した。

 グシャリ、と。感覚的にはまるで豆腐のよう。物質に備わる反発も感じず、質量という硬さも無く、あっさり骨ごと握り潰せた。

 バキバキと、ボキボキと。骨が砕ける音が響く。

 その時自分がどんな顔をしていたのかは覚えていない。

 だが、あの看護師さんの顔は今でも覚えている。

 痛みと恐怖でくしゃくしゃになったあの顔を。まるで化け物を見るかのようなあの顔を。


 俺は今でも、その光景を鮮明に覚えている。






 次に人の脚をねじ曲げたのは、俺が11歳の頃だ。


 小学校の教室にて。男女4人にいじめられていた転校生の女の子を庇った時の事だった。

 謎の正義感で庇ったは良いものの、多勢に無勢。喧嘩が強い訳でもなかった俺は、リーダー格の少年によってタコ殴りにされてしまった。

 殴られ、蹴られ、突き飛ばされ。体中アザまみれにされて出血もした。

 やがて痛みのあまり立てなくなってしまい、俗に言う、絶体絶命へと陥ってしまう。

 このままでは自分は愚か、いじめられていた女の子もまた何かされてしまうかもしれない。

 ここで彼らを許す訳にはいかない。引く訳にはいかない。どうにかして懲らしめなければいけない。もう2度と、こんなことをさせないために。

 そう思った俺は、咄嗟に目の前で仁王立ちする少年を睨みつけた。

 そして、視線を下ろした先にある少年の片足を凝視して、


 ———曲がってしまえ。


 と、願ってしまった。


 途端、目の前にいた少年の片足がバキバキとひとりでに捻じ曲がり、そのまま一気に膝骨は粉砕された。

 学校中に響き渡る悲鳴。

 生々しい破裂音。

 倒れるいじめっ子の少年。

 起こった状況を前に唖然とする俺に、少年は涙と鼻水まみれの憎悪の眼差しを向ける。

 そして叫ぶ。「化け物だ」と。


 俺は今でも、その光景を鮮明に覚えている。







 なんで看護師さんの腕を片手で潰せたのか。

 なんでいじめっ子の脚を念じるだけで捻じ曲げられたのか。


 理由は既に分かっていた。事故が起こって、病室で目を覚ましたあの時から。

 俺の脳内にはあの不思議で不気味な力の正体が一体なんなのかがハッキリと、まるで説明書のように刻まれていた。

 理由や原理については一切分かっていない。最初に目が覚めた時も、この力は本当に僕の中に存在するのかどうか、そもそもの疑問だった。


 しかし、看護師さんの腕を握りつぶした時、その疑問は確信に変わった。


 ———そうか、これ、本物なんだ……


 そう、この力は事故の影響で俺に備わってしまった化け物の力、なのだ、と。


 あの瞬間。

 看護師さんの腕を握りつぶした時のあの感覚。

 混乱、恐怖、罪悪の中で見つけ、確信した唯一の納得であった。

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